自然はヤバい 怖かった
それからのことを少し語ろうと思う。
僕らはその日の太陽が高いうちに「邪哭龍の水飲み場」スラー橋のところまで戻った。
魔獣を倒した今となってはそこが野営地として安全で、旅の態勢を整えるために最も適していた。
火を起こし、川の水を沸かし、寝床を作り、魚を干物にした。
チャットと続けてきたいつもの二人旅の光景だ。
手が空いたときに二人で橋を再調査し、以前に発見できなかった銘文を発見した。
かなり摩耗した古代文字で次のように書かれていた。
アポヤンド王、御病して日月を経たり。是に巫女、奏して曰さく、「王に代わりて、その御后、スラーを堅地神に奉げ賜うべし」。王、十フィートの穴を掘らしめ、后を埋め賜う。橋を建て、御陵と称して、この地をスラーと号く。
[アポヤンド王が病気になられて数ヶ月。占いの少女が現れ、王に申し上げた。「(大地の神が王の生命を求めるのが病気の原因なので)王様の代わりに、王妃のスラー様を大地の神にお奉げになるべきです」。王は十フィートの穴を(臣下に)掘らせ、王妃を生き埋めになさった。橋を建て、高貴な墓と呼ぶことにして、このあたりの土地をスラーと名付けた]
自分が助かるために妻を犠牲にしたアポヤンド――その所業はまるで魔王のようだった。
――――――――――
翌四月十九日。
旧オットリーノ街道を西へ進み、ラグリィの墓を再発見。
おととい除去したはずの蔦や苔が生い茂っており、供えたはずの果物も見当たらない。
周りの森が今は鬱蒼としたジャングルではなく、穏やかな温帯の植生であることも相まって、全然違う場所みたいに見える。
丹念に墓を掃除すると、碑文が読めるように。
前に読んだ内容と全く同じ孤独と嘆きが書かれていたが、唯一異なるのはラグリィ・パヴァーヌの名前と生没年が末尾に加えられていることだ。
最初から墓にその記述があったかのごとく、他の碑文と一緒の字体で刻まれている。
チャットが紫色の花を森の中から摘んできて墓前に手向け、二人で冥福を祈る。チャットの前世の、両手の平を合わせて「なまんだぶ」と唱えるやり方で。
花の名前は紫蘭。
チャットの前世では花の種類ごとに「花言葉」というメッセージが決まっているそうで、紫蘭の花言葉は「あなたを忘れない」だという。
そうしてラグリィに別れを告げたのだが……僕という人間は必ず幸も不幸も経験し、そのたびに目まぐるしく一喜一憂し、決して落ち着いた気分にはなれない。
いろんな浮き沈みがあると暇がなくて楽しそうだ、と思う傍観者もいるだろうけれど、当事者にとっては冗談ではない。
僕だって、肝を冷やさずに安穏な人生を送れるなら、是非そうしたいのだ。
魔獣も魔物もいない森には普通の動物が生息しており、その中には獰猛なやつもいるわけだが、なぜ僕はそれを警戒しなかった?
強大な邪哭龍を倒して気が緩んでいたのでは?
墓参のあとの正午頃、古代の街道の百フィートほど前方に突然、大きな褐色の影が出現。
茂みから出てきたその生物は、牛よりも巨大な体を持つヒグマである。
僕らの姿に気づいたヒグマが、すぐに凄まじい勢いで駆け寄り、赤い口を開けて牙を剥き、鋭い爪のある前足を振り上げる。
僕はその瞬間に死を確信して血の気が失せたし、チャットはこの世の終わりのように「ひいーっ!?」と絶叫。
ふとピストルの存在を思い出して猛獣に発砲。
弾丸が右肩のあたりを貫く。
しかし、魔物や魔獣との戦いと違い、銀弾一発では倒せない。
「グルウウウ!? グルウウウ!?」
ヒグマが地面に転がってのたうち回る。致命傷ではない。
これが再び立ち上がったら、僕らに対して死に物狂いの復讐をするはずだ。
手負いの野獣ほど恐ろしいものはない。
腰が抜けているチャットの手を引いて全力疾走し、スラー橋のところまで後退。
二人とも息が上がり、気分が悪くて吐きそうだ。
全く予期していなかったヒグマとの遭遇は正直、邪哭龍に出会ったときよりも心臓に悪い。
その日の夜、橋の上で野営。
チャットが夕食の調理中に提案する。
彼女の表情は寿命が縮んだみたいに青ざめている。
「ゆ……ユゼル様。ピストルより、ラグリィさんがくれた『火喰禽』のほうが、ヒグマには効くかもです。次はそれで射ってみようと思います。あと、今のうちに、牙や前足が届かない距離から攻撃できる槍とかを作るべきかと……」
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