103話 「今はできる」
カルチェレイナは水色の鎌を構える。
持ち手には植物の蔓のようなものが絡んでおり、刃の部分は不気味な煌めきを放っている。色は綺麗だが何となく気味が悪い。底の見えない闇のような怖さを感じる。
「まさか、伝説の鎌っ!?」
ライヴァンが凄まじく驚いたような顔で叫ぶ。どうやら悪魔には有名なもののようだ。
「何か知っているの?」
「知っているの、だと!? 何を言ってるんだっ! あれは魔界最強の鎌だぞ!」
え、魔界最強?
それにしても「魔界最強」だなんて、伝説なんかに出てくる武器みたいね。とても実在のものとは思えない。
「魔界最強って?」
私は「魔界最強の鎌」なんてまったく聞いたことがなかった。
単純に天界では有名でないというだけなのかもしれないが……、魔界最強というほどの武器なら噂を小耳に挟んだことくらいはあるはず。いくら王宮しか知らない私でも、一切知らないというのは不自然だ。
「あれはクイーンズ・シックルさ! 魔界の王妃だけが使える最強の鎌で、刃に触れた相手を朽ち果てさせる力があると聞く。聡明な僕にも仕組みが分からない、高レベルな武器だよ」
……聡明じゃないと思う。
だが今の私に突っ込みを入れている暇はない。
逆に、ライヴァンが情報をくれてありがたいと思わなければ。
それにしても、刃に触れるだけで朽ち果てるとはかなり恐ろしい武器だ。一撃でも食らえば終わってしまうということだから。一度も触れずにカルチェレイナを倒すなど、果たして私にできるだろうか。
——その時だった。
胸元のブローチにつけられたエリアスの白い羽が光を放った。あまりの眩しさに目を細める。
やがて光が去ると、目の前に槍が浮かんでいた。まるで「使え」と言われているようで、私はそれを迷わず掴んだ。
実に不思議だが、この時の私は「できる」と思った。その気持ちを疑わなかった。
槍術はよく分からないけれど——私はエリアスが戦うのをずっと見てきた。
彼が私の護衛隊長になり数年が経つ。この数年間、エリアスがあらゆる脅威と戦うところを一番近くで見ていたのは私だ。
「……エリアスの……?」
地面に倒れ込んでいるジェシカが、何とか顔を上げながら弱々しく漏らす。
彼女はこの槍がエリアスのものと同じであると認識しているようだ。まだそれだけの明瞭な意識があるらしい。ひとまず良かった。
ジェシカのことにホッとした、刹那。
一瞬にして接近してきていたカルチェレイナが鎌を振り被っているのが視界に入る。私は咄嗟に槍を横向け、振り下ろされた鎌をなんとか止めた。
私にこんなことできるはずがない。奇跡だ。
「カルチェレイナ様を止めた!? テメェ弱虫じゃねぇのかよ!」
ヴィッタが眉を寄せつつ驚いたように叫ぶ。この乱雑な口調さえなければ可愛いのに。
「反応できたことは褒めてあげるわ。でも、私に一対一で勝てるとは思わないことね」
カルチェレイナはニヤリと口角を上げて笑っている。
「いいえ。一対一じゃないわ」
私には見守ってくれる者たちがいる。私の帰りを待ってくれている者もいる。
だから決して一人ではない。
「他に誰がいるというの?」
「みんな。天使たち。それにエリアスだって、武器という形で力を貸してくれているわ。カルチェレイナ、私と貴女は違うのよ」
ジェシカとノアも、ツヴァイとレクシフも、もう戦えない。全員限界だ。それでもこの戦いの結末を見届けてはくれるだろう。
エリアスも戦えないけれど、彼の思いは槍という形で今ここにある。
「ならばその槍諸共消し去ってあげるわ!」
カルチェレイナは怒ったように叫びつつ襲いかかってくる。
その必死な形相はゾッとするものがあったが、もう怖くはない。今の私には怯えず戦えるという自信がある。絶対に怯まないという強い自信があるから、私は前を向けた。
「……弾けっ!」
カルチェレイナが振り下ろすクイーンズシックルこと水色の鎌を槍で防ぎ、隙をみて言う。すると彼女の鎌は鋭く跳ね返された。急なことにカルチェレイナは少し動揺したようだ。
正直なところ、私も驚いている。言葉を現実にする力が彼女に通用するとは思っていなかったからだ。だがこれが効くならかろうじて勝ち目はある。
「忌々しい能力ね……」
カルチェレイナが表情がますます厳しくなった。
彼女は私のこの力を何より憎んでいる。だから彼女が「忌々しい」と称するのも無理はない。嬉しくはないけれど。
「僕が援護しようかっ!?」
背後からライヴァンの声が聞こえたが暇がなくて返事できない。そんな私より先にカルチェレイナが口を開く。
「二人の戦いに口を挟まないでちょうだい」
「ヒィッ!!」
カルチェレイナに鬼のような形相で睨まれ畏縮するライヴァン。肝心なところで情けないところは健在のようで、それを見てなぜか安心している私がいた。
個性とは魅力。情けないのもここまでくると立派な個性だ。
「い、いくら僕が……麗しいとはいえ……」
冷ややかな視線をまだ突き刺されているライヴァンは、足をガクガク震わせながら後退していく。その頬には一筋の汗が伝っている。恐らくカルチェレイナの目力に威圧されているのだろう。
頼りないわね……。
もっとも、私もずっと臆病だったので他者のことは言えないが。
「ヴィッタ、邪魔させないで」
「はぁい!」
ヴィッタは赤い髪を風になびかせながらライヴァンに向かって飛んでいった。従えている大型悪魔たちもヴィッタを追うように走っていく。
そちらへ気を取られていると、カルチェレイナの鎌が迫っていた。私は慌ててその場を飛び退き、見事に転倒した。上手く着地するのはさすがに無理だ。素人だもの。
転倒した私の上から鎌が迫ってくる——私は半ば諦めながら槍を彼女に向けて叫ぶ。
「貫け!」




