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恋が始まるまで

平凡人魚と海の王子様

作者: まこ

 私は人魚だ。


 巷じゃ伝説だとか幻の生物だとか色々言われているみたいだけれど、ちゃんと存在はしているし生きている。幻覚でもなんでもない。

 普段人間にバレないよう生活をしているのでそう疑いたくなるのもわかるけれど、大昔たまたま人間に見られてしまったマヌケな人魚がいたから余計私達の外見について人間側は詳しいんだと思う。

 しかもたまたまその見られてしまった大昔の人魚というのが大変美しいお姫様だったので、人魚は皆美しい、精霊のよう、だとか噂や伝説に尾ひれがついて回っているみたいだし。


 冗談ぬかせ。

 不細工だって大漁だわ。

 けれどもそれについて私達はこれからも言及するつもりは無いし、当然人間にも話は一切掛けないからどうでもいい事である。



 私の視界に広がる世界は珊瑚礁の公園に苔の広場、深海の演劇場や海の王様が住む真珠の城。青く光る海底は地上に広がる青空と何処か似通っていてとても神秘的だ。

 色とりどりの魚達は1日中海を泳ぎ回り、女の人魚は歌を歌う。男の人魚はせっせと働き、時には愛のデュエットを女人魚と奏でる事もある。


 けれど歌うなんて私には恥ずかしくてとても出来ない。

 この前なんか女人魚の集団が歌を歌って男人魚を誘惑していたけれど、見ていて何だありゃと思ってしまった私は女として終わっているのかと誰かに聞いて問いただしたいくらいだ。

 ましてや愛のデュエットを奏でるなんて小っ恥ずかしい事は、空が海になり海が空になるとかとんでもない天変地異が起きたって無理。

 海を元に戻すには歌わないと駄目でーす、人魚の皆さん歌ってくださーい、なんて神様が指揮棒を振り回しながら言ったとしても私が口を開いて音楽に乗ることはしない。出来て口パクだ。

 私は絶対正常だと信じている。





 人魚の暮らしは気まま。

 食べ物には特に困らないし、働いても働かなくてもこれまた特に困りはしない。

 それに物心ついた時には既に親がいなくて一人岩場で暮らしていたけれど、どうにか生きてこれた。親の顔は知らないし肉感的な思い出もない。自分がどう産まれたのかもさえも分からない私は、多分人魚の捨て子だったのだと思う。

 けれど悲観はしていないし、周りには沢山の魚のオバチャン達がいたので寂しさは一ミリたりとも感じなかった。

 それに働かなくても困らないとは言ったけれど、16を過ぎて成人魚となっていた私は岩場で暮らしていた時から髪飾りや腕輪にイヤリング等を作ることが大好きだったので、趣味の延長線上と言うか暇潰しというか、誰かに私の作った物を使って欲しくて、城の横にある人魚の市場でわざわざお店を開いて売っている。

 アクセサリーの材料は公園に落ちている珊瑚の欠片や小貝、人間の世界からの流れものが行き着く硫海場で光モノや銀色のチェーンなどを調達し自分で加工をして売り物にしていた。

 人間の世界の物は大変興味深く、もし自分が人間になれたなら是非とも地上で材料探しや商売をしてみたいものである。

 人魚は皆娯楽に生きているが、私にとっての娯楽はこの装飾づくりであると言えた。




 そして今日は店に座って二時間くらいになるが、お客はありがたい事に20匹も来てくれて売上はかなり上々である。売上と言っても皆が私の商品と引き換えにくれるのは小さな貝だが。

 おい貝かよ、と思うかもしれないけれど、これだってとてもありがたい物である。加工出来るし。

 最初は特に何も貰って無かったのだけれど、たまたま貝を商品と引き換えに差し出してくれたお客さんへ「まぁ素敵ね!ありがとうっ、これで可愛い物がまた作れそうだわ!」と気分良く答えたら、なぜだか次の日からポツリポツリと何かを持ってきてくれるお客さんが増えたのだ。謎だった。

