薙刀 〈 naginata 〉
・薙刀 〈 naginata 〉
先端に刀をつけた長柄の武器。
刀身30~90cm、長柄60~200cmほどの長さで、鍔をもつ。
槍が突くことに特化した長柄に対して、薙刀は斬ることに特化した長柄である。
特に大振りなものは斬馬刀と呼ばれる場合もある。
夜半に破壊する音が響きわたる。
両開きの門が壊され、賊が侵入したのだ。ここは武家の屋敷。普通であれば、武家の屋敷に押し入ろうなどと考える賊はまずいないだろう。
武器を所有し戦う力を持つのが武家だ。いくら天下太平の世といえど、そのこと自体はかわりがない。わざわざ危険な武家の屋敷に押し入るぐらいならは、商家にでも押し入るほうが危険は少ない上に実入りもよいだろう。それでも押し入るとすれば、何か理由があるということだ。
侵入者は、刀を携えた男性。顔を隠し夜闇にまぎれるような黒の装束。剣呑な気配を撒き散らしている。
女性が一人、縁側から手に長柄の武器を持ち降りてくる。
手に持つは、薙刀と呼ばれる武器。反りの強い刀身は二尺、鍔を持ち柄の部分は四尺ほどの長さを持つ。
薙刀とは、元は長い柄に太刀をとりつけた長巻と呼ばれる武器。それを扱いやすく攻撃的にまとめたものが薙刀である。
槍は突くことに特化しているのに対して、薙刀は切ることに特化した長柄である。その威力は切る事に関しては、日本の武器の中でも随一の威力を誇る。
「何者です。当家にどのような用件でしょうか?」
女性が凛とした声で問いかける。侵入者からの返答はない。
「返答がないならば、巴の露となってもらいます」
薙刀を構えなおし最後通告とした。
薙刀の号は、女性の名前をつけるのが通例となっている。彼女の持つ薙刀の号は、巴という。
侵入者は八相の構えで女性に接近する。
薙刀を斜めに刀身を引くように、振り上げる。
薙刀は武家の子女の護身術とされ、戦場では廃れた。攻撃に特化しすぎたため隙が多く、汎用性に難がある。また大振りで威力があり過ぎるために、大切な戦利品である馬を傷つけやすかったからだと言われる。
長柄で重量があり威力があり過ぎる薙刀は、護身には向いていないように思えるのだが、この場合の護身とは町中で身を守るためだけではない。戦場となった町で家や我が身を護るための護身である。
非力を補うための攻撃に特化した武器。本来、護身とは『身を守る』ことである。よって薙刀以外の護身術と称される武術の理念は、『危機回避』である。回避できなかった場合のみ戦うことを選択する。
だが薙刀は、最初から戦闘を避けられない状況が前提だ。ゆえにその理念は、『捨て身』であり、強力な武器を使用しての短期決戦での必殺である。
弧を描くような軌跡が走る。遠心力を利用し円の動きをもって胴体を狙った攻撃。
だが大振りな攻撃ゆえに男にはかわされる。しかし薙刀の描く軌跡は途切れることはない。
力をできる限り無駄にしないのは、円の動きである。無駄にしないということは、連続して動くことができることを示す。
攻撃を回避した男は、刃を振るおうとする。だが薙刀の動きのままに舞うかのように男に背を向け、薙刀の軌跡を上段へと運ぶ。そのまま上段からの打ち下ろしに繋げる。
相手の攻撃のほうが早いと判断した男は、刀を持って攻撃を受け止めた。かのように、見えた。
金属の断ち切られる甲高い音、直後に響くは肉を断つ音。薙刀は、刀ごと男を叩き斬った。人の身では、致命傷が刻まれた。
武器のシリーズの三番目です。今回は薙刀です。
薙刀は本文中であるとおり長巻と呼ばれる武器を、コンパクトに使いやすく長柄としてまとめたものです。
長巻はわかりやすくいえば、柄の長い太刀のことです。または刀を先端につけた長柄です。
なので薙刀とは、大雑把にいえば「頑丈で柄の長いでかい刀」です。
前書きにあるとおり別名「斬馬刀」とも呼ばれます。るろ剣ででてきたアレですね。
斬馬刀とは、正式な分類ではなく俗称です。馬が断ち切れるぐらいの巨大な刀剣類を示す言葉ですので、範囲が広いんですよね。
因みに西洋では、ジャパニーズハルバードと呼ばれます。グレイブというのも、この薙刀にあたります。
日本では女性の護身術とされる薙刀ですが、本文中にあるとおり斬るということでは日本の武器の中では随一の威力です…護身術で使う武器じゃないですよね( ̄。 ̄;)
本文にあるとおりの理由なので、単純に護身術というより戦場護身術とでも呼ぶのが正しいのでしょうね。
戦場では戦国時代には、もう廃れていたようです。
単純に集団戦闘には向かない上に、斬馬刀の俗称の通り戦場で使う場合、馬ごと叩き斬れという運用になります。当時の馬は、重要な戦利品ですから戦場では外道の武器という扱いになっていきます。
強力なんですが集団戦闘では槍のほうが圧倒的に使いやすく、数も用意しやすいという(T_T)
因みにこの話しには、続編というかバージョン違いがあります。
興味のある方は、拙作の通称お菓子箱のほうの「あやめの場合」をお読みください。