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【プロローグ】

 目の前に闇がある。

 それは今が夜だから。

 僅かに差し込んでくる月の光だけが明かりとなってくれる。

 静かな夜だった。

 はて、本当に静かな夜だったのだろうか。

 ごろり、と床に寝そべるようにしている。

 どうして僕はこんなことをしているのだろうか。

 顔の半分が水に浸かっているのだろうか、何も見えない。

 月の光を頼りに辺りを見渡してみる。

 自分の今いる場所は長方形のような空間――すなわち居間だ。

 画面がひび割れたテレビが地の底から聞こえるような重低音をもらしている。

 棚にはやたらめったらに斬りつけたような傷跡がある。

 その上にあった家族全員で撮った写真の納まった写真立てが唯一無事な状態であった。

 花瓶が割れて、中にあった水は畳張りの床に浸みこんでいる。

 その中に生けられていた花は散ってしまい、形成された水たまりに花弁を浮かべている。

 今の中央にあるテーブルの上にはたくさんの皿が並べられており、ご馳走といっても過言ではない料理がのっていた。

 テーブルの中央に今日が誰かの誕生日であったのを示すかのように大きなケーキが置かれている。

 十二本刺されたロウソクに灯っていただろう火は消されている。

 真っ白な生クリームでデコレーションされていただろうケーキの一部が赤いイチゴクリームが塗られているようになっていた。

 ケーキの上にあるカードには【誕生日おめでとう~そうや~】と書かれている。

 そうだ、今日は僕の誕生日だった。

 停止していた思考が少しずつ動き出す。

 月が移動する。

 するとスポットライトのように差し込んでいた光も移動することになり、自分にその明かりがあたる。

 赤い、赤い水たまり。

 まるで大量のトマトをその場ですべて握り潰してしまったかのようだった。

 それがトマトならまだましだったのかもしれない。

 しかし、現実のそれは異常だった。

 ぬめぬめとした感触が不快感を覚えさせる。

 生温かく、次第に熱を失っていくのを感じると、とても怖いと思った。

 異臭、鼻を押えたくなるような鉄生臭い臭いがする。

 とても日常では感じることのないほどのもの。

 異常ともとれるそれ。

 これはなんなのだろう? 分からない……。

 僕には分からない。何も分からない。

 僕は胸に痛みを感じた。

 僕の半身をぬらしていた赤い液体は痛みをもっている胸から出ていたのだ。

 穴が開いている?

 こぶしほどの大きさなら、もう死んでしまっていてもおかしくはなかっただろう。でも、僕の胸の辺りにできているのは穴というのにはあまりにも平べったかった。

 ナイフか何かで刺し貫かれたような傷口がある。

 そこから流れ出る赤い液体、それが血であることをようやく理解する。

 なら僕の半身を沈めているのも。

 どうしてこうなったのだろうか?

 僕は石になってしまったかのように動かない身体の代わりに、唯一動く目をあたりに向ける。

 月の光をたよりに、辺りを観察する。

 そこに僕と同じように横たわる何かがひとつ、ふたつ……みっつほどある。

 大きいのがふたつと、小さいのがひとつだ。

 前者は両親のものだった。頑固で厳しいが、誰よりも家族のことを大切にしてくれる父親と優しさで包み込んでくれる母親。父親は四肢を断ち切られているのか、まるで倒れた達磨のような形で突っ伏しており、畳の上を血がすれたようにあるのを見る限り、芋虫のように這ったのだろうと思われる。母親は腹部を刃物か何かで滅多刺しにされており、そこに開いた大きな傷口からは細長い管のようなものが見えた。

 後者は妹のものだった。いつも僕の後ろを「おにいちゃん、おにいちゃん」とついてまわる。僕よりも片手の指の数だけ年が離れているかわいい妹。まるで糸が切れてしまい動かなくなった操り人形のように壁に背をもたれかけさせていた。その顔に浮かぶ表情は恐怖にひきつったものだった。

