こちら、殺気立ったバスの中
「だ~か~ら~!私は財布を忘れただけって言ってるでしょ!さっきから人を犯罪者みたいに!」
(お前のやろうとしてることは立派な犯罪だよ!)
「だ、だからお嬢ちゃんお代はいいって... というか降りてくれ!」
「何よその態度!ホントは嘘だと思って腹の底で笑ってるんでしょ!?」
(被害妄想つよすぎだろコイツ)
「そんな事はないって... 困ったなぁ...」
こんなわけの分からない会話がずっと続いている。さすがに運転手さんがかわいそうになってきたし、
いつまでも同じ高校の生徒が騒いでるのを見てても忍びない。
そう思いながら俺は最後席から車両の先頭へと歩みを進めた。
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学校に行くのにバスを使うなんてのは中学生の頃には考えもしなかったことだが、高校生になり、いざバスで通学してみると自転車と違って足も疲れないし汗もかかない。これからもバスで通学したいとも思うがそれは金銭的にも無理だろう。一人暮らしにはそれなりに金がかかるのだ。
座っているだけで目的地に着くというのは想像以上に楽なことで、ウトウトしている内にバスはあっという間に今日から通う高校の手前の停留所まで来ていた。
(ちょっと早く来すぎたかな...)
腕時計と高校案内の始業式の始まる時間を見比べそう思うも、やはり何事も速い事に越したことは無い訳で。
しかしこの日に限っては?と聞かれれば俺は即答で失敗だったと言う。間違いなく。
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「何!?私の事疑ってるの!?私嘘なんてついてませんから!」
キーキーと妙に癇に障る甲高い声で目を覚ます。運転席の方を見ると女子生徒が顔を真赤にして運転手に向かってなにやら騒いでいた。
(おいおい... なにがあったんだ?痴漢でもあったのか?)
顔を真赤にして喚くその少女の身は高校案内の制服と同じ制服で包まれていて、同じ高校の可愛い女の娘を助けたら一気にラノベ見たいな展開になるんじゃね? と自分でも中々に気持ち悪いと思う妄想をしているとその女子生徒はとんでもない事を次々と喚き出した。
「だから私は今お金持ってないって言ってるでしょ!!」
「い、いや~お嬢ちゃん、他のお客様もいるから静かに!静かに..ね?」
周りのお客さんも顔を迷惑そうに運転手と女子生徒の言い合い(というか一方的な罵り)を見つめているが、それでも女子生徒は全く気にも止めずまくし立てる。
「そんな事を言って私のことを財布を持ってるけど無賃乗車しようとしてる卑しい女だと思ってるんでしょ!あ~!悔しいッ!」
運転手の前でひたすら喚く少女を痴漢でもされたのかと少し心配してしまった自分が恥ずかしい。
(バスをタダ乗りしようとしてる被害妄想の強いただのドクズな女だった...!)
同じ高校にこんな頭のおかしい女が居た事とその女と同じバスに乗り合わせてしまった2つの不幸を全力で呪っていると二人の言い合い(言い合い?)は更にヒートアップしていた。
「もしかして私が財布を持ってるって思ってるでしょ!? いいわ!今ここで全裸になってでも証明してやるわよ!!」
(とんでもないこと言うなコイツ)
「やめてくれ!やめてくれよ! わかった! わかったよ嬢ちゃん!わかったから速くこのバスから出ていっとくれ!」
もはや生きる公害、悪口を垂れ流すスピーカーと化した女子生徒をなんとかバスから下ろそうとする運転手だったがその言葉は女子生徒の火に油を注ぎ、
「なんですって!?」
女子生徒の喚き方は更にヒートアップし、もはや聞き取れないレベルにまで加熱してしまった。
(どうすんだよこれ...)
周りを見るとそろそろ警察が呼ばれそうな雰囲気にもなってきて、入学初日にこれ以上の揉め事に巻き込まれるのは避けたい。
息を吸い、深く吐く。
(こんな女と関わるくらいなら、遅刻でもしたほうがマシだったよなぁ)
心を決めると1番奥の席を立ち、車両の先頭へと歩む。
「なに今の反応!?今私を面倒くさい女だと思ったでしょ!?」
(いや、多分それここにいるみんなが思ってると思うぞ)
心の中でツッコミをいれながらゆっくりと先頭へ。運転席へと進む。
迷惑そうな顔をしてやり取りを見ていたお婆ちゃんが救世主でも見るかのような目でこちらを見てくる。 やめろっ...!そんな目で俺を見るなっ...! お婆ちゃん...!
気づけばくたびれたスーツをきたサラリーマンも、黄色い帽子をかぶった小学生も期待の目でこちらを見てくる。
(俺の人生でここまで期待されたことがあっただろうか...)
運転席のかなり近くまでやって来た。が、期待に答えるわけにはいかない。
顔を真赤にして喚き立てる少女を尻目に運転手に言う。
「あのー 僕降りたいんで切符とお金置いときますね。 それじゃ!」
この運転手の顔と乗客の銀座のレストランでゴキブリを見たような驚きと軽蔑が混ざった目を俺は一生忘れないだろう。 でもいい。トラウマと引き換えにこの頭のおかしい娘と関わり合うというリスクを捨てることができたのだ。
(さあ、はやくこの空間から脱出しなきゃ...!)
そう、早足でバスから出ようとする僕の腕をガシッと何者かが掴む。
俺の脳は腕を掴んだ存在を認識する事を頑なに拒否しようと運動神経をフル稼働して逃げようとするが、逃げられない。まるで金縛りにあったみたいに。
その女子生徒は獲物を見つけた肉食獣みたいににっこりと笑って、
「運転手さ~ん! おまたせしてすいませ~ん!お金、払えますよ~~!」
そうか... 早起きしてしまった俺がこのキチガイとかかわらないようにするには入学式を遅刻してでもバスの後ろの席で隠れていることだったんだ... 後悔先に立たず...