 戸惑いながらも手がちゃんと客の貝を掴んでいたのは記憶に懐かしい。


「ライラ、今日はネックレスが欲しいのだけれど」


 箱に詰めた小貝を手にとって見つめていればいつものお客が来る。


「どのようなネックレスをお探し?」

「オレンジの髪に似合う物かな」

「オレンジ?この前はブルーだったじゃない」


 それはもう過ぎた事だよ、と金髪の髪をかきあげて微笑むのは店にも珍しい男人魚。小貝を片手に持って訪ねてくる姿は他の客とはなんら変わりなく、いたって普通だ。


「それよりもネックレスを選んで、ライラ」


 けれどもこの人魚、ただの平人魚では無い。

 この海の王様であるアトランタ王の息子であり、つまりは海の王子様であらせられる。

 常連と言うには恐れ多いが、常連と言っても過言ではない、海底の高貴な人魚。

 肩まであるサラリとした髪にエメラルドの瞳、人魚特有の白い肌は眩しい程キラキラとしていて、数ある男人魚の中では一番の美しさを持っている。それに優男(ロメオ)

 それゆえ海底中の女たちは彼に終始お熱であり、またそのモテる張本人も結構チャラいので引っ掛かってしまう女の数はいざ知れず。

 以前市場でこのチャラ男を見た時隣にいたのは確かブルーの髪の美しい女だったのに、今日はその人魚への贈り物ではなく別の女。

 どうやら懲りもせずまた女をタラしているようだ。そんな感じではさぞかし多くの女から恨まれているんじゃないのかと冗談半分で突っ込めば、いいや皆優しいよ、とこれまた笑顔で返してくるものなので、あぁ…女人魚も大概かと明日の方向を見て悟った。

 しかし首を振りとりあえず世間話もそこそこにして、ネックレスを吟味し選ぶことにする。


 ええと、オレンジ髪ならば、きっとグリーンのガラス玉を使った金のネックレスが栄えるだろうから…と、数ある装飾品の中から選び出した候補二つを私はチャラ王子、もといセルフィス王子の前に差し出した。

 二つを目の前にポンと出された王子は、迷うことなく私に言う。


「じゃあ二つとも貰うね」

「…あ…りがとうございます」


 私はまたも訝しげな瞳で見てしまう。王子相手に失礼な事をしているのは分かってはいるが、見てしまうものは許して欲しい。

 普通は皆悩みに悩んで最低でも2分は掛かるのに、この男ときたら出された物をちゃんと見もせず買っていこうとする。

 それがどうしたと言われればそれまでだけど、だってそれでは何だか、ネックレスなら何でもいい、と言われているようで嫌な気持ちになってしまうじゃないか。それが逆に私の思い違いで、私へのアクセサリーセンスの信頼が絶対的にあるからと言うならば捉え方も変わるだろうが、そうとも思えない。

 趣味で作っているに過ぎない物をこうして買っていってくれるのだから感謝をしたいのだけれど、素直にそう出来ないのは私がちょと傲慢になってきちゃったからなのかな、なんて少し反省もする。


「ライラ、これ」


 商品を小箱に入れて王子に渡し、ネックレスが空いたところにまた新しい装飾品を置いていれば、まだ店から立ち去る気配の無いチャラ王子が私に小貝を手渡してくる。

 ああそっか!とすっかり小貝の事は忘れていたので一瞬ポカンとしてしまったが、気づくより先に私の手はちゃっかりと差し出された小貝を掴んでいた。


 私、やっぱり傲慢になってきてやいやしないか。

 反省も半ばに、ありがとうと言って受けとる。


 小貝を渡して満足げな顔をした王子は、これからのデートを思ってかグルリと一回転し泳ぎをならすと、小箱を持って海底の奥にある演劇場へと泡を立てて消えていった。

 プレイボーイって本当に元気だなぁなんて頬杖をつきながら思う。

 本当、ピッチピチで羨ましい。



◆◇◆◇◆◇◆


 その晩。

 私は演劇を観に来ていたお客さんをターゲットに店を開いていた。明日からまた作業をするために連続でお店を休もうと計画しているので、今日売れるものは売ってしまいたい。


 次々と演劇観賞終わりのお客さんが出てきて、私のお店にも寄ってくれる。

 リングを手にとったお姉さんがサイズがもう少し小さいのは無いのかと訪ねてきたので、ガラスケースに入っている在庫から丁度良いと思われるサイズを取り出して見せた。そうすればお姉さんは即決でいただくわ、と言ってお持ち帰りになられる。

