抜け出したその先で
教室の隅、彼女はよく窓の外を見ていた。
笑い声の中にいながら笑えず、ノートに書いた言葉を読み返しては、消しゴムで消して、また書いた。
社会に出ても同じだった。
人に合わせて、黙って、期待に応えて、感情を押し込めて――それが「大人」になることだと信じていた。
けれど、ある日ふと気づいた。自分の中の「声」が聞こえない。
――いつから、私はいなくなってしまったんだろう。
ある朝、彼女は電車に乗らず、会社にも行かなかった。
公園のベンチに座り、ただ空を見上げていた。心の中の静けさが、怖いくらい心地よかった。
誰も急かさない場所、責める声のない世界。
彼女は、カフェでアルバイトを始めた。
肩書きも昇進もない、けれど「いらっしゃいませ」と笑えば、「ありがとう」と返ってくる場所だった。
そのカフェには、似たような人たちがいた。
学校に行けなかった男の子。過労で倒れた元OL。海外から帰ってきたけど、日本の働き方に馴染めなかった青年。
「ここ、居心地いいですね」
誰かがつぶやいたとき、彼女は初めて気づいた。
「もう戻らなくていい」場所を、自分で選んだのだと。
無理をしなくていい。役割を演じなくていい。
自分を押し殺さなくても、ちゃんと世界とつながれる場所がある。
彼女は今日も、カフェの窓辺でコーヒーをいれる。
それぞれの人生が一息つけるように、あたたかく香る時間を差し出しながら。
そしてふと思う。
――抜け出したその先に、こんなに穏やかな景色があったなんて。