姉
今回は、話が滅茶苦茶だと思います。が、見てくれると嬉しいです。
彼女、花梨の姉は天才だ。
その名前を聞けば、知らない人は居ない。テレビにだって出た事がある。
花梨はそんな姉を持って、誇らしいと同時に、嫉妬していた。何故なら彼女は、いつだって優秀な姉と比べられたから。
「どうして姉と違って、お前は成績が悪いのか」
「運動能力の高い姉と違って、お前は足が遅いんだな」
挙げ句の果てには、自分を産んでくれた母親にさえ。
「お姉ちゃんと違って、全然だね花梨は」
悔しかった。ただ悔しかった。花梨だって、必死に努力している。姉に追い付く為に。姉と肩を並べる為に。けれどもそれは、夢のまた夢だ。
凡人が、天才に追いつける筈が無い。そんな事、誰もがわかっている事なのに、皆が皆、花梨と姉を比べたがる。そんな世界を、いつしか花梨は嫌っていた。
「姉さんなんて、死ねばいいのに」
1日に数回。口癖の様に、花梨は都会にも関わらず綺麗な夜空に向かって呟いていた。
そしてそれが叶ったのか、ある日姉は死んだ。全身をバラバラにされて。
警察から聞いたところによると、右腕だけがまだ見つかってないらしい。
「アハ、アハハハハハハハハ」
花梨はただ、笑い続けた。実の姉が死んだというのに、彼女は笑い続ける。自分の願った事が叶ったのだ。それは宝くじが当たって笑いが止まらない事と、何ら変わらない。ただ願いが親族の死だっただけだ。
姉の葬式には、数万人もの人が訪れた。流石は有名人と言ったところか。規模もかなりのものだ。
周りを見れば、全員が涙を流している。もし自分が死んでも、こんなに悲しんでくれる人は居ないだろう。そんな事を、花梨は考えていた。
数日後。母親が姉の部屋を片付けていたら、一枚のメモ用紙が見つかったらしい。母親が言うには、そのメモ用紙には「花梨へ」と書かれていた様だ。
花梨はその紙を受け取ると、そこに書かれていた事を読む。
『もしこれを花梨が読んでるなら、私は多分死んでるかもね。まず最初に花梨に謝りたい。ごめんね。私が天才と呼ばれたせいで、花梨は悔しい思いをしてきた。どんなに謝っても許されないのはわかってる。でも私は、花梨の事を愛してるよ。だって花梨は、唯一無二の妹なんだから』
メモ用紙を持っていた右手が、小刻みに震えた。それは感動とか歓喜などの、暖かい感情では無い。
「ふざけないでよ⋯⋯姉さんに何がわかるんだッ‼︎」
用紙を床に叩きつけ、家から飛び出す。行く宛なんて無い。ただ街中を走り続けた。
予報外れの雨が降る中、花梨はある場所へと辿り着く。
公園。遊具が小さな滑り台しかない、とても小さな公園。
「私、何でこんなところに」
ここは小さい頃、花梨が姉と一緒に遊んだ場所。砂場でトンネルを作ったり、泥団子を作ったりして遊んだ。
でもその時から、姉は花梨より優秀だった。花梨は不器用なのでトンネルも泥団子も上手く作れずに、半べそをかいたが、姉は違う。どんな物も完璧に作ってみせた。それを母親は、笑顔で褒める。花梨には目もくれず。
「畜生ッ」
拳を握り締め、唇を噛み締めた。
未だ降りやまぬ雨は、まるで彼女の悲しみや怒り。憎しみを洗い流そうとしている様だ。
家に帰れば、どうせ母親は迎えてくれない。娘がびしょびしょに濡れて帰ってきたのに、母親は姉の部屋の片付けで忙しい。
「また姉さんか⋯⋯」
小さく舌打ちをすると、濡れたまま家に上がり、タオルのある洗面所へと向かう。
彼女に付いていた水滴が、ぽたぽたとフローリングに落ちた。
「花梨‼︎ 花梨ッ‼︎」
身体を拭いている最中、母親が花梨の名前を呼びながら、階段を急いで降りてきた。
「何?」
苛立ちの篭った返事。母親はそんな事気にもせず、口を開く。
「遺書が⋯⋯遺書が見つかったの‼︎」
「えっ⋯⋯姉さんの?」
「そうよ‼︎ クローゼットの奥の方にあったの‼︎」
確かに母親の手には、綺麗に折り畳まれた白い紙がある。本当にこれが姉が書いた遺書なのだろうか。
「良かったね。でも私には関係無い」
