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刑・大地・メイド ユゼルの冒険自省録  作者: 機関車上田
DANGER 1
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うっかり王を怒らせた

 自分で言ってしまうが身の程知らずの糞ガキだった。

 僕はユゼル・フォルシュピール・フィスモル。

 都市国家フィスモルの第三王子として生まれた。


「僕は世界で誰よりも強く優しく賢い! だから歴史に残るような偉業を果たす人物になる! 絶対なれる!」


 と、幼児のころから思っていた。


 自信の根拠? そんなものはない。


 強いて言えば、僕は高貴な王家の血筋であり、しかも兄たちより顔が良い(主観)。頭も良い(主観)。だから、これほど優秀な「神に選ばれた王子」が偉人になれないわけがない! と考えたのだ。


 宮殿で兄たちに会うと、よく論議(レスバトル)を挑んだ。



・身分なんて考えはやめて、誰でも自由に暮らせる社会にするべきでは?

・政治は王侯貴族らが独占するのではなく、全ての国民が参加できるようにするべきでは?

・逮捕者への拷問など、過酷な取り調べは禁止するべきでは?

・人間らしい生活ができていない貧しい人を、国は助けるべきでは?



 政治学の勉強をサボって武芸の練習ばかりしているくせに、理想の政治をいっちょまえに語り、「馬鹿な兄たち」に悔い改めるよう要求した。


 実際の兄たちは優秀で論理的なので三男坊のふとした思いつきなど敵ではない。僕はことごとく論破されていく。


「ユゼル。今の都市国家フィスモルは理想の政治をしていて、何も弄る箇所はないんだ」


「いいかユゼル。人間に身分すなわち能力差があるのは当然だ。それを超えて政治に参加するなんてありえない」


「解らないのかユゼル。犯罪者や貧乏人が辛い思いをするのは、彼らが犯罪をしたり無駄に金を使ったりした結果の自業自得じゃないか」


「いい加減にしろユゼル! 国民をそんなに甘やかすのは税金の無駄遣いだ!」


 しかし世界最大の自尊心を持つ僕だから決して負けたとは認めない。

 兄たちに「アホくさ」「黙れ」などと貧弱なボキャブラリーで応戦し、彼らを閉口させ、それで論議(レスバトル)に勝ったつもりでいたのである。


 十五歳になった僕は初めて朝議(コンセール)に呼ばれた――王族と重臣が集まって国家の舵取りをする最高会議だ。

 僕の鼻息は荒かった。


(ついに活躍のときが来た! 一丁やってやるぞ!)


 天上暦(てんじょうれき)一六四五年三月二十一日のことだ。

 その後も不吉をもたらす三月二十一日という日付を僕は忘れない。


 会議場でつまらないテーマがだらだらと話し合われる中で、やがて僕はじっとしていられなくなった。


「皆さん! 聞いてください」


 突然手を上げ、議題と関係のないことを叫んだ。


「我が国の法律は、妻の不倫を犯罪とする一方で、夫の不倫は許されています。姦通罪が妻にだけ適用されるのです。こんな不平等は無くすべきではありませんか?」


 正しい提案をしたと思ったが、とんでもない誤りだった。


 僕の父親、つまり国王が、実は不倫中だった。

 僕とさほど歳の変わらない十六歳の、胸がぽよっぽよの侍女に夢中だった。


 彼にとって、僕の主張はどうやら、「実の親でもある最高権力者に不倫の罰を与えるべきだ!」という風に聞こえたらしい。

 だから逆鱗に触れてしまった。謹厳実直な君主と思われた父があんなに逆上して真っ赤になるとは予想外だった。


「ユゼル! 貴様ッ、私を愚弄する最低な科白を言ってくれたな! 我が息子ながら、その顔は二度と見たくない!」


 僕は不倫のことを知らなかったのでわけが分からない。


「え? ええ?」


「近衛兵! この向こう見ずの馬鹿を、牢獄へぶち込め!」


 マジで投獄されてしまった。宮殿の地下牢に。

 表舞台の華麗さとは真逆の、石積みの壁と鉄格子に囲まれた暗い場所だった。

 毎日不味い飯を食わされ、看守にタメ口で命令され、蝋燭を灯して読書する以外の暇潰しを許されなかった。


 なんと、七ヶ月も幽閉されてしまった。


 僕は日頃の尊大な態度によりいつのまにか王宮のいろんな人に嫌われ、だから、僕を早く釈放するべきだという声がほとんど上がらなかったらしい。

 しかも、王位を争う兄たちにとって僕の収監は都合がいいので、その期間ができるだけ長引くよう、彼らが各所に呼びかけていたようだ。


 結局、国王の頭が自然に冷えてきて「そろそろ許してやるか……」という気分になるまで、半年以上の時間を要したのだった。


 僕は牢屋生活の中盤あたりから、自分の行いを振り返るようになった。


(世界一賢いつもりでいたけど、不用意な言葉で親を怒らせて収監され、どうすれば許されるのか、上手いやり方を何も思いつかない。僕は本当はすごく馬鹿なんじゃないか? そ、そうか。そういうことだったのか。僕は馬鹿だったんだ……)


 人生初の深い反省だった。


 多くの歴史や物語が、陰謀の渦巻く場所として王宮を描いている。密約、密告、讒言、監禁、毒殺、刺殺、処刑……相手が親や兄弟でも、何をされるか分からない。

 そんな場所で今後も死なずに暮らしたい僕は、やはり軽挙妄動は避けなきゃいけない。


(牢屋を出たら心を入れ替えよう! 僕は馬鹿だから、変に頭を使ったら逆効果になるんだ。偉人を目指そうなんて野望は忘れよう! 周りの言うことに従って、慎んだ態度を取ろう! これから僕は別人のように生きるんだ!!)


