家出娘は知ってしまった
私、カリーノ王国第一王女ヴェーニュス・マリア・カリーノは少々変わっていると思う。
もちろん王族なのだから人とは違うのだが、そうではなく同年代の女性とずれているのだ。
彼女たちが最新のファッション、自分を美しく見せる方法、花嫁修業に明け暮れている間、私は最新の武器、自分を強くする方法、剣の修業に明け暮れていたのだから当然といえば当然なのだが。
そんな私でも人並みに恋心というものは持ち合わせていて、つい先日何をトチ狂ったかその想いを相手に伝えてしまった。
更に言うならば相手も私のことを憎からず想っていてくれたらしく、何と………両想い、というものになってしまったのだ。
本音をいえば嬉しい。今ならドラゴンだろうが魔物だろうが余裕で倒せてしまうくらい体の奥から力がみなぎってくる。これが愛の力というものか。と、一人で舞い上がってしまうくらいには嬉しい。
しかし私はこの国の第一王女だ。
いくら弟がいるからといって、誰とでも結婚できる身分ではないことくらいわかっている。
それに私には小さい頃から父が決めた婚約者がいるのだ。
幼い頃1度しか会ったことはないが、確かにいたのだ。
そんな私がアランと結婚できるはずもない。
だから今日、私は彼の家を出ることに決めた。
想いが通じ合ってまだ3日しか経っていないが、これ以上ここにいれば余計離れられなくなってしまう。
家出なんて身勝手な真似をしてしまったけれど腐っても王族だ。
その身と心は民の為になければならない。
テーブルに突っ伏して寝るアランはどこか幼くて可愛い。
この寝顔を見れるのも今日が最後かと思うと涙が出そうだが最後ぐらい笑ってさよならを言いたい。
「アラン、私のアラン。貴方を永遠に愛すると誓います」
金色の髪を上げて額に1つ口づけを落とすと、そっと部屋を出る。
宰相という地位についているにしてはこぢんまりとした家は住み込みの使用人はおらず、通いの掃除婦が1人いるだけだ。
だから夜は私と彼だけしかこの家にはいなくて、真っ暗な廊下に私の足音だけが響く。
重厚な造りの扉を開け、外に出る。
後ろ手で扉を閉め、振り向かずに走る。
剣がベルトと当たって不快な金属音を出しているが一刻も早くこの場所から離れたかった。
さよならアラン。
私が城から離れていたひと月の間に色々なことが変わってしまったらしい。
唯我独尊を貫いていた父はさり際ボコボコにされたことも忘れてしまったのか、随分と優しい。
飾り気のなかった部屋はレースとフリルとピンクで埋め尽くされていて、クローゼットを開ければ色とりどりのドレスが入っていた。
更に髪が伸びるまでつけていなさいとおそらく本物の髪で作られたカツラまで渡してきた。
弟が生まれたからこれから王女としての教育をやり直すのだろうか。
変わったことはまだある。
どうやら私の婚約者様は死んでしまったらしい。
というのも兵士たちが我が婚約者の国が滅んだと話しているのを聞いてしまったのだ。
女であれば幽閉されているか貴族に降嫁されているかもしれないが、王族のしかも直系の男子ともなればまず生きてはいないだろう。
結局顔も思い出せなかったから悲しいなんて気持ちは湧いてこないが、気の毒なことだ。
そういえば新しい婚約者はいるのだろうか。
常の父ならばもう既に目星はつけていそうだし、私ももういい歳なのだから結婚の準備などしなくてはならないはずだ。
まぁ向こうから言い出さないのなら静観していよう。
今日はなんだか外が騒がしいな。
城に戻ってふた月経とうとしていたある日、廊下を行き交う声がいつもより騒がしいことに気づいた。
今まで着たこともないような美しいドレスを着て剣の修練が出来るはずもなく、最近は日がな1日を読書をして過ごしていたのだが、こんなに騒がしくては落ち着いて本も読めない。
一応呼び鈴を鳴らしてみるが案の定この喧騒では聞こえるはずもなく、仕方なく扉を開ける。
「この騒ぎはなんだ。何かあったのか?」
ちょうど目の前を走っていた侍女を捕まえてそう問えば、彼女は視線を左右にせわしなく動かすだけで何も答えようとはしない。
「なんだ、私には言えないことなのか?」
「いえ、決してそういうわけでは……」
口ではそう言いつつ決して話そうとしない彼女に痺れを切らして、もういいと追いやる。
どうせ私は今までもこれからも父の駒なのだ。いちいち興味をもつだけ無駄というものだな。
テーブルの上の本をめくりパラパラと流し読む。
全く頭に入ってはこないが、これといってやることがないのだから仕方ない。
その時、ノック音が聞こえた。
聞き違えかと思ったが再度聞こえた為、誰だ、と返す。
侍女ならばノックはしないためこれは私に訪問者ということだ。
しかし私に訪問してくるような者はいただろうか。
「やあヴェーニュス久しぶり」
思わず目をこすって見たが、目の前の人は消えない。
「何?2ヶ月も会わなかったら俺の顔を忘れてしまったの?」
忘れるはずない。顔も声も何もかも私の心に刻み込まれて消えないのに、忘れられるはずない。
「どうして…どうしてアランがここにいるんだ」
正確には城は彼の職場なのだから居てもおかしくないのだが、そういう意味で言ったんじゃないと彼もわかるだろう。
「何故って君が俺に会いに来てくれないからだよ」
アランは共もつけず1人で部屋に入ってくると、しっかりと扉を閉じた。