姉には大量の遺産がある。何せ姉は、世界中で沢山の成果を上げて、大儲けしたからだ。しかしどうせ、花梨に遺産分配なんてされない。それを理解しているからこそ、花梨にとってその紙は、本当にただの紙なのだ。
「関係無くないわよ‼︎ 遺書の内容、見て頂戴‼︎」
慌てる母親に、花梨は頭上に『?』を浮かべる。仕方なく、花梨は遺書を手に取った。
『最後に。私の持つ全財産は、全て花梨にあげます。私のせいで辛い思いをした分、花梨には残りの人生を幸せに生きて欲しいから』
読み終わった時、花梨の手はその紙をくしゃくしゃに丸めていた。
「あぁ! 大事な遺書が‼︎」
花梨が起こした行動に、母親は頭を抱えるが、花梨にはどうでもいい事だ。
「⋯⋯余計な事、しないでよ‼︎」
丸められた遺書が、無造作に転がり落ちる。
「あの子はどうして⋯⋯花梨の事を」
涙を流す母親。その涙は、何を意味しているのだろうか。
「そんなの、私が知る訳無いじゃない‼︎」
花梨は母親に怒鳴り散らす。そして二階に上がり、自分の部屋に入ってベッドに倒れ込んだ。
「⋯⋯姉さん」
途端に重たくなった瞼を、ゆっくりと閉じる。
気が付けば花梨は、外が暗くなるまで眠ってしまっていた。
地面に叩きつける様に強く降る雨は、寝起きの花梨の頭に強く響く。
下に降りてみると、母親の姿は無い。何処かに出掛けたのだろうか? そう思いながらリビングの扉を開けた。そしてすぐに、異変に気付く。
「母⋯⋯さん?」
フローリングの上に、母親が仰向けに倒れていたのだ。それも、胸の辺りから大量の血を流して。
この血の量を見れば、誰が見てもわかる。母親は既に、死んでいた。
膝を崩し、人形の様に動かない母親を見つめる。
「ざまぁ⋯⋯みろ」
乾いた笑いが零れる。それと同時に、眼から涙が溢れてきた。姉では泣かなかったのに、母親が死ねば泣いた。何故だろう。産んでくれた人だから?
答えなんてわからない。ただ涙が溢れて止まらない。それが事実だった。
警察に通報したのは、それから数時間も後。姉が殺されたばかりだったので、警察は同一犯の可能性が高いと考えていた。
警察から話を聞いて急いで帰ってきた父親は、花梨には目もくれず、ただ母親の死を悲しんだ。
次の日の朝。いつの間にか、花梨は姉の部屋を訪れていた。何故だか、足が無意識に部屋に向かっていたのだ。
「姉さんは⋯⋯私の事をどう思ってたの?」
今思えば、姉は天才ではあったが、花梨を怒鳴ったりした事も無ければ、意地悪した事もただの一度も無い。
姉はただ、花梨に優しく接していた。しかしその優しさが、花梨を深く傷付ける。
「⋯⋯」
ふと、姉が好きだった数字を思い出した。
『8っていい数字だよね。だって最初と最後が繋がってるんだもん』
「8ね⋯⋯」
そういえば、遺書とは他にメモが見つかっている。どうして紙を分けたのだろう。遺書にはまだ、空白が沢山あったのに。
妙に引っかかる。不思議に思った花梨は、おもむろに部屋の中を探し始めていた。
「⋯⋯あった」
しばらくして、ベッドの下から、一枚のメモ用紙を見つける。大きさは、最初に母親が見つけたメモ用紙の大きさと同じだ。
『花梨は知らないと思うけど、花梨は不治の病を患っているの。信じられないと思うけど、私は花梨を助ける為に、医学を学んだんだよ』
用紙には、そう書かれていた。
「不治の病⋯⋯そんなの、知らない‼︎」
用紙を握り締め、叫ぶ。
花梨はずっと、健康的な人間だと思っていた。でも違う。真実は違った。姉はそう書いているのだ。
引き続き用紙を探す。花梨は、紙が全部で8枚あると思っている。
姉は、全てに対して8を愛用していた。どんな時にも、8という数字を使っている。なら遺書もまた、8枚ある可能性があった。姉は天才だが、同時に変人なのだから。
「見つけた」
4枚目は、本棚に。本と本の間に挟まっていた。
『私達以外、花梨の病を知る人は居ない。だから母さんも父さんも、花梨が不治の病を患っているのは知らないんだよ』