 しかし、釈放されると、僕は拘禁中の謙虚な決意をどんどん忘れていった。

 屋敷に百人くらいいるメイドや召使いは以前と変わらない目一杯の世話を僕にしてくれる。そんな彼らに囲まれ、奉仕されていると、やはり自分は特別な人間なんだ、という思いが湧いてしまったのだ。


 十六歳になるころには尊大な王子が再誕していた。

「自慢の頭脳」を働かせ、この国を立派に作り変える計画を毎日考えていた。


 一応、前よりは賢い立ち回りをしていた。


 兄たちを刺激しないよう、論議(レスバトル)を吹っかけるのはやめた。

 人前ではなるべく上品に振る舞い、野望を喋るのは控えた。


(自分の優しさ、清らかさを世間にアピールするには……よし! 孤児院や病院を慰問しよう!)


 と、実際に行動することもあった。


 後から思えば焼け石に水の浅知恵だったけれど……。


 僕は十六歳になり、再び朝議(コンセール)に呼ばれた。一年ぶりだ。

 おそらく、投獄を経験した僕がどのくらい改心したのか、国王や兄たちは見極めようとしていた。

 その席でまた僕の悪癖が出た。


(最高会議にまた呼ばれた僕は、やはり選ばれし人間なんだ。ここで僕が素晴らしい意見を言えば、国を動かして、社会を変えることができる。偉大な何かをこの場で開始できるんだ。じゃあ、なぜやらない? 特別な人間がやれることをやらないのは悪じゃないのか? 食料を配ることができる大富豪が目の前の飢えた人にパンを渡さないのは罪じゃないのか? 銃を持った兵士が人々を襲う猛獣を射殺しないのは怠慢じゃないのか?)


 会議が進む中でずいぶん悩んでから、こう決めた。


(なるべく多くの人に支持されるような、常識的で大人しい提案をしよう。それなら一年前みたいに誰かを怒らせることはないはずだ)


 閉会しそうなころに、スッ……と手を上げて発言した。


「最近、隣国が攻めてくるという噂が流れています。僕の知る限り、これは根拠のないフェイクニュースです。しかし、いくらか国民のあいだに広がってしまい、『やられる前にやってしまえ』という過激な主張が一部で出てきています。根も葉もない噂は政府としてしっかりと否定の声明を出すべきではないですか?」


 まさかこれが僕の破滅を確定させるとは思わなかった。


 実は、兄たちがフェイクニュースを流していた。


 彼らは身勝手な私欲のために隣国への侵攻を望んでいたが、いきなり先制攻撃をするのは卑怯に見えて自国民に支持されないと考えた。


 そこで、悪いのは隣国のほうだという世論を作ることにした。すなわち、「先に攻めようとしているのは向こうで、その危険を排除するため、都市国家フィスモルはやむをえず自衛戦争を始める」という嘘のストーリーを国内に広めた。


 二人の兄はすでに国王の同意を得て開戦の一歩手前まで準備を進めており、そんなときに僕は計画の腰を折るようなことを言ってしまったのだ。


 朝議(コンセール)の空気が凍りついて、事情を知らない僕はわけが分からなかった。けれどその日は注意されなかった。


 翌日、一六四六年三月二十一日。

 僕はまた会議場に呼ばれた。そう、去年も不吉を齎した三月二十一日のことだ。


 兄たちによる非情な裁判が待っていた。


「ユゼル。お前は隣国のスパイだ」


「はい?」


「隣国が攻めてくるのは紛れもなく確かだ。一方で、お前は『フィスモルが攻められる危険はない』と根拠なく言い張り、我が国の警戒と防衛を緩めようとしている。そうすれば隣国は緒戦で優位になれるからな。お前が彼らの手先だった証拠はすでに山ほど見つかっているぞ」


「何を言っているんだ! そんなわけあるか!」


「反論は許さん」


 すぐに判決が下された。


「ユゼル・フォルシュピール・フィスモル。お前を『大地』への流刑とする」


「そんな……!」


 世界の全人類(・・・)浮遊洲(ロフトランド)の上で生きている。

 大地から約一万七千フィート(5000m)の上空に浮かぶ島々だ。


 この国が治めるフィスモル島はボウルのように上が平らな半球の形をしており、東西と南北の幅がおよそ四千フィート(1.2km)、上下の厚みが千三百フィート(0.4km)

 様々な浮遊洲(ロフトランド)がある中で、サイズは中程度である。


 フィスモル島の上部に都市が築かれている。

 石積みの防壁が三重に築かれ、十七万八千人が生活し、その中心に王宮が聳える。僕がずっと暮らしてきた屋敷もその敷地内にある。


 島の中・下部は茶色い地盤が露わになり、ところどころ木々が這うように生えている。

 人間が手を加えないので、木々は数千年の年季が入っている。


 僕は有罪になり、その日のうちにフィスモル島の端から飛び降りることを強要された。


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