 よっしゃ。

 やっぱりまだ閉めないで良かった。

 まだまだ売るぞ!と瞳にやる気の炎がメラリと輝く。

 そうして内心浮わついていると、指輪を買ったお姉さんはそれと引き換えに海花の花冠を私の頭へと置いてきた。


 え。

 ビックリして頭の花冠をサワサワと触ると、お姉さんはクスリと微笑んで早速指にはめた指輪を私に見せてくれる。


「綺麗な物をいつもありがとう。あなたも綺麗で可愛いんだから、たまにはオシャレでもしなさいな」

「この花冠、いいんですか?」

「私も作ってみたいなと思ってそれを作ってみたの。貴女のように上手にはいかなかったけれど、うん。やっぱり作って良かったわ」


 お姉さんの言葉に思わず涙がちょちょぎれそうになったが、振り向いて直ぐに帰って行ってしまったので私の感動が彼女に伝わることは無かった。

 な、なんて素敵な女性なんだろう。

 やっぱりこれだからもの売りは止められないとニヤけてしまう。

 こんな姿誰かに見られたら店に誰も寄り付かなくなっちゃうので頬をパシパシと叩き真顔に戻すが、ちょっと時間が経てばまたニヤりと気色の悪い顔になってしまうので早々に諦めた。気持ち悪くてごめんなさい。開き直ります。



 それからまた一時間程経てば、ラブラブな一組のカップルが腕を組んで泳いでやって来た。

 遠目からだがいらっしゃいと言おうとしたけれど、最後まで言えずに終わる。

 いらっし…、だ。

 やいが言えなかった。くそう。


「やぁライラ、さっきぶり」

「セルフィス様ぁ、私にひとつ腕輪選んでくださるぅ?」

「い、いらっし…ゃい。ゆっくり見ていってね」


 何故ならセルフィス王子がオレンジ髪の女人魚ではなくパープル髪の別の人魚を連れていたからである。


 じっと彼の手元を見ても昼頃に持たせた筈の小箱は見当たらないし、これはどういうことなのだ。

 腕輪や指輪をキラキラと見つめる彼女の横にいるチャラ王子を胡散臭い目で見れば、人差し指を口元で立てて「ないしょ」とウィンクをされる。

 …ああ、そういうことですか。さすがプレイボーイ。やることが違う。

 その片目を瞑る余裕が一体何処からくるのか甚だ疑問だ。

 まぁこう言う事は他人が口だしすることではないので言われずとも何を言うつもりはないが。思うのは別だけど。


 ここは早く腕輪を選んでもらい早々にお帰りいただこうと気を持ち直し微笑み返す。必殺サービススマイル、ありがたく思うがいい。しかし彼女に選んで欲しいと言われているのに、彼の目線は私の上に集中していた。脳天?

 なんだ、何かあるのか?

 頭を見ている感じがするが…言っておくけどまだ白髪は無いし薄毛の悩みも無い。他人に凝視されるほど奇抜な髪型をしているとは思わないし。アンタどこ見てんのよ、と頭をサッと手で隠せばお客さんから貰った花冠がカサリと音を立てた。


「その花冠はどうしたの?」

「ん?ああこれ?お客さんからいただいたのよ。お客さんが自分で作ったんですって。とっても嬉しくて感動しちゃったわ」

「へぇ……………男から?」

「まさか、違うわよ。もう本当に素敵な女性だったんだから」


 話しながらやっぱりニヤついてしまう。

 その間、気色の悪い私の顔を見たチャラ王子が残念な物を見るような瞳になっていたことは気にしない。


「ねぇ、ライラは何か欲しいものはある?あ、小貝は無しだよ」

「私?これと言って何も…」

「欲が薄いね。本当に無いの?」


 それを聞いて一体どうしたいのだこのチャラ王子は。というか隣の彼女がベッタリと彼にくっついて私にガンを飛ばしてくるので、あまり話を掛けないで欲しい。腕輪を選んで欲しいのに王子が全く決めようとしないからイライラの矛先が私になっているではないか。

 そんな話よりも腕輪を選んだらどうかと遠回しに言ってはみるが、もう決めてあるから大丈夫と言われる。本当かよ、と思ったけれどその言葉で隣の彼女の機嫌が直ったようだから良しとした。