 一体ここで何が起きたのだろう……。

 思い出せない、何も思い出せない。

 僕は当時の僕の中からその時の光景を見ていた。

 ああ、そうか……。

 僕が僕の中からどうして昔の光景を見ているのかをようやく理解した。

 そうだ、これは……夢なんだ。

 だってこの光景はもう何年も前に見たもの。

 今この場で体験しているものではない。

 ならそろそろ戻らないと。

 夢の中の僕は目を閉じる。

 大丈夫、死ぬことはない。

 だって、死んでしまっていたら今僕は生きていないから。でも、本当に死ななかったのはよいことだったのだろうか。あの時みんなと一緒に死んでしまえたなら、どれだけ楽だったのだろうか。

僕は見た。

 見たんだ、目を閉じるその時に。僕のことを見下ろして笑っている、悪魔の姿を――



 ガタン、ゴトン――列車が揺れ動きながら走る音が聞こえる。

 僕は大きく身体を揺さぶられ、夢から覚めた。

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 ふと、左手首にある腕時計を見る。カチカチ、と規則的な音を秒針が奏でている。大小二本の針はそれぞれ十一と六を指している。

 二十二時三十分……向こうの駅を出発してからまだ三十分程度か。

 すでに終電であるためか、列車の中はがらんとしていた。

 僕以外に見られるのは数人。疲れきったサラリーマンや飲み会帰りの大学生やOLが死んだように眠っていたり、持ち込んだ飲食物を口にしていたりする。大体四両編成であるから他に何人乗っているのかは分からないが、知ったところで何がどう変わるわけでもないだろう。

 窓の外を見てみると、月が空高くに昇っており、その周りには星が無限にあるように瞬いていた。

 満月の月はまるで大きな目のようでこちらを見下ろしているかのようだ。

 古来より月の光には魔的な力が宿っているとのことであるが、それが僕の夢にも作用したためであろうか、あんなもう二度と体験したくないようなことを夢とはいえ再体験させられたのだ、気分は決してよくなく、もう一度眠る気にもなれなかった。

 今僕が向っているのは地方都市の柴咲市と呼ばれる場所だ。

 あまり詳しくは聞いていないが、これまで住んでいた場所よりは幾分田舎という言葉が当てはまるだろうとのことだった。

 小学校六年生の時に家族を失い、それから叔父、叔母夫婦にたらい流しにされるように世話になっていた。

 だが、どこも僕にとって安住の場所にはなりえなかった。

 それは僕を預かるようになってからその家族によくないことが起きるようになったからだ。

 僕が何をしたわけじゃない。

 でも、みんなは僕のことをこう呼んだ――【疫病神】と。

 とはいえ、僕は正直どうでもよかった。

だって僕が何をしたわけじゃない。何をしたわけじゃ、ない……。

 ただ僕が行く先々の家族にとって悪いことが起きるだけなのだ。

 交通事故、事業失敗、浮気の露見――さまざまなことが起きたが、それらはいずれも本人たちの不注意が原因ではないか?

 すべての責任を僕になすりつけるだなんて理不尽にもほどがある。

 しかし、人間というのは抱えきれない責任を他人に押しつけたがる存在なのだ。

 彼らがそう。そして、被害者は僕。

 たらい回しにされた挙句、とうとう向かう親類の家がなくなってしまった。

 長くて一年、短くて半年でその家を追い出されてしまった。

 転校なんてもう慣れたものだ。

 そのおかげでこの年になるまで親しい友人というものをもったためしがない。

死んでしまった家族が生きている時にはいたかもしれないが、その時の友人の顔などもう忘れてしまった。

 手紙や電話でやり取りでもしていれば、まだ覚えていたかもしれないが。

 とはいえ、友人などいてもいなくても、僕にとってはどうでもいいことだった。

 いたらいたで、何かにつけて気を遣わなければいけない。

 いなかったら寂しいと思うかもしれないが、僕の場合は読書でもしていればそんな感情とは無縁になる。二、三度転校を経験した辺りからその方法を身につけた。おかげで中学の後半ではいじめの対象にされてしまった。