残り4枚。何だか、少しずつ花梨の知らない真実が、明かされていく気がして、いい気はしなかった。
それから間も無く、5枚目は見つかる。見つかった場所は、テーブルの裏。テープで貼り付けられていた。
『ごめんなさい。本当にごめんなさい。私は花梨を救うどころか、花梨を悪魔にしてしまった。本当に、ごめんね』
4枚目から、内容がかなり飛んでいた。
「何なの⋯⋯悪魔って」
身体が震える。花梨を悪魔にしてしまった。その言葉が、彼女に恐怖心を植え付ける。
残り3枚の紙を探すために、部屋中を隈なく探したが、結局見つかる事は無かった。
諦めて下に降り、リビングでテレビを付けようとすると、ある異変に気が付く。
今日は仕事が休みの筈の、父親の姿が無かった。思えば朝から、一度も姿を見ていない。
もしかしたら、母さんと同じ様に⁉︎ そんな嫌な予感が、花梨の脳内を駆け抜けた。
急いで家中を探し回る。その最中、脳裏に浮かぶのは、悪魔という単語。
姉は花梨を、悪魔にした。彼女の何がどう悪魔になったのか。それが気になって仕方なかった。でもこの時、薄々は気付いていたのかもしれない。悪魔とは何なのか。
最後に向かったのは、自分の部屋。よくわからないが、ここに父親は居る気がした。
花梨はクローゼットの前まで来ると、深呼吸する。そして、ゆっくり。ゆっくりとクローゼットの扉を開く。
「⋯⋯ひっ‼︎」
いつもは服などが入っている場所に、あまりにも異質な物が詰め込まれていた。
肉塊。そうとしか表現できないくらいに、その死体はぐちゃぐちゃになっている。
鼻を劈く異臭と、グロテスクな光景を見て、花梨はその場で汚物を吐き出した。
わかっている。これが父親だ。父親の、成れの果て。
存分に吐き終え、もう一度肉塊と変わり果てた父親を見つめる。刹那、頭の中に、走馬灯の様に様々な光景が映し出された。
「何⋯⋯⋯⋯⋯⋯これ」
それは、どれも見覚えの無い光景。しかしそれはどれも、花梨の視点だった。
人は嫌な事は、忘れにくいものだ。忘れたと思っても、頭はしっかりと覚えている。だからこれも同じ。これは花梨が忘れたと思っていた、記憶。
『ごめんね。花梨』
映るのは、涙を浮かべて謝る姉の姿。腹部から血を流している。
『落ち着いて‼︎ そのナイフをしまいなさい‼︎』
次に映ったのは、母親。必死の形相で、こちらから後退りしている。
『や、止めろ花梨‼︎ 止せ‼︎』
その次は、父親。尻餅をついて、犬の様に吠えている。
全てを悟った。ああなんだ。やっぱり私は、悪魔なんだなと。
姉を殺したのは花梨。顔を抉り、身体をバラバラにした。
母親を殺したのは花梨。心臓をナイフで一撃。
父親を殺したのは花梨。父親が愛用していたゴルフクラブで何度も殴打。殴打殴打殴打。その後、ナイフで全身の皮を削ぎ落とした。
見つかっていない姉の右腕は、花梨の腹の中。
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎」
頭を抱え、花梨は叫ぶ。知ってしまった真実に、なす術もない。
そう。彼女は悪魔だ。一家を皆殺しした悪魔。
「⋯⋯うぁ」
懐に、血に濡れたナイフが一本入っていた事に気付く。
ずっと持っていた?
凶器であるナイフを?
持ったまま警察と話していた?
ならどうして警察にバレなかった?
浮かび上がる疑問が、頭の中で渋滞する。
花梨は喉を鳴らすと、そのナイフを取り出し、首筋に突き立てた。
「ごめんね⋯⋯姉さん」
一滴の涙が、頬を伝って落ちる。
そして、手に持っていたナイフの刃が、首筋を切り裂いた。
「がっ⋯⋯あ」
真っ赤な鮮血が、勢いよく噴出する。そのまま仰向けに倒れ、天井を見つめた。
そして血が止まった頃、残っていたのはかつて人間だった物体のみ。
気持ちよさそうに寝ている花梨の頭を、姉の花南は優しく撫でた。
『お姉ちゃんが、助けてあげるからね』
『彼女は殺人鬼である事を忘れ、両親から捧げられた愛を忘れ、そして姉からの愛を忘れた。いやはや、あの薬はやはり恐ろしいね』