「それで?何か無いの?」

「私は…」


 別に欲が無いわけでは無いけれど、やりたい事は出来ているし毎日は充実している。作るための材料には困らないし。

 でもそうだな。

 ちょっと夢のような話をしてもバチは当たらないだろうか。


「しいていうなら人魚の尾を捨てて、人間の足が欲しいわね」

「それは…何故?」

「海の世界から抜け出して、地上でこんなお商売をしてみたいとも思うの。それに硫海場に流れ着いた物は色々興味深くてね?地上ではどんな風に作られているのかとても気になるのよ。私や皆が見たことも無い、知らない物がきっと沢山あるわ!」


 話していたらつい興奮してしまった。語尾が大きくなってしまい首を思わず引っ込める。

 ふうん、と相槌を返されたが、おかしな奴だと思われていないか少々不安である。人間になりたいだなんて、海の魚を食べるような野蛮な生物になりたいだなんて、気持ち悪い女だと思われてしまってもしょうがないけれど。

 だって人間の世界は凄い。この前だって到底海の底では作れない丸い綺麗な硝子玉を見つけたのだけれど、その硝子玉の中には小さな花が入っていてとても美しかった。

 あんな物が沢山ある世界なら一度だけ行ってみたいと思ってしまう。きっと素晴らしい出会いが幾つもあるに違いない。


「君は、誰かに恋でもしたのか」

「誰?誰も何も、地上にあるまだ見ぬ未知で美しい物が恋しいのよ。…それより!」


 無駄話は置いて。全く、早く選んでもらう為にとサービススマイルをしたのに、サービストークをしてどうするんだ。

 しかしこの話が果たしてサービスと言えるものなのかは誰とも議論する気は無いが。

 気を取り直してどの腕輪にするのかを聞けば、王子が手に取ったのはゴールドの腕輪。

 隣の彼女はそれを見た途端、異常に嬉しがり店の周りを尾びれをパタパタさせながら泳ぎ回った。

 なんであんなにハイテンションなのかと疑問に思ったが、彼女の放った言葉で合点がいく。


「ありがとう!セルフィス様とお揃いね!」


 チャラ王子は苦笑混じりに、じゃあまた明日、と言うと、彼女と城の中へ消えていった。

 あらあらお熱いことで。

 彼が泳ぐ度に首元で揺れるのは、ゴールドの首輪。宝石や貝殻などは埋め込まれてなく、すごくシンプルなもの。

 いつも肌身離さず付けているのできっと大事な、大切にしているものなんだと思う。

 だから彼女は自分にと選んでくれた腕輪がゴールドだったという事で、同じ=御揃い=ペアルック=愛の証、こんな思考回路になったのかなと考えた。

 なんて罪作りな男だろうか。

 いや、もしかしたら彼女こそが本命かもしれないから一概に不幸だとは言いきれない。


 「もうお客さんも帰ったし、…私もあがろう」


 カップルが居なくなり静まりかえった市場や演劇場を見て店を閉める。早く帰ろう。


 それから私は岩場の洞穴に帰り作業を開始する。

 今日はネックレスが売れたのでまたストックを作る為に、硫海場用の茶色い宝箱の中から銀と金のチェーンを取り出した。

 今回は4日程市場をお休みにしてアクセサリー作りに励もうと思う。

 別に市場を休むのに特別な許可はいらないし、店が無かったら無かったで皆今日は休みなんだなと思ってくれるだろうから心配はない。

 でも流石に4日も休んだ事はないけれど。

 いつもは作業をすると言っても1日かけて終わりで翌日にはすぐにお店を開いていたが、こんなに空けるのは初めてだ。


 だからその分、集中して良いものを作ろう。

 



◆◇◆◇◆◇◆




 そうしてお休み(と言っても仕事に変わりない)4日目に突入した朝。

 眠りから目覚めれば、なんだか洞穴の外が騒がしいことに気づく。何だろうと尾ひれを動かして上に行けば、ちょうど私の家に入ってきたらしい近所の魚のオバチャンがライラぁぁあ!と叫びながら突進してきた。