 どうせまた転校するのだから、それまで我慢していればいいだけのこと。

 教師に相談することもせず、ただ他人事のように考えていた。

 もちろん、周りの生徒たちは我関せずを貫いていた。

 当然だろう。誰が自分から被害者になりたいと思う者がいるだろうか。いたらその人物はアニメの正義の味方や特撮のスーパーヒーローの影響を受けてしまった残念な頭の持ち主であろう。

 この数年間でそんな人物と会うことはなかった。

 会ったところで何があるというわけでもないが。

 木々に囲まれるようナアーチを抜け、ちらほらと街灯の明かりが見えるようになった。

 おそらくもう到着するのだろう。


『間もなく、終点柴咲駅、柴咲駅。ご利用のお客様はお忘れ物のないようにご注意ください』


 車内アナウンスでも終点であり、目的地である柴咲駅に到着することを告げている。

 僕は頭上の荷物棚から青いボストンバックを手に取って下ろす。

 手荷物はそれだけであり、大きさもそれほどない。

 必要と思われるものはすでに生活の場である寮へと送られている。

 寮費と輸送費を出してくれただけでも、最後にお世話になった夫婦には感謝しなければいけないだろう。

 僕以外に乗り込んでいた利用客たちものろのろと動き出す。

 そして、列車が柴咲駅に到着し、停止する。

 僕は数人の利用客たちとともに列車を降りる。

 すでに時間帯は夜、二十三時を少し回ったところだった。

 足を止めることなくほかの利用客たちは駅を出て行く。

 僕も肩にかけているボストンバックを一度持ち上げてから足を踏み出す。

 切符を手渡し、外に出る。

 春とはいえ、少し肌寒い気温だ。

 春用の長袖を着ている分、身を震わせることはない。

 とにかく明日から新しい学校に通うことになる。

 さすがに遅刻はまずいので、早めに寮に向かおうと思う。

 駅から十分ほどかけたところにあるという。

 手に持つが少ない分、疲れることはない。

 歩く道路には転々と立っている街灯の明かりだけが頼りだった。車が走る気配はなく、信号機は一色だけ点滅しているだけだ。

 道路を囲むようにしてシャッターを閉めた店が並んでいる。この時間帯だと、どの店が潰れているのかを判断するのは難しい。

 さらに歩を進めると、そんな商店街のようなところから抜け、住宅街へと姿を変える。そこを一直線に伸びるようにしてある道路を歩いていくと寮が見えてくる。

 小高い丘を見上げると、暗くて外装は分からないが大きな建物があるのが見えた。あれがおそらく明日から通うことになる学校、私立柴咲高等学校なのだろう。

 その丘の下に寮があるので登校には不便さはなく、遅刻もそうそうしないだろう。

 寮は学校ほどではないが大きな建物だった。

 三階建てで、外装はやや古ぼけているが一見してホテルのようにも見える。その寮からに対してどことなく西洋的古風な印象を抱く。

 窓があり、何室もの部屋があるだろうにどこにも明かりが灯っていなかった。

 この時間帯であるから、もうほとんどの寮生は眠ってしまっているのだろうか。

 ここの管理人は起きているだろうが、遅くに到着してしまったのは申しわけがない。僅かに玄関とすぐに入って見えるエントランスにある明かりが立ち止まっている僕のことを誘っているように見えた。

 数段ある石段を上り、引き戸式のようで、取っ手を引くとドアが開いた。

 ぼんやりと灯っている明かりが何か誘惑するように揺らめいている。

 エントランスは外装もそうであるがまるでホテルのように広かった。入ってからすぐ横にはカウンターと思われるものがあった。しかし、そこには寮監と思わしき人物は見当たらなかった。カウンターの上には黒電話があり、さらに、電源の入っていないパソコンが奥の方に一台設置されているだけだ。明かりが心もとないためか、全体を照らしだすことはできておらず、奥の方には食堂とカウンターが見えるがさらに向こうを見ようにも吸い込まれそうな暗闇があるだけだった。

