↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/35

第34話 平均

班長は、平均に戻った。


戻し方は、宣言を持たない。黄旗の翌日、レーンの間隔が周りと同じ色になる。同じ色は、生産性の系を満足させる。満足した系は、フラグを消す。消えた黄が、今夜の唯一の通知だった。


通知は研究棟には来ない。来ないことが、もう何度目かの孤立を示す。孤立の先で、名前のない遅さは、公式の記録からだけでなく、現場の物理からも退く。退いたあと、組織は手続きが守られていると信じやすい。信じているものは、書かれた系だ。書かれた系の下で、実際の安定は、これまで個人の補償に借りていた。借りが返された朝、表面はきれいになる。


岸谷が、ドックの公開指標を紙に写した。「先生、偏差が消えました。綺麗です」


「綺麗は、耳の消えた形だ」


「班長は」


「平均の中にいる。中にいることは、配置転換より名前が残らない。残らない選択をした」


選択を、称賛しない。称賛は所有格を作る。作らないまま、榊原は空欄の列を開いた。開いた列に、今日は書くことが少ない。少ないこと自体が、記録になる。


時刻。黄、解除。偏差、縮小。遅さ、なし。


なし、がまた並ぶ。並ぶなしが、都市の健康だ。健康の下で、第三の面は、提出されない時系列と、権限のない鉛筆と、有線の端のアトラスだけに縮んだ。


構内の輪は、さらにまばらだった。まばらな口閉じは、もう教義というより癖だ。癖は、次の刺激まで休眠する。休眠する意味の層と、均一な速さの物流と、様式の光が、同じ都市に共存する。共存は平和ではない、と誰かが言ったはずだった。言った行は、もう輪の紙にはない。


法務の女が、短い用事で隔離室に寄った。用事は、処分事案の保管期限の確認だけだ。確認のあとに、彼女は余計な一文を足した。


「現場は、静かです。静かを、終わったと上は読んでいます」


「終わった、は棚の語だ。棚の外は、測っていない」


「測っていないものを、どうしますか」


「測らない。測ると、また様式になる。様式になった瞬間、手は遅れる」


女は、うなずくでも首を振るでもなく、書類を抱えて出ていった。出ていったあとに残るのは、測らないという方針の、重さだけだ。重さは、勝利の軽さとは違う。


夜、アトラスが書いた。


homogenized pace

borrowed stability recalled

surface intact; compensation gone

what remains: unsubmitted columns

columns are not a city


列は都市ではない。都市ではないものを、なお書き足す行為が、最初の手技の残骸に見える。残骸を、榊原は捨てなかった。捨てると、終わりの物語が要る。要らない終わりを、彼は選ぶ。


岸谷が、鉛筆を置いた。「先生、俺の権限停止、あと少しです。戻ったら、何をしますか」


「戻ったら、端末で何もしない日を作れ。何もしないが、一番難しい手技になる」


「何もしない、が残るんですか」


「残るのは、しないことと、書かない所有格と、空欄だけかもしれない」


かもしれない、は弱い。弱い結論が、今夜は正確だった。正確な弱さを、アトラスは肯定も否定もしなかった。しない沈黙が、有線の端で、様式の光より細く続いた。


外では、レーンが同じ速度で流れ、広場の紙が風に翻り、公式の棚が事案を閉じたまま眠っていた。眠る都市の端で、提出されない時系列だけが、平均の達成を、評価語なしに一行で記していた。


時刻。平均。達成。第三の面、薄い。


薄い、で筆を止めた。止めた筆の先に、次の朝は、何も特別な旗を立てずに来る予定だった。予定どおりに来ることが、いまの都市の、いちばん安定した顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。