 なになにどうしたのと艶やかな鱗をペタリと撫でれば、衛兵が沢山岩場に来てて、と落ち着いて話してくれる。

 そしてどうやらその衛兵たちは私を探しているらしいという事だった。

 …なんで私?何かしましたか私。


 魚のオバチャンなんか私が犯罪でも犯したのかと思っているようで「抜け穴知ってるからそこからお逃げっ、私はお前が何をしようともお前の味方だよ!」と涙ぐみながら言われた。

 長年の付き合いなのに犯罪者扱いをされているというのは、どう捉えたらいいのか。

 とりあえず見に覚えは無いので変な風に隠れる事はしない方がいい。

 上へ泳いでいくのをオバチャンに止められるも小さい彼女の体では私の泳ぐスピードは変えられなくて、ついに私は岩場に出てしまった。


 そこにはオバチャンが言った通り、甲冑を纏った逞しい衛兵達が私の家を取り囲んでいる。

 謎の威圧感に何も言えず、これはどうした事かと戦慄して思わず両腕を擦り怯えてしまった。




「ライラ!」


 だというのに衛兵の後ろからもうスピードで来る王子が見えて、私は遂に固まった。


「驚かせないでくれ。でも良かった」


 近づいて肩を揺すられる。

 ちょ、ちょっとタンマタンマ。

 吐くからやめなさい。

 と固まっていた腕で肩をベシンと叩き返す。痛い、なんて声がした気がするがそんなのに構っていられないわ。

 それにこの王子は一体何を焦っていたのだろう。

 というか何で私の家を知って…?1度も招いた事はないし、誰かに教えたことも無いのに。 


「君が…人間になってしまったのかと思って…」


 眉根を寄せて可笑しな事を言い出す。

 は?人間?そんなわけないじゃないと笑って言ったが、本人はやたら真剣で、君は知らないの?と声を低くして言った。

 すると、何を、と目で訴える私の手を優しく握りだす。


「俺の大叔母様はその昔、人間の男に恋をして海の魔女に人間の足を貰ったんだ」


 なんだかいきなり摩訶不思議な展開になってきている。

 そもそも、え、魔女なんていたのか、それ冗談じゃないのと半笑いで返したが、いいや嘘じゃないと言われてしまった。

 思わず目をパチクリとさせてしまうが、こんな真面目に言われては笑い飛ばすことなんて出来ないし、ここで彼が私に嘘をついたとしても彼にはなんのメリットも無い。

 つまりは本当の事を言っているのだと考えられた。

 しかし魔女なんて伝説や幻のようなものだと思っていたけれど、本当にいたなんて…。

 軽くカルチャーショックを受ける。


「人間の足と引き換えに大叔母様が魔女へ差し出したのは美しい彼女の声。それにずっと人間でいられる条件は、その人間の男と愛し合わなければいけなくて、出来なければ海の泡になるという残酷で愚かなものだったらしい」


 随分行動的なお姫様だったようだ。

 しかしここでふとある事実に気がつく。もしかして人間に見られた大昔のマヌケな人魚姫って、その大叔母様の事じゃなかろうか。人間に見られた美しい人魚のお姫様。てっきり人間に見られたと言うだけで普通にその後も海で暮らしていたのだと思っていたけれど、そうではなかったのか。

 その先の話は知らなかったから、なんて命知らずな人魚姫様だったんだと昔から思ってはいたけれど、まさか本当に自分の命を賭けていたとは。驚きである。


「大叔母様の兄弟たちは必死で止めたのに、結局大叔母様は男に愛されず海の泡となってしまった」


 だから君がいなくてとても焦ったんだ、と今度は抱き締められて言われる。


 ど、どう反応すればいいのコレ。

 一体王子はどう飛躍して私が人間になり泡になったのだと思ってしまったのだろうか。

 あ、もしかして人間になってお商売したいとかこの前話したせい?けれどあんなの所詮夢物語なんだから本気にすること無かったのに。でもまぁそんな話を知っていれば疑ってしまうのも仕方無いかもしれない。