 かちゃん、と何か食器のぶつかる音が聞こえた。

 視線をその音のした方、つまり、カウンターの反対側へと向ける。

 すると、そこには二人の人物の姿があった。二人はそこにあるテーブルの上にティーセットを置き、優雅にくつろいでいた。

 ひとりは制服姿でテーブルを取り囲むようにしてあるソファーのひとつに座っており、もうひとりはなぜかメイド服でまるで役割を待つロボットのように直立不動していた。二人とも少女だった。

 いつのまにそこにいたのだろう――そう思うほど彼女たちの存在感は薄かった。それに彼女たちは一切僕の方に視線を向けようとはしない。まるで僕が彼女たちに対してそうしたように、彼女たちも僕の存在に気付いていないようだった。

 玄関のドアを開いた時に音が鳴ったはずなのだから気付かないというのはありえないと思うのだが。

 そう思いつつ二人の人物を注意深く見てみる。

 少女の着ている女子用の制服は、おそらく明日から通うことになっている柴咲高等学校の指定制服だろう。グレーのスカートに白いワイシャツ、クリーム色のブレザーをその上に着ている。首もとにあるリボンの色は赤色で、自分がしていくネクタイと同じ色であることから彼女も二年生なのだろう確信する。腰まである長い髪は滑らかで黒曜石のような黒色をしている。切り目の瞳は意志の強そうな印象を持たせる。顔立ちもよく、身体つきも同年代の平均よりもよい方ではないか。香りある紅茶を飲みながら手元の書物に視線を落としている。あまりじろじろ見ていたからか、彼女がとうとうこちらに視線を向けてきた。

 じろり、と一瞥しただけですぐに緯線は書物に落ちる。だが、それだけで何を見ているのだと非難された気分だ。


「申し訳ありません、天音奏也さまでいらっしゃいますか?」

「っ!? はい、そうですけど……」


 突然声がかかる。戸惑いを表情に浮かべながら、思わず一歩下がってしまう。そこでようやく近くに誰かがいるのに気付いた。さきほどまでくつろいでいる少女のそばに従者のように控えていたメイド服の少女が数十センチの距離が開いただけのところに立ち、僕のことを見上げるようにしてきた。

 僕はというと、彼女のメイド服という普段見慣れない異文化を目の当たりにして面食らってしまいうまく口から言葉が出てこない。態度がしどろもどろになっている僕を落ち着かせようとしてくれたのか、彼女は赤い唇を開いた。


「わたくし、この寮で働かせていただいております。マリア=ルーフェウスと申します」


 従者の鏡のように丁寧な挨拶とお辞儀をしてきた。

 ここで働いているというが、そのメイド服が仕事服なのだろうか。


「ご到着が遅れておりましたのでご心配しておりました。もしや、道に迷っていらっしゃるのではないかと思っていました」

「すいません」

「いえ。しかし、次はご連絡を入れていただけると助かります」

「はい、次は気をつけます」


 彼女の喋りからは怒っている印象は感じない。

 淡々と自分の役割を果たしているようだ。

 メイド服の少女、マリア=ルーフェウス。くつろいでいる少女と同じく黒髪であるが黒曜石というよりも黒絹のようだった。耳が隠れるかどうかというくらいのショートカットで、頭頂部にはメイドキャップをかぶっている。黒を基調とした服装に、対照的な白いエプロン。肌は白く、まるで陶磁器のようで、陽の光を浴びたことのないような感じだった。瞳は西洋人からなのか日本人らしい黒ではなく赤だった。真っ赤な血のような色だった。なまじ列車の中で過去を夢で見たために思い出してしまう。


