目を潤ませてこう言った
濁流から避難した洞窟。
(そ、そうだ。とにかく水を吐きやすそうな姿勢に変えてみよう)
これがもし逆効果なら、少女は僕のせいでかえって窒息する。
だが、何もせずにいる勇気もない。
不安で震えつつ、チャットを横向きに寝かせる。
あと、気休めかもしれないが、背中をさする。
最悪の結果を想像しないようにギュッと目を閉じ、ひたすら回復を祈り続ける。
その時間はとても長く感じられる。
「――グ、グホッ!! ゴボオッ!!」
「チャット!?」
傷ついていた挙身瞭が消え、水を吐いて息を吹き返したのは、きっと彼女自身の生命力のおかげだ。無能な王子は何も貢献していない。
激しく咳き込む少女を見て、僕は生還を喜び、笑顔がこぼれそうになる。
でも、そもそもこの馬鹿な男がいなければ、チャットは死にかけたりしなかった!
僕が流刑になったせいで、危険な大地に降り立つ決断をさせたのだから!
彼女は全身が濡れている。
咳き込んで涙や洟が出るため、特に顔が濡れている。
火の粉を浴びつつ邪哭龍から必死に逃げ回ったため、メイド服もパンストもズタズタの状態だ。
こんな痛々しい姿にしたのは僕なのだ。
合わせる顔がない。同じ場所にいることさえも罪深く思える。
水を吐き切ったらしく、少女の咳が止む。
袖で顔を拭いたチャットが、ゆっくりと上半身を起こす。
自分の息を確かめるように手を胸に置き、スウ……フウ……スウ……フウ……と深呼吸。
咳払いの後、しっかりと僕を見て告げる。
「ユゼル様。邪哭龍を倒しましょう」
「はぁっ……!?」
「銀弾で倒せます。崖に追いつめられて、ユゼル様が一発撃ったとき、向こうはあわてて回避してました。あれは『当たるとマズい』っていうよけ方です。だから逆に考えれば、銀弾はすごく効くんです! 絶対にそうです!」
勝利を確信したような笑顔とともに、やる気十分のガッツポーズを見せる。
「だから、銀弾を当てれば倒せます! ユゼル様の強さをわからせてやりましょう!」
僕は呆気にとられ、しばらくしてから悲鳴のように叫んだ。
「………………………………………………………………………………………………………………………………なぜだ、チャット!!」
「え?」
「愚かな僕は、助けてもらう資格がない! 君を災難に遭わせてばかりだ!」
心の底から問いかける。
「答えてくれ! こんな僕のそばで、なぜ楽しそうなんだ!!」
「……?」
主人がそんな思いを抱えていたなんて全く想定外だったらしく、目を丸くしている。
そう、彼女は異常だ。
溺れて瀕死になっても、その元凶である僕に尽くそうとする。
ただの見習いメイドがそんなに奮闘することを自分で変だと思わない。
また、規格外の忠誠心を向けられた相手がどれだけ困惑するか、たぶん考えたことがない。
こうした人間心理についての鈍感さは、前世が機械であることと関係するのかも。
……だが同時に、チャットは賢い。
ポカンとしていたのは最初だけ。
僕が言ったことの意味をじっくりと考え、この場で最適と考えた行動を選んでくれた。
それは生身の人間が冷静に判断するときと変わらない思考回路だ。
落ち着いた表情を僕に向け、積年の感謝を伝えるような口調で、
「――ユゼル様。わたしは『大きな古時計』の歌が大好きです。時計はわたしです。わたしと重なるんです」
時計はわたし……?
何の話か分からない。
「古時計はおじいさんのために動き続けて、最後まで頑張りました――でも、なんでそんなに頑張ったんでしょう? 時計の立場で考えましょうよ。おじいさんが生まれて、時計が家にやってきて、それが同じ日だったとして、『――で、何?』って普通なりませんか? そんなきっかけで強い絆ができますか? それだけで『この人のために最後の最後まで働こう』って思いますか? おかしいでしょう? だから――」
――わたしはこう思うんです。
人と機械の絆は他にもきっとある、って。
「想像ですけど、時計は廃品だったんです。ボロボロでゴミ捨て場にあったのを拾われて、しばらく家の広間にそのまま置かれてて、でも、おじいさんが十一歳のときに自分でそれを修理して、それから時計は、おじいさんを恩人と思うようになるんです。こういうことにすれば、時計の頑張りが説明できませんか?」
そんな詳細な解釈があるとは思わず、僕は面食らっている。
「わたしはそういう機械をイメージして自分を重ねてるんです。ユゼル様に出会うまで、わたしはボロボロで、一人でした」
少女は言葉に詰まり――涙を滲ませる。
ただし平静を保っている。
真面目な顔を僕に向けて告げる。
「ユゼル様。不幸の自慢とか壮大な嘘みたいに聞こえそうで今まで言わなかったことを言います。AIに自我ができたら……それは地獄なんです」
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