 しかし全く、市場に居なかったくらいでこんな心配をされようとは。しかも城の衛兵を出動させてまでなんて、中々心配性な王子様だ。

 別に私の作るアクセサリーが無くとも女たちは王子がいるだけで幸せだろうし、あっても無くても多分変わらないと思う。それだけは言える。

 だけど、でも、そんなにアクセサリーを気に入ってもらえていたんだなと思うとちょっと嬉しくて、王子相手に柄にもなく心から素直にありがとうございますと伝えられた。

 なんかちょっと気恥ずかしいな。

 今なら苦手な歌を歌えるかもしれない。


 だが、それなのにも関わらず王子は嫌な顔をして私を見てくる。

 えええ――お礼言っただけなのに。


「何かとても腑に落ちないんだけど」

「ありがとうと言っては駄目だった?」

「いや、そうではなくて…。あぁ、シェリーヌと今日約束していたのを忘れていた」


 腑に落ちないのは女人魚との約束を忘れていた事か。

 それじゃあ早く行ってきなさいと腕から離れて背中を押したが、そうだ、と思い付き、ついでにその女人魚の髪色を聞いてみた。

 王子はキョトンと顔を傾げたが、ピンクと答えたので私は直ぐ様洞穴に戻りピンクに合うネックレスを探し出して王子に渡す。渡された本人はまじまじとネックレスを見つめると、自分の首にいつもしていたゴールドの首輪を外しだした。


 その一連の動作を眺めていればカチャリと私の首に金属の重りが掛かる。

 ハッとして首元に触れてみると、硬くて冷たい首輪の感触がした。


「うん。君の黒髪にとても合うよ」

「これ、あの」

「ずっと前から絶対似合うだろうなと思っていたんだ」


 王子様の私物をいただいて良いものなのかと一瞬悩んだが、本人は嬉しそうに渡してくるし、好意でくれたものは無下にするものでは無いと思うのでありがたく受け取ることにした。

 それになんだか気分が上がって、ふふふん、と鼻歌を歌ってしまう。


 不思議、あんなに歌うという事が恥ずかしかったのに。

 何故だろう。


「君の歌を初めて聞いたけど、とても心地好くて好きだ」

「ありがとう」

「そうだ、今度一緒に歌おうか」

「それはまた恥ずかしいから遠慮させていただくわ」


 それでもまた鼻歌を歌いながら、私は目を瞑って珊瑚礁まで泳ぎだした。

 いつもよりスピードが速くて気持ちいい。


「歌は男を誘うから無闇に歌っては危ないよ」

「何故?皆歌ってるじゃない。それに私のは鼻歌なんだから誰も寄りはしないわ」


 後ろから付いてきていた王子がその後何か言っていた気がしたけれど、よく聞き取れなかったのでまぁ良いや。


 







◆◇◆◇◆◇◆


 真珠の城内にて。


 王子が城に帰りそれを出迎えたアトランタ王は、息子の首に代々王妃にと受け継がれてきた首輪が無いのを見て絶句した。

 あれは王子が王になった時、その妻になる王妃へ渡すもので肌身離さず持っているようにとしつこく言っておいたのに、無いとは何事かと。


「セルフィス、お前首輪はどうしたんだ」

「首輪?さぁ何処でしょうね」


 セルフィスは笑いながら首を傾げた。

 とぼけている王子では話にならないと頭を痛くしたアトランタ王。そうなればと息子が普段数ある女人魚と噂になっていることは知っていたので、衛兵に首輪を着けている人魚を探し出すようにと命令を高々と出した。そして見つけたらその女人魚を王子の妻として迎えると。


 もしかしたら女人魚にやったのではなく、どこぞにポイ捨てしたのかもしれないとも王は思ったが、己と同じ血が流れている息子だ。それに思考や行動パターンは昔の自分にそっくりであると確信している。



 一方で衛兵たちは人魚を探さなくとも王子が首輪を渡した相手を知っていた。なのでどうしようかと迷い、未だ笑っている一連の元凶である王子へ、王に気づかれぬようお伺いを立てる。


「どういたしますか」

「そうだね、彼女は怒るかな?」


 ニコリと愉快に言い放つ王子にアトランタ王同様衛兵たちは絶句した。

 返してもらうという選択肢が無いあたり、この王子最初からそのつもりで渡したのか、と衛兵は何も知らないであろう彼女に心の中で謝罪する。






 悲しい物語はもう無い。

 代わりに愉快な物語が幕を開ける。

 平凡人魚と海の王子様の結末はさていかに。

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