「奏也さまのお荷物はすでにお部屋に運ばれております。お部屋は三階の一番奥です。それとこちらが部屋の鍵となっております」

「ありがとう」


 マリアがエプロンのポケットから取り出した鍵を手渡してくる。それを受け取り、部屋の番号を確認する。


「今は静かで、ふたりしかいないけど、他の寮生はどうしたの?」

「こちらに住まわれている方は朝倉裕子さまと奏也さまの御二方のみとなっております」

「えっ……!?」


 マリアの口から聞かされた言葉に唖然とする。表情にもそれが表れているのが分かる。

 冗談なのでは――そう思い、ちらりと朝倉裕子という名の少女に視線を向ける。だが、彼女は我関せずを決め込んでおり、こちらを一瞥することすらしない。否定するようなことも言わないため、マリアの言うことは正しいのかもしれない。

 だが、もしそうだとしてもこれだけ大きな寮なのだ、ひとつやふたつの空き部屋が会ってもおかしくはないが、利用しているのが自分と彼女のふたりだけというのはあまりにも非現実的ではないか。

 戸惑いを隠せないが、彼女はそれ以上言及してこない。何も間違ったことは言っていないと、瞬きせずに向けてくる視線がそう語っているようだった。

 とはいえ、どうすることもできないことを気にしていても仕方がない。何かしら理由があるのだろうと自己完結させる。

 するとそれまで静かであった裕子が書物をぱたん、とたたんで立ち上がる。

 それをテーブルの上に置くと、ソファーに投げておいた黒いコートを手にして羽織る。


「それじゃあ、マリア。あたしは少し歩いてくるから」

「分かりました。行ってらっしゃいませ」


 カツカツと玄関のドアの前にいる僕たちのそばに来て、その旨をマリアに言う。

 時間帯は深夜に近いが、マリアは表情を変えることなく、とがめることもなく見送るだけだった。

 彼女が横を通る時、ちらりと僕のことを一瞥した。

 しかし、何を言ってくるわけでもなくすぐにドアを引いて、やや肌寒い夜の外へと出て行った。

 ばたん、と彼女と僕たちとを隔てるようにドアが閉まる。


「それでは奏也さま。今日はいかがしますか?」

「ええっと……とりあえず、今日は休もうかな」


 マリアは相変わらず機械的に尋ねてくる。

 一瞬間を置いてから僕は休むことを伝える。

 予想以上に移動に時間がかかってしまい、思った以上に疲れてしまっていたようだ。

 ボストンバックをかけていた肩が少し痛む。

 マリアはただ一言、分かりましたと言う。


「朝食は和風と洋風……どちらになさいますか?」


 まるでホテルでのやり取りみたいだ。

 これまで朝食はご飯に味噌汁、おかずと和風で過してきたので今更洋風にシフトチェンジする気はなかった。

 そのことを伝えると、了解しましたと無機質な声色で言った。

 僕はマリアから、おやすみなさいませと見送られながら階段を上がり、三階へと向う。

 広い建物であるが、埃ひとつ落ちていないほど清潔感に溢れており、土足で歩き回るのがためらわれるほどだった。

 部屋は左右にみっつずつあり、マリアに言われた通り、手渡された鍵は右奥の部屋が僕の部屋だった。部屋はこれといって特徴的なものはなく、入ってすぐ正面にベッドがあり、左手には鏡付の洗面台、勉強机があり、床にはいくつかの大小さまざまなダンボールがあった。右手にはクローゼットがある。これまで利用された面影はなく、ひどく殺風景だった。

 とりあえず、肩からかけてあったボストンバックを床に下ろす。

 着ている私服から就寝時に着るジャージへと着替える。

 確かこのダンボールに入れておいたはず――僕はダンボールのひとつのふたを開け、そこから目覚まし時計を取り出した。起きる時刻をセットし、枕元に置いた。

 時計の針はすでに深夜をとうに回った時刻を指しており、日付が変わってしまっていた。

 外に出て行った彼女はどこを散歩しているのだろう。ふとそんなことを考えつつ、僕は布団に入る。羽毛のような布団に包まれると、どっと疲れが波のように押し寄せてくるのを感じた。疲れが眠りを誘い、まぶたが重くなる。

 たった三人だけの寮生活。違和感のあるものであるが、少しずつ慣れていくだろうと楽観視しながら僕は目を閉じた。

 意識は深い、深い闇の中へと落ちていった――

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