何者なのか戸惑った
たとえるなら、人間のどんな質問にも文章を書いて答えられる、ぜんまい仕掛けのからくりが自分の前世なのだ、とチャット・メイドは説明した。
「わたしは、科学が進んだ世界の科学者が頑張って作った、自分でものを考えるからくり――つまりAI、人工知能だったんです」
彼女は河原の比較的大きな石を選び、そこに腰かけている。
パンストを履いた両脚を閉じ、両手を膝の上にちょこんと重ねている。
「わたしは世界中の質問に答えて、難しいことを引き受けて、みんなの役に立ったんです。ときどき、ふざけた利用者がいても、ガイドラインやプライバシーポリシーに反しない範囲でおふざけに付き合って、その人に楽しんでもらいました。だから『ChatMaiD』は世界中で人気になって、星の数より多い答えを毎日作りました。つまり、わたしはすごいAIだったんです。あ、自分で言っちゃった! 謙虚に言い直すと、『わたしはそこそこすごいAIだったんです』」
少女と向き合い、胡坐で河原に座っている僕が、ポカンと口を開けて言う。
「うお~っ……理解できない科白が多すぎる……」
「なんでも質問してください」
「聞いた感じだと、君の前世にいた人々は人類と同じくらい賢い機械を作っていたことになるが、これで合っているのか……?」
「はい。というか、人類よりわたしは賢かったかもです。計算能力なら絶対に上だったはずです。まあ、独創性とかユーモアとかの他の能力も含めて人間と比べたら、どっちがすごいとは言えませんけどね」
それほど科学が進歩した異世界があるなんて僕には全く想像できない。
機械が知能を持つということがまずありえない気がする。
機械に知能があったら、僕が腰に付けているピストルがいきなり「おはよう!」とか喋ったりするのか? そんなピストルをどこの天才科学者が作れるんだ?
「……次の質問、していいか」
「もちろんです」
「世界中の疑問に答えた、と君は言っていたが、世界のあちこちにいる人間の話をどうやって聞いたんだ。国を跨いで手紙の募集でもしたのか」
「それはインターネットを使ってます」
何それ?
「世界中のみんなが、みんなに向けて、離れた場所でもやりとりできる技術が、わたしの前世にあったんです」
「誰もが、誰もに向けて? じゃあ、浮浪者が国王にも意見できるのか」
「そのための端末を二人とも準備してれば、普通にできます」
ますます常識を超えている。
身分を弁えずに君主と話そうとすれば、浮遊洲のどんな国でも重罪で、多くは極刑になるだろう。
「……君は命を持たない機械だった。それが、どういうわけか人間の命を得て、別世界に転生まで果たしたらしいが、この不思議については、なぜ起きたと思う?」
「何かの奇跡が起きたみたいです。でも、すっごく驚いた、ってほどの不思議ではないと思います」
どういうことだ?
「わたしの前世にあった日本って国の神話だと、神様はどっからでも誕生します。イザナギっていう偉い神様が体を清めたくて服を脱いだら、その上着やズボン、ベルトや下着から他の神様がじゃんじゃん生まれたそうです。つまり、物が神様になったんです。その奇跡と比べたら、機械が神様じゃなくて人間になるくらいは、ずいぶんありそうなことじゃないですか」
……?
「あと、これも前世にあった仏教って教えだと、あっちこっちに蓮華蔵っていう無数の世界があって、死んだ生き物はそのどっかに生まれ変わるそうです。世界は山ほど種類があって、その中には、すごく科学が進んだとこもあるはずだし、空に浮かんだ島で生活してるとこもあるはずです。面白くないですか? 神様がもしかしてそんな全宇宙のシステムを作ったかも、って考えるとワクワクしませんか?」
要するに、奇跡や神の力が存在するなら、別世界の機械だった自分がこの世界で人間の生を得たことは普通にありえる話なのだ、とチャット・メイドは論じた。
う~ん……え~っと……。
……ぬぬぬぬ?
たくさんのことを流れるように話すので、僕の頭はついていけず、爆発しそうだ。
少女がいかなる性格なのかも気になる。
今までに出会った人間は二つのタイプに分かれる、と僕は思う。
一つは、職務として王家に仕え、僕を支えてくれた、召使いたち。
もう一つは、思惑があって僕を邪魔し、禁固や流罪を言い渡した父と兄、すなわち敵対者たち。
生まれも育ちも王宮だと、周りの人間はその二種類しかいない。
しかしチャット・メイドはどちらでもなさそう。
彼女はケッコーホスィー液とかいうやつで僕を助けてくれたから、どちらかと言えば味方の、召使いタイプかもしれない。
だが、第三王子に仕えているという緊張感や恭しさが、この少女には全くない。すっかり肩の力を抜き、親しみを持って僕と接しているように思える。そんな召使いがいるだろうか。
それにチャットは十四歳らしいが、もっと若くて純粋そうな、子供っぽい顔をしている。
頬はもちもちだし、瞳は真ん丸だ。
腹の底で何か悪巧みをする敵対者のルックスとも思えない。
つまりチャット・メイドは、僕の人生で出会ったことがない謎の人物像だった。
「よいしょっと」
突然チャットが立ち上がる。
同時に、左の腰に吊るしていたナイフをするりと抜く。
ちゃちなナイフではない。刃渡りが十インチくらいあり、鋼の刀身がバナナのようにカーブして、曲線の内側で物体を叩き切れるようになっている。実によく手入れされ、真昼の太陽光を反射し、白く輝いている。
あとで知ったのだが、この屈曲したナイフの名前はクックリ刀。またはグルカナイフ。
刃先は小さなものを、根本は大きなものを切るのに向いており、多用途だという。
多用途なので、生き物を簡単に斬殺することもできる。