武骨な心 受け取った
四月十八日の朝、僕はラグリィの小屋から出発することに。
何日もここで世話になると魔王を探せない。
これを伝えると、彼女は「そうか」とだけ言った。
しかし多くの食料と、それを背負って運べる麻袋のリュックを僕に譲ってくれた。
(その後の混乱した状況で、この荷物は紛失してしまった。申し訳ないことをした)
チャットには「炎の弓」が渡された。
白木で作られ、猛火が渦を巻くような意匠と、「火喰禽」を意味する中近世文字が彫られている。
普通の矢を番えて引くだけで、燃料が塗られているみたいに鏃がボウッと発火する。
チャットがギョッとした目になる。
一体どんな仕組みの弓だ、という風に。
左目の隠れた少女が無愛想に告げる。
「付き人よ、この力で大事な殿下を守ってやれ」
同時に、密林を脱出する方法を教えてくれた。
邪哭龍の縄張りを避けて進むべし。
その縄張りの詳細な範囲を、長らく密林に住むラグリィは経験的に知っているという。
彼女は安全に歩けるルートからうっかり外れないよう、矢印の付いた二十四基の標識を以前から設置していた。
小屋のそばからスタートする標識の矢印を順々に追えば、僕らは敵の目を逃れ、昨日まで歩いた旧オットリーノ街道に合流できるという。
感謝の握手をしてラグリィと別れた。
―――――――――
熱帯の木々が茂ったジャングルの視界は悪い。
次の標識がなかなか見つからない。
大木を迂回するときなどは特に、前の標識が示した矢印の向きから逸れないよう注意が必要だ。
チャットが後ろからついてくる。
炎の弓が未だに気になるらしく、手に持ったそれをいろんな角度から観察したり、弦を鳴らしたりしている。
(弓より挙身瞭のほうがよほど不可解だろう……まあ、僕にしか見えてないものを彼女が考察するのは無理だろうけど……)
と心の中で呟いたその頃。
視界の右端を、一羽の黒い鳥のような何かが飛ぶ。
密林の普通の生き物だと思った僕らは全然注意を向けなかった。
今から思えば、銀弾を使ってでも、そいつを殺すべきだった。
その正体は「頭部の無いコウモリ」という表現が似合う異様な姿の、貶翼という名の魔物。
先を切断されたかのような首の端が邪悪な赤い光を放つ。
僕らを遠くから観察するみたいに少し飛び回ってからキイッと高い声で鳴き、北のほうへ去る。
この時点で僕らは安全なルートから外れていたらしい。
「……ユゼル様。なんか異常に暑くないですか?」
「うん。何だこれは?」
気温と風がおかしい。
本来はジャングルらしくない、妙に涼しい場所だったはずが、今は真逆。
肌を焼くような熱風が北方から押し寄せて勢いを増す。
「あっ……!」
チャットが北を指さす。
遠い密林の一点が真夏の太陽のように光る。
直後、爆発的な風が僕らを吹き飛ばす。
樹木も表土も大地から剥がされる。
全ての物体が互いに衝突しながら三百フィート以上の距離を飛ばされていく。
頭などの急所をこのとき強打していたら僕の人生は終わっていたかもしれない。
倒木と土砂に体を半分埋められたが、爆風が収まったころに這い出した。
山火事のごとく一帯が煙臭い。
前方を見ると、景色が一変している。
半径数百フィートにわたって密林が消失。
黒焦げの地盤だけが広がる「爆心地」となっている。
その中央に、怪物。
円錐形の尾を地面につけて二本足で立ち、体表は漆黒の鱗で覆われる。
骨張った一対の黒い翼がゆっくり羽ばたいて熱風を巻き起こす。
百フィートを超える体長。
邪哭龍。
長い首の先端は、切り落とされたみたいに頭部が存在しない。
その切り口のような部位が禍々しい赤色の光を放つ。血染めの宝石、異形の単眼という風に見える。
赤い光が僕らのほうを向く。
体のどこかにある発声器官が「グオオオオオ!!」と地鳴りのように咆哮する。
ちなみにチャットは無事だ。
より遠くに飛ばされ、倒木の下敷きになっていたが、自力で脱出して立ち上がっている。
「ユゼル様……!」
巨大な魔獣を見上げて固唾を呑み、僕の近くまでやってくる。
怯えているのではない。
矢を番える準備をして戦意を示している。
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