散るチル満ちる
『散る散る』はいつもそこに立っている。
突っ立って、一生懸命に腕を伸ばして
他の仲間達と同じく
一所懸命にそこに生きていた。
そんな『散る散る』にも、長い時を共にした友達がいる。
名を『満ちる』という。
『満ちる』はいつもそこに存在して
広く深く、体をいっぱいに広げて
全てを受け止め、全てに分け与えていた。
だけど『満ちる』には同じような仲間がいなかった。
「淋しくないの?」
彼女の一番近くにいる『散る散る』が言った。
「淋しくなんかないわ」
『満ちる』は穏やかに言った。
だって私はたくさんいて
あなたたちと共にずっと在り続けているもの。
それに雨が降れば
たくさんの『私』が帰ってきて
私の中に
たくさんの思い出が胸に甦るから。
「だから淋しくなんかないわ」
『満ちる』は穏やかに言った。
「それじゃあ僕の中にも」
「君はいるんだね」
『散る散る』は言った。
ざわざわ
風が吹いてきた。
『散る散る』が揺れる。
『満ちる』も揺れる。
「そうよ」
「あなたの中にも私はいるの」
『満ちる』は嬉しそうに言った。
「みんなにもいるの」
『満ちる』は嬉しそうに言った。
「じゃあ君が僕を生かしてくれているんだね」
『散る散る』のひとつが『満ちる』の上に落ちて
『満ちる』の顔を揺らがせた。
「みんなを生かしてくれているんだね」
『満ちる』に『散る散る』が映りこむ。
「ありがとう」
「ありがとう」
「僕たちの命を育ててくれて」
「私を必要としてくれて」
『散る散る』は彼女が大好きになった。
『満ちる』も彼が大好きになった。
それから
たくさんの時が流れた。
それから
たくさんの仲間が消えていった。
『散る散る』だけが
突っ立っていた。
『満ちる』だけが
彼と共にいた。
「ずいぶん変わっちゃったね」
『散る散る』が言った。
周りは皆
切り株だらけになっていた。
「あなたは変わらないわ」
『満ちる』が言った。
「だって私がいるもの」
山は皆
はげ山と化していた。
二人だけ残った。
「そうだね」
「君がいるんだもの」
『散る散る』は嬉しそうにいった。
「僕はずっと君と一緒だ」
遠くで
風とは違う
音が聞こえる。
「私はずっとあなたと一緒ね」
音はどんどん
近づいてくる。
「幸せだね」
耳障りな音が
何かを削っている。
「幸せよ」
木屑が
飛び散っていく
「『散る散る』・・・」
「『満ちる』・・・」
しばらくして
『散る散る』の一つとは違うものが
『満ちる』を揺るがせた。