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文学部石川助教授の静かな日々

クマさんとフジコちゃんの甘い囁き 文学部石川助教授シリーズ番外編

作者: 桐原草

 「なあ、ええ加減に機嫌直してえな。」

 そういって男はさりげなく女の肩に手を回そうとするが、その手は女によってすげなくふり払われる。

 「甘いわよ、何考えてるのよ! こんなところに連れてきて。」

女はすぐにでもドアノブに手を掛けそうな勢いで、ドアの前に仁王立ちになり部屋の中を見渡す。


 ここはとある部屋。

とても大きなベッド一台があるだけの部屋であるが、そのベッドは丸い形をしており、ベッドカバーは目が痛くなるほど派手な白黒のチェス盤のような模様をしている。

壁紙はこれまた派手なショッキングピンクをしており、ハート模様が散らばっている。


 「なんなのよ、この部屋は。ここでチェスでもしろっていうの! 僕はナイトでキミはビショップだ、とか言うわけ?」

 「アンタが乗ってくれるんやったらそれでもええけどな。」

男は、吠え立てる女に慣れた様子でかわすが、女のほうは真っ赤になって「ばかー、エロおやじー、これだからもうー!」と騒ぎまくっている。


 「ま、音楽でも聴いて機嫌直しぃな。」

男はベッドサイドボードにあるスイッチを軽くひねった。そのとたん甘ったるいムード歌謡と呼ばれる音楽が大音量で流れだし、男はあわててボリュームを絞る。

 「そんなの消しなさいよ!」

女は怒り心頭のご様子だったので、男はその言葉に潔く従った。


 「大体、こういうところで済まそうっていう根性がいけないのよ!」

 「たまにはおもしろいかも、って言うてたんアンタやんか。」

 「そ、それはそうだけど! でも、もういいわ! でましょう!」

女はドアノブに手を掛けるが、男は気にせず言い募る。

 「みてみ、これおもしろいで。こんなレンタルあるみたいやで。」

そういって男が差し出した紙にはナース服、制服などの写真がずらりと並んでいる。

 「アンタの看護婦さんもええけど、ま、チャイナドレスなんかどうや?」

カメラ持ってきたほうがよかったかな、などという男に冷たい一瞥を投げて、女は部屋を出ようとする。


 「まあ待ちいな。話でもしようや。」

男のその言葉に、女はしぶしぶ派手なベッドカバーの上にいる男の隣に座る。


 「そんなにいつも怒ってたら血管キレるで。もっとこっちおいでぇな。」

 「余計なお世話よ! 話ってなんなのよ!」

 「おお、こわ。こら、結婚したら尻に敷かれるな。」

 「亭主関白なんか許さないわよ! って、だれが結婚するって言ったのよ!」

 「え? 帰ったら裸エプロンで三つ指ついて迎えてくれるんちゃうの? 『ご主人様お帰りなさい。ご飯にしますか、お風呂にしますか』っていっぺん言うて欲しいなあ。」

 「ばっ、何言ってんのよ。そんなことするわけないでしょ。大体アタシに家事は無理よっ!」

 「そんなこといわんと。そんなら結婚するだけでもええけどな。」

そやけど、男のロマンやしなあ、いっぺんくらいええんちゃうかいな、となおも言い募る男の矛先を変えようと、女は出口とは違うドアを指さす。

 「あっちは何かしら?」


 いってみよか、と立ち上がる男についていくとそこは、またしてもど派手なピンクに染められた大きなバスタブであった。

 「な、なんなのよ、ここは!」

女はもう涙目である。男はさほど感動してない声で、こらまたすごいなあ、こんなとこに入ったら体腫れてきそうやな、などと呟いている。

 「ま、アンタと一緒やったら入ってもエエけどなあ。」

 「お断りよっ!」


男はあきれたように言う。

 「アンタ、ほんまムードないなあ。今までこんなんなかったんかいな。」

 「あたりまえよ。アタシのためにロイヤルスイートルームとってくれた人だっていたんだから。」

 「それ、あのロレックスか?」

 「ア、アレはそんなに気前良くなかったわよ。アルファロメオの男よ。」

ちょっと口ごもりながら女は打ち明ける。


 「ああ、あのアルファくんか。あいつそんなことしとったんかいな。」

男は今度は感心したように言う。

 「そうよ、ロイヤルスイートなんてアンタ入ったこともないでしょう。素敵よ。ミニキッチンがあったり、バストイレなんて2か所もついてるんだから。大きいほうのバスタブにはバラの花びらがいっぱいいれてあってね。」

うっとりしながら思い出している女を見ながら、男は感に堪えない表情で言う。

 「あのアルファくんが金色の指輪の一杯ついた手で、バラの花びら一枚一枚怨念こめてひきちぎっとったんやなぁ。感激やなあ。」


 「もう! アンタはどうしてそうなのよ! ロマンチックじゃないんだから!」

 「アンタかてそう思ったやろ、お風呂みたときに。」

しれっとした顔で男は言う。

 「そりゃ、ちょっとは考えたけど・・・」

 「せやろ、アンタ、そのお風呂、入られへんかったんとちゃうんか?」

 「・・・」


黙ってしまった女を慰めるように、男はぽんぽんと女の肩をたたく。

 「ま、そこがアンタのエエとこやねんけどな。」


 おとなしくなった女の肩を抱きながら、男は部屋に戻る。

 「このスイッチはなんなんやろ?」

男がスイッチを押した瞬間、部屋の照明がミラーボールに変わり、部屋中がきらきらとまわりだす。

 「もう、こんなのイヤ。」

あきらめきった口調でつぶやく女の頭をなでなでしながら、「ま、嫌い嫌いも好きのうちっちゅうてな」とつぶやくと、男はすべての照明を消して、ささやいた。


 「あきらめてこっちにおいで。」

その声が柔らかいバリトンで耳に響いたので女は涙声になる。

 「その声で言わないでって言ったのに。」


くすっと男が笑って、それから真っ暗な部屋は静けさをとりもどした。

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