第29話 大成の母親
「入れ」
「失礼します」
アランが書斎に入っていく。私も後を追おうと意識した瞬間に、場面がいきなり変わった。
目の前は薄暗い部屋の中。アランが私に背を向けて立っている。さらに、その先、重厚な革張りのアームチェアに、威圧的な人影が確認できた。
(あれは…リチャード!!)
「どうだ、アラン。こちらに来て10日ほど経つが、日本での生活は慣れたか?」
「そうですね。慣れたというよりは、屋敷の中でいることがほとんどなので、祖国にいる時とあまり変わらないですね」
「そうか。お前を呼んだのは他でもない。早速だが、私の仕事を手伝って欲しいのだよ」
「はい、父上。もちろんです。僕は何をすれば良いのでしょうか?」
「ついてきてくれ。こっちだ」
リチャードが本棚の前に立った。三冊続く鷹の絵の背表紙の本を抜き取り、例のギミックを稼働させる。回転ドアの原理で隠し通路が現れた。
「わぁーっ、凄い」
「アラン、この本棚が回転することは、我々二人だけの秘密だ。いいな?」
「はい!!」
アランの目が輝いていた。それはきっと、本棚のギミックの秘密基地的要素と、父親との秘密の共有に、この年代独特の男児の好奇心が刺激されたからだろう。
ただ、この先に待っている出来事を予測できるため私の心はざわついた。
そして、二人が隠し通路に吸い込まれると同時に、また場面が変わった。今度は地下施設のあの『休憩所』の前だ。その左側には、いくつかの間仕切り壁で仕切られた部屋が見える。
「屋敷の地下にこんな広い空間があるなんて…。父上、ここで、一体何をするんですか?」
「アラン、いくつになった?」
「…あっ、はい。11歳になりました」
「いい時期だ」
「えっ?それは、どういう意味ですか?」
アランが、そう問いかけるや否や、間仕切り壁で仕切られた、一番端の部屋から、ひとりの少女が白衣を着た研究員らしき女性と一緒に出てきた。
「アラン、紹介しよう。この少女の名はチヨ。数日前から私の仕事を手伝ってもらっている」
(この子、もしかして…)
私は以前、聖也のアーカイブから得ていた情報と照らし合わせた。そして、少女の出てきた部屋のプレートに目を向ける。そこには【被験者No. 1】と刻まれていた。
(間違いない。この子、大成の母親だ)
突然、モニターに映る画像がバグったみたいに視界が乱れた。耳の奥底で不快な電子音が響いたかと思うと、次の瞬間、まったく違う映像が目の前に広がった。
今度は屋敷の外だ。常に私の前には、アランの後ろ姿がある。目の前には木々の生い茂った山道がはるか先まで伸びている。そして、彼の視線の先にはチヨがいた。彼女はこちらに背を向けて佇んでいた。
「ねぇ、君。チヨだろ。こんなところで何やってるの?」
チヨが振り向く。しかし不思議そうに首を傾げると、黙ってアランの顔を見ているだけだった。それを察したのか、アランが名乗った。
「僕だよ。アランだ。昨日、地下室で会っただろ?」
すると彼女は、思いがけないことを言った。
「ねぇ?私はあなたの恋人なんでしょ?」
「えっ!」
(えっ!) …なにそれ…?
「私、シャーマンなの。知ってる?シャーマンって…」
「い、いや。知らないけど…」
「あなたのお父さんに売られたのよ…私。実の両親から。でもね、それが誇らしいの。私の家、貧しいから、これで、家族が幸せに暮らせるんだったら本望なの」
「…いったい、何をいってるんだ。君は…」
再度、視界に広がる景色がノイズによってかき消された。次に現れた場所は、あの【被験者No. 1】のプレートが掲げられた部屋だ。
アランはリチャードに呼ばれて、地下施設のチヨのその部屋に向かっていた。先ほどとは違って彼の身長が伸びている事に気付く。
その時である。
「ぎやぁぁぁーっ!!」
女性の叫び声が、辺りに響いた。その声を聞くや否やアランは、咄嗟に走り出していた。私もアランの後を追っている。
「チヨ!!」
ドアを開け、アランが部屋に入った。そこには、ファクトリー・チェアに座らされ、両足は椅子に、両手は後ろ手に縛られているチヨがいた。さらに彼女はミイラのごとく、全身に苧麻製の布を何重にも巻き付けられている。
彼女の傍には、あの白衣姿の女性がいた。なにやらデータなどを記録しているようだった。
(なんだ、これは…異常だぞ。いったいリチャードは何をやってるんだ…)
「チヨ!!大丈夫か?今、助けてやる!!」
「待て!アラン」
私の背後で声がした。リチャードである。彼は私の身体をすり抜けてアランの目の前に立った。
「なにしてる?」
「それはこっちが聞きたいです。父上!彼女に…チヨになにをしてるんですか?」
「いっただろう。彼女には、私の仕事を手伝ってもらっているんだ。だが、アラン。お前には失望した。この五年間、何度もトランス状態にしたが、未だ成果を出せないとはな…」
(ちょっと…もうアランまで実験台として試したってこと?…って、えっ?五年?今、五年っていった!?)
「だが、別の方法を思いついた。アラン、今度こそ、私の期待に応えてくれよ。我が被験体としてな」
そう言うと、リチャードは研究員の女性に目配せをした。すると、彼女はアランの後ろから、手のひらに何やら薬品を染み込ませた布を持ち、彼の口と鼻を塞いだ。
(あっ!アラン!!)
私は思わずアランを庇おうと近づいたが、その行為自体、意味がないことも分かっていた。
また場面が変わった。次は地下施設の、あの『休憩所』である。私の前には、木製のベンチに横並びに座るアランとチヨの後ろ姿が確認できる。二人の前には、長机を挟んで、数人の大人の男が座っていた。
(アラン達の前に座っている人達は誰だろ?)
その中のひとりが口を開く。
「やあ、ご両人。こんなところでお忍びデートかい?」
「もう、そんなんじゃないですよ。父上の命を受け、今日からあなた達の支給係兼、ここの管理人をやらせてもらってるんです」
(支給係?つまり出納係ってことか。…ってことは、この人達は、この地下室で働いているのだろうか?)
「ヘェ〜、そうなのかい。それは大変だねぇ」
「そんなことないですよ。チヨも手伝ってくれますから」
アランのセリフに頬を染めるチヨ…。
(あれ?なんか、二人の雰囲気がさっきと違うぞ)
さらにもう一人の男が尋ねる。
「いやぁ〜、お熱いね。 でも、チヨちゃん、身体は大丈夫かい?お腹の子、もう三カ月目だろ?」
(はっ?ちょ…ちょっと待って!!)
「はい。大丈夫です。アランがサポートしてくれてますから」
(…なんで!この間の展開から、なんで、いきなりそうなるのよ。あっ!…まさかあの時、この二人はリチャードに洗脳されている?)
「でも、これからが大変だな。この村、閉鎖的だからな。産まれてくる赤ん坊は、混血ってことだろ?素直に受け入れてくれるかどうか…」
「任せて下さい!僕が全力でチヨを守ります!」
(…ん?ちょっと待てよ。つまり、大成ってアランの子なの?…ってことは…えっ!えーっ!!)
その時、初めてアランが私の曾祖父だったってことを知った。




