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谷も来るけど山も来た

 日記の紹介・第三弾。これで最後にする。


 四月六日。まだ暑い。

 ここまで様々な食材を食べている。

 チャットが料理すれば何でも旨いが、夕立が降ったこの日の夕食、カタツムリの香草焼きは素晴らしかった。

 あのにゅるにゅるした軟体生物が、本当に変貌した。味も香りも触感も、あらゆる宮廷料理の頂点に立つだろう。

 チャット曰く、これは前世のフランスという国で「エスカルゴ」と呼ばれて愛されているそうだ。


 七日。

 神の与えたもうアイディアに感謝!

 炎の上昇気流によって浮上する乗り物を考案。

 熱気船と名付ける。


 一瞬でこれを閃いた僕は、やはり並の人間ではない。「神に選ばれた王子」の面目躍如である。なぜ僕はちょっと失敗するたびに自分は馬鹿だと卑下してきたのだろう?


 八日。

 頭の中で何度シミュレートしても、熱気船は火だるまになって墜落する。

 昨日の段階でそれに気づかないから僕は馬鹿なのだ!


 九日。

 夕方に雨。

 それが止むと、やっと少し涼しい気候になる。

 空は気持ちのいい夕映え。いいことありそう。


 四月十日。

 熱気船がだめなら凧はどうか。

 浮遊晶(ロフタイト)で染められた緑青色の布を使えば、凧は安定して浮上するはず。

 ……と昨日の夜中に思ったけれど、不器用な僕が凧をまともに作れるとでも?


 やれやれ、アイディアマンを気取るこの愚かな人間は、何度同じように失敗するのだろう?

 腹の底から勝手に湧いてくる全能感を信じてはいけない。それはまやかしだから。


 四月十一日。

 熱気船も凧も駄目。僕のせいでチャットが人生を無駄にすると思うと、美味しいはずの料理も今は味が判然としない。


 四月十二日。たいへん爽快な一日!

 醜悪な餓掠鬼(ゴブリン)を一瞬で倒した。

 第三王子ユゼルの剣と射撃を前にして立っていられる敵はいない!


 考えてみると、僕はことあるごとに自分を卑下してきたが、その悪癖のせいで武芸という最大最強の長所を忘れていた。

 知恵にあふれたチャット・メイドも、今回ばかりは、王子の助けを求めるかよわい町娘にすぎない!


 僕は初めて彼女を救った。

 というか、一方的に救われる側だった今までがおかしかったのだ。

 これからは真に強い、神に選ばれたこの貴公子が、細腕のメイドを守ってやるのだ!!


――――――――――


 なるべく簡潔に書くつもりで始めた日記だが、ついつい筆が乗ってしまうし、一日の出来事が多すぎることもある。

 手帳のページと鉛筆の使い過ぎが心配だ。

 今後は本当に重要なことがあった日だけ最低限の文字数で記そうと思う。


 日記の紹介はここまで。

 四月十二日の続きに時を戻す。


――――――――――


 餓掠鬼(ゴブリン)を全滅させた僕に、チャットが二つの喜びを語った。


 一つは、敵が屍を残さずに消えたこと。


「やられた魔物は大きさや重さが簡単になくなっちゃうことが今日わかりました。これは簡単に言うと、質量保存の法則から外れてるってことです!」


「シツリョーホゾン?」


「やっぱりこの世界は、わたしの知らない不思議や奇跡でいっぱいです。だからきっと魔王も『黄金照記(ゴールデンベルク)』も本当のことなんです!」


 牽強付会だがとにかく自信を深めたらしい。


 チャットのもう一つの喜びは、「黒ずんだ石造橋の上に」餓掠鬼(ゴブリン)がいたこと。


 すなわち、僕らは遺跡を見つけた。

 数百、数千年前の大地で人間が暮らしていたのかも、と推測できる大きな材料だ。


「そうだ、ユゼル様! 橋があるってことは、道路も残ってるかもです!」


「あっ。確かに……」


 石造橋の上に二人で立ち、川の両岸を観察。


 橋の延長線上に、真っ直ぐな道の跡が見える。


 左右を樹海に囲まれたその道幅は十三フィート(4m)ほど。

 時代が流れて成長した木の根に押し上げられた石畳の路面はすっかり波打っているが、平らに加工されたと思われる敷石がずっと先まで続く。


「ここで河原の旅はおしまいですね。あとは街道を進みましょう」


「なぜだ?」


「魔王について知ってる人間が、それを石碑とかに書いたり、子孫に語り継いだりしてるかもです。そういう手がかりを探すなら、河原を歩くよりも、この道のほうが絶対いいです!」


 なるほど。本当に魔王が千六百年前、地上の人間文明を滅ぼしたなら、その痕跡はたぶん、かつての村落や都城に残されている。

 太古のメインストリート(?)を辿っていけば、それを発見できる日は近いはずだ。


 ただし、この道が古代の「人間の」建造物だとはまだ言い切れず、注意する必要がある。


 また、西への道を行くべきか、それとも東への道か、僕にもチャットにも正解は分からない。


 川を離れると飲み水の確保、行水、洗濯が難しくなるという問題もある。川魚やサワガニなどの豊富な食糧も得がたくなる。


 とはいえ、チャットは街道を歩く気満々の表情。

「神に選ばれた王子」である僕としても、ここで尻込みするのは不格好な気がする。


 よく考えて、三つの決断をした。



・困難に備えて十分な用意をしてから、明日の朝に河原を離れる。

・今日は橋の上で野営する。

・どっちの道を選ぶかは明日に決める。



 まだ太陽が高く、夕方まで時間がある。


 橋の下を流れる川に刺し網を仕掛け、三十匹以上の大漁。


 この魚を保存のきく干物に。

 やり方はチャットが教えてくれる。


 脚立のような形をした干し台を木材で先に作っておき、開いた魚をそこに引っかける。

 台の下で火を焚き、軽く燻製にしながら熱と天日で乾かすと、日が沈むまでに完成する。


 魚が乾くまでのあいだ、少女は橋を調べている。

 そこに古代文字(ネウマ)が刻まれていれば何か役立つことが読み取れるかも、とのこと。


 やがて彼女が、燻製の火加減を見ていた僕を呼ぶ。


「ユゼル様! 字があります!」


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