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世の理を表した

 邪哭龍(ワイバーン)が空にビームを連射。

 全てを回避して稀龍(ドラゴン)がさらに加速して降下。


 相手が切り札として黄金の光球を作り始めると、すかさずラグリィが口から熱光線を放ち、それを爆破する。


 自分で自分の爆風を浴びた黒い魔獣は、長い首が千切れ飛び、赤黒い体液が欠損部から間欠泉のごとく噴出する。

 ただし次の瞬間には体液が固まり始めて首の形が再生されていき、魔獣が魔獣を倒せないことがこの目で分かる。


 稀龍(ドラゴン)の背に乗る僕がこのまま接近して銀弾を撃ち込むしかない!


 最も的が大きくて狙いやすい敵の胴体までの距離、あと四百フィート(120m)



 三百フィート(90m)



 二百フィート(60m)



 ――百フィート(30m)



 叫ぶ僕。


「今だ!!」


 後ろから僕を支える両手に力を込めるチャット。

 射線を遮らないよう、長い首を左にどけるラグリィ。


 そして破裂音。

 銃口から噴き出す猛火。


 黒色火薬の煙が僕の顔を一瞬包み、向かい風に流されてすぐに晴れていく。


 敵や地面にぶつかる寸前に方向転換した稀龍(ドラゴン)が空をゆっくり昇りながら旋回する。

 地上の様子を一望できる。


 銀弾を受けた邪哭龍(ワイバーン)の巨躯は――型抜きをされたように綺麗な円形の風穴が中央に空いている。


「グオオオオオ……! ブオオオオ……オオオ……」


 天頂に向かって悲鳴を上げ、それが弱々しくなっていく。


 穴の周囲が砂鉄のような黒い粒子に変化し、風に吹かれてどんどん消えていく。

 強靭な二本足も、円錐形の尾も、再生の途中だった首も、穴が広がるにつれ、さらさらとした塵になって空を舞う。


 そのとき誰かの声がした。


『……アリ、ガ、ト……スクワ、レタ……』


 ……!?


 僕とチャットが顔を見合わせる。

 彼女も聞こえたのだ。


 悪に染まっていた元・人間が消滅していく。

 あっけないというよりも、洗い流されていくような清々しい感じがする。


 強大な敵はそうして跡形もなくなった。

 泡沫(うたかた)の夢のように。


 地上に残るは静かな焼け野原だけ。

 僕とチャットはその激戦地をしばらく上空から見つめていたのだが、その後、別のものを目撃して叫んだ。


「――ラグリィ!?」「ラグリィさん!?」


 稀龍(ドラゴン)の全身が柔らかい光を発し、ガラス細工のごとく透き通っている。


――――――――――


 小屋と畑のそばに着陸し、僕らを背中から降ろしたラグリィが、変身を解く。

 いや、往年の姿に変身し直したというべきか。


 左目の隠れた少女の体は今なお光って半透明。

 迷いから解放されたらしい穏やかな表情。


「生前の私は、姫殿下(プリンセス)のためだけに生きる宮尉(ナイト)になりたくて、それだけが夢だった。若き日の姿に変身できるのは、これが見果てぬ夢の象徴だからだろう。何せ私は、姫殿下(プリンセス)が駆け落ちのごとく私を追って大地に来てくれるかも、という子供のような希望を、今に至るまで持っていた。そんなことは最初からありえるはずがないのに。すなわち、私こそが最も甘い人間だった……」


 僕とチャットは何も言えずにその話を聞いている。


「お前たちは互いを大事に守ろうとしていて、私はその手伝いが出来た。今の戦いで私は満たされた。これこそが長年やりたかった宮尉(ナイト)の行いだ。お前たちの命を救ったように、私も立派に姫殿下(プリンセス)をお支えしたかったのだ!」


 ラグリィ……。


「……愛する人には二度と会えなかったが、三百十二年後にやっと諦めがついた。この世に永遠のもの、望み通りのものはなく、自分だけが特別に不幸ではないと知った。そうして分相応の安らかな満足を得ることで、魔獣は消滅できるらしい。これでやっと、最愛の人と同じ死者になり、眠ることができる」


 彼女と同じような光を周りの景色も発している。


 小屋、畑、熱帯風の密林、そして真っ赤な太陽――全てが怨念から解き放たれ、浄化される。


「私は孤独を忘れることもできた。墓にフルーツを供えてもらい、数百年ぶりに人間と話して、もう未練はない」


 ラグリィが左の前髪を掻き分ける。


 隠れていた左目の周囲には――白い鱗。

 血のように赤く爬虫類のような形の瞳が、僕らを慈しむように細められている。


 昨晩、前髪を掻き上げたときに一瞬だけ見えた、彼女の本当の姿だ。


「王子。『一人でたくましく生きて、何を心の支えにしてきたんだ?』とお前に聞かれてどう答えたか、覚えているか?」


「……ああ。もちろん覚えている」


 一泊したあの夜、整然とした暮らしを孤独な中で継続できる理由を尋ねられた彼女は、顔を背けて答えた。



 心の支え……そんなものはない。

 私は正気ではない。

 完全に人間をやめて獣になり、毎日絶叫したい気分だ。

 正気でないからこそ、いつまでも同じ場所で、時が止まったように過ごせる。



「お前たちなら必ず旅の目標を果たすだろう。特にチャットのほうは最勝光神護(グロリア・ダイ・パトリス)を受けているからな」


「「最勝光神護(グロリア・ダイ・パトリス)……?」」


 二人で尋ねたが、答えない。


「強く優しい殿下(プリンス)とメイドに幸あれ」


 少女の体がキラキラした粒子に変化していく。

 足先から始まり、あっという間に腕も胴体もなくなっていく。

 小さな砂丘が風に吹かれて崩れるみたいに。


「それでは…………………………………………………………………………………………………………さらばだ」


「ラグリィ!!」「ラグリィさん!!」


「ユゼル。チャット。ありがとう」


 晴れやかな笑顔で、彼女もまた、泡沫(うたかた)の夢のように消滅した。


 同時に周囲も変わっていった。


 整然と作物が並んでいた畑は、雑草が生え放題の荒れ地に。

 立派だった小屋が朽ちて全壊し、煙突が濃い緑色の蔦と苔に覆われる。


 二体の魔獣に影響されていたジャングルは熱帯風の植生から温帯の照葉樹林へと様変わり。

 不吉な赤色の太陽も元通りの澄んだ輝きになり、スカッと爽快な青空が頭上に広がる。


 その後、僕らは瓦礫を動かして小屋の跡を調べた。


 全ての遺品が数百年の風雨により黒く朽ちて粉々になっている中で、中近世文字(メンスーラ)で表題が記された『聖典(タブロー)』の分冊だけが綺麗な姿でそこに落ちていた。


 だが、どんな物体も時の流れに逆らうことはできない。


 僕が拾い上げた瞬間、その本は炭のように黒く変色し、灰のごとくボロボロに崩れ去った。


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