第8話 イライラするなぁ〜
「奥さん?アランの?…」
…そうだ…
「出向いてやったって…?」
…ああ。地下施設で待つ佐和子に、友美さん、君を会わせたかったんだ…
「さっき、あなたが言ってたこの人が……って、佐和子さんも、つまり、その.…霊ってこと……だよね?」
…アラン、友美さん、話は後よ。まずはコイツを片付ける…
「ほう?私を片付けるだと?」
伽耶が足を肩幅に開き腰をかがめ、正拳の構えをとる。
「ちょっ、ちょっと待って!…片付けるって佐和子さん…あなた、アランの奥さんなんですよね?…ってことはー」
…ええ、香織は確かに私の娘…でもね…友美さん…
佐和子の姿が、みるみるうちに輪郭を現していく。それはアランの人魂よりもはるかに緻密なディテールで実体化し、あっという間に私の前に現れた。
もはやそれは霊魂ではなく、どう見ても実際にそこに存在する人間の姿であった。
「もう違うのよ」
そう言うと、佐和子はどこか悲痛な面持ちを見せた。
「ふん!!!!」
伽耶がまたしても一瞬で間を縮めた。今度の狙いは佐和子だ。
だが佐和子は、これに対し体を半身(斜め)に構えていた為、伽耶からの打撃を即座に受け流しつつ、逆に彼女の懐へ鋭く踏み込んだ。
「なっ!!」
伽耶が面食らったのも束の間、すかさず佐和子の裏拳が思いっきり彼女の肩越しにヒットする。
「ちいぃぃーっ!!」
伽耶はカウンターを取られた格好になり、そのまま後方へ押し戻された。
「貴様、なんだそれは?柔術か?」
「ほう?よく分かったな。これは、会津藩に伝わる『当身』の理合だ」
佐和子はそう言うと、さっきと同じ姿勢を取った。
…半身の構えだ…
「えっ?…アラン、なんて?」
…半身の構え…この構えは、この地、寒村に古くから伝わる古典柔術だよ…私の妻、佐和子の強さの秘密はシャーマン本来の能力を柔術に昇華できることだ…
「凄い…。ん?ちょっとアラン、今なんて言った?寒村だって!!」
…そうだ。友美さん、君は今、寒村の奥にある私の屋敷にいる。君は飛ばされたんだ。昭和ロードにある洋館から…
「飛ばされた……?ってなに言ってるの?」
「アラン!その話も後よ!!まずは、この失敗作を完全に停止させる!!」
「あのさぁ〜、さっきから何なんだよ…イライラするなぁ〜。人の事、失敗作失敗作ってよぉー!!貴様らも奴と一緒で私を愚弄するかぁぁぁっ!!!!」
「奴だと?なるほど、他にも馬鹿にされた事があるか?…よし!当ててやろう。そいつは銀次だ!そうだろう?奴の性格はよく知ってる。…全く、お前は失敗作のくせしてプライドだけは一人前だな」
「まただっ!!貴様っ!!また言いやがったなあぁぁぁーっ!!」
伽耶が怒り心頭に佐和子に突っ込んで行った。
「馬鹿の一つ覚えみたいに、また突進してきたか。分からなかったのか?さっきは、わざと下顎を避けてやったんだぞ」
「ケッ!!恩着せがましく言うなよ。急所を外したのは、この身体が生村伽耶のものだからだろうがよぉぉー!!こいつに何かあったら困るもんなぁーっ!!」
伽耶は、何度も何度も佐和子に憎悪をむき出しにした攻撃を仕掛けてくる。だが、ことごとくカウンターで返されいく。
「チッ!!おい貴様!!佐和子って言ったか?哀れな奴だな。この伽耶の身体が傷付くのがそんなに嫌か?手加減していると足元を掬すくわれるぞ?全く、いつまで人を馬鹿にすれば気がすみやがる。ムカつく野郎だぜっ!!」
「伽耶…ちゃん…」
悲痛な気持ちになった。
苛立ち罵倒を繰り返す伽耶。それが、香織の支配下にある姿だとは分かっていても、胸の奥底を掻き乱されて、なんとも胸くそ悪かった。
あの人懐っこかった可愛いい後輩の、その同じ口から、まるで同一人物かと到底思えない下劣な罵言はげんの数々。
(アランの言う通り、あれは、もう伽耶じゃないのか…)
私の心の動揺を察知したのか、アランがアシストしてくれた。
…友美さん、諦めないで。ひょっとしたら、まだ可能性があるかもしれない。佐和子もその事に気づいている…
「…どういうことよ」
…ハイブリッド生命体。いわゆる生身の人間と霊魂の半永久的な同化。そしてお互いの長所が高次元で同化している状態を完全なる成功作とするなら、全てにおいてその真逆が失敗作となる…
「だから、それがどうして今の伽耶ちゃんが失敗作って分かるのよ?」
…簡単だよ。同化の失敗作とは何かを、過去のデータが証明してくれている。一度は同化したかに見えた二人の人格がさらに暴走し、挙げ句の果てに消滅して全く別の人格が形成されてしまうことがある…
「…それって、つまり…」
…そうだ。それがはっきり分かるのが、伽耶さんから友美さんの記憶が、香織から私達の記憶が失われるという現象…つまり元の二人とは全く異なる人格が誕生するってことを指すんだ…
「でも伽耶ちゃんは、私を狙っているのよ!わたしのことは分かってるんじゃないの!!」
…君を狙っているのは、おそらく銀次だろう…伽耶さんは操られているに過ぎない…
『榊の末裔も、とうとうお前一人となった。覚悟しておけよ…』
咄嗟に銀次に言われたセリフを思い出す。
私は、今までなぜ伽耶が香織に取り憑かれたのか、なぜ私は香織に狙われなくてはいけないのか、その明確な理由が分からず、ただただ、目の前で起こる異常現象を消化していく事に必死だった。だが、今は…
「銀次…だって?」
…おそらく、そうだ。奴のさしがね…そしてすでに融合が始まっている…
「伽耶ちゃん…」
(ひょっとして、わたしは自分が思っている以上にまわりの人たちを、巻き込んでいるのかもしれない。もし、そうだとしたら…)
私の思考を、アランの呼び掛けが遮断した。
…友美さん、ここからが最も重要な事だが、ほとんどの『生まれ変わった自我』は肉体に適応されずにすぐ死んでしまうのだが、それとは真逆に適応し過ぎて『ハイブリッド生命体』をも超える存在になってしまう可能性も、ごくわずかだが、あるってことなんだ…
「なにそれ!!本家を超えるかも…ってこと?」
…そうだ。だが、その可能性は限りなくゼロに近い…
「それにしても二人共、さっきから全然動いてないよ」
アランは伽耶と戦っている佐和子さんの方を見た。
…やはり、佐和子は狙っている。生まれ変わったその自我が、二人の魂を消滅する前にケリをつけるつもりだ…
アランの日記を握りしめる手に、思わず力がこもった。
(二人の魂が消滅する前に……。私に、私にできることは何かないのか……?)