私が言えた義理ではないが、妙齢の男女が同じ部屋に2人きりなんて無作法極まりない。
それが未婚の姫ともなればなおさらだ。
そんなことアランだって十分知っているはずなのに、彼は優しい笑みを浮かべてずんずんこちらに近寄ってくる。
「俺があの日、どんなに絶望したか君にわかるかい?」
優しいはずなのにとことん冷たい言葉に思わず両手で自分を抱きしめる。
「朝起きたら君は家のどこにもいなくて、置き手紙の1つもない。恋人に対する態度としは随分薄情だと思わないか?」
「そ、それは悪かったと思っている。しかし「2ヶ月待ったんだ」
なんとか絞り出した言葉は彼の声に遮られる。
「2ヶ月、君がいつ帰ってきてもいいように家から一歩も出ないでずっと待っていたんだ。なのに結局君は帰ってこなかった」
いつの間にか目の前まできていたアランの手が乱暴に私の腕を掴む。
「だから今日は迎えにきたんだよ。悪いけど君がどんなに嫌がろうと俺は君を離すつもりなんてないんだ」
私を掴む手にはどんどん力が込められて、骨の軋む音が聞こえそうだ。
「あぁ、そんな顔をしても駄目だよ。俺はね、君が思っているほど優しい人間じゃないんだ。今も君がどこかに行かないように手足を切り取ってしまいたい衝動でいっぱいなんだよ」
掴まれた手を引かれて彼の腕の中に閉じ込められる。
「そんなことは嫌だろ?だからおとなしく俺と結婚してくれ」
「……結婚?」
「そうだよ。今から民衆にお披露目だから、せいぜい笑顔で手を振ってね。望まない結婚をさせられるなんて知られたら困るから」
さっきからどうにも話が見えてこない。私はどこかの王族に父の駒として嫁ぐのではなかったのか。それにどうして私がアランを嫌っているような口ぶりなのだろうか。
「黙ってたって何も変わらないんだから、その可愛い口で俺に愛を囁いてみなよ。そしたら少しは優しくしてあげてもいいから」
…いいのだろうか。私はもう一度彼に好きだと告げてもいいのだろうか。
「……好き」
「っ!…随分演技が上手なんだね。危うく騙されるとこだったよ」
「騙してなど、いない。私は今も昔もアランが好きだ」
そう口にした瞬間彼の腕が私の首に伸びる。
「やめてくれ。もう君の言葉に一喜一憂するのは嫌なんだ。俺を惑わさないでくれ」
首を掴んだ腕に力が込められる。
苦しくて視界が歪むが、構わずアランの頬に手を添える。
「好きだ、好きなんだ。私、は…アランだけを愛してる」
そんな悲しい顔をさせたくてあの家を出たんじゃないんだ。
信じてくれなんて言わないから、だから、お願いだからそんな顔しないで。
そこで私の意識は途切れた。
気がつくと自分のベッドに寝ていて、傍らにはアランがいた。
「気がついた?気分はどう?何か飲む?」
矢継ぎ早にそう聞いた彼はコップに水差しから水を注ぎ、私に手渡してくれた。
飲みやすいように背中に添えられた手も何もかもいつも通りの彼で、あれは私の夢ではないかとさえ思ってしまう。
「ごめんね、痛かっただろ?」
でも首の痛みがあれは現実だと教えてくれて、ならばやはり私は彼に殺されかけたのか。
「こんなこと言える立場じゃないけれど、俺はヴェーニュスを愛してるんだ。愛しすぎておかしくなるほどに」
アランの大きな手が私の髪を優しく梳く。
「君が俺の前から姿を消して、あの言葉はやっぱり一時の気の迷いだと思い知らされて、自分の感情が制御できなかった。このままだと、また君を殺してしまうかもしれない。だから俺は国を出ることにしたよ」
婚約の話はまだ城の中にしか知られていないから大丈夫。アランはそう言って私の髪から手を離した。
「…嫌だ」
その手をすかさず掴んで無理やり彼をベッドの上に上げる。
「私は、アランが嫌いになったから逃げたんじゃない。王族の責任として……いや、ほんとはこれ以上一緒にいたらアランが私から離れるときに離れられなくなりそうで、それが怖くて逃げたんだ。だって私はこんな女らしくない形と言葉遣いで、きっと私に答えてくれたのだって一時のことで、でもアランが私を捨てるには私の身分が邪魔をしていて、だから、逃げたんだ。だから、私だってできることならアランと結婚したい。どこの誰かもわからない奴に嫁ぐなんて耐えられない!」
必死で言葉を紡げば、彼は探るような目で私を見下ろしてくる。
「でもそれは俺の本性を知る前の話だろ?俺は君を殺そうとしたし、実際人を殺したことだってあるんだ」
「構わない。私はどんなアランだって愛してる」
「次に君が逃げようとしたら今度こそ本当に両手両足を切り落として、俺の部屋に監禁して、抱き潰してしまうけれど、それでもいいの?」
優しい人だ。私が考えなおすように逃げ道をくれる。
こんなに悲しい顔をして、それでも私を1番に考えてくれる人なんて彼以外知らない。
「手足を落とされても、監禁されても、殺されても、私はアランを愛してるよ」
だからお願いだから私をもう1度信じて欲しい。
そう告げれば彼は私からゆっくりと離れてベッド脇の呼び鈴を鳴らした。
すぐに控えていた侍女が入ってくる。
「すぐに彼女のドレスを持ってきてくれ。民衆に彼女が降嫁することを伝えなくては」
侍女は小さく頭を下げてすぐに部屋から出ていく。
「これで…もう逃げられないから覚悟してくれ」
「望むところだ」
ようやく彼が笑ってくれた。
ヤンデレは苦手ですがヤンデレクラッシャーが好きです。