すごいぞメイド 驚いた
日記の続き。
四月一日。
河原で終日、体の回復に努めた。
本気でチャットは魔王を探すつもりらしい。
蒙昧な伝承にすぎない『黄金照記』にそこまで依存するとは、彼女なりの確固たる論理展開の結果だというけれど、僕からすると単なる妄信や、窮地での錯乱に見えてしまう。
四月二日。旅が始まる。
河原を歩きながら、歯車の挙身瞭について聞くと、「え? わたし光ってます? なんで? どういうこと?」という反応。
何も知らなさそうなので、この現象はやはり僕の幻視であるらしい。
「僕の頭が勝手に彼女のオーラ的なものを感じ取って具現化したものではないか?」と、ひとまず推測しておこう。
解明の糸口がないため、これ以上の考察はやれそうにない。
夕方、川で沐浴。
この破廉恥な一件は、いたいけな乙女に僕は迷惑をかけていると一層自覚させた出来事としてのみ、記憶に留めたい。
ぎこちない行水のあと、洗濯のために上着の中身を出そうと思い、手帳と鉛筆の存在に気づく。以後、日記を開始。
四月三日。暑い。
天上と気候が違うとは予想していたが、大地の四月は夏なのか?
夕方も夜も暑く、「明日は涼しくなれ……!」と祈るばかり。
四日。昨日の祈り、通じず。
夕食はチャットが樹海で集めた鳥の卵。茹でて殻を剥くと、白身は旨いが、黄身が臭い。かきたまスープのほうは素晴らしかった。
五日。暑すぎ。
いい加減うんざりして日陰で長めに休んでいると、チャットが話しかけてくる。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「いや……毎日本当に暑すぎて……」
すると彼女は決意したようにピシッと直立し、
「歌います!」
「は?」
「ユゼル様に元気出してほしいんで、一曲聴いてください!」
で、本当に歌い始める。
両手を胸の中心に重ね、体をゆっくり揺らしながら。
曲は僕も知っている『大きな古時計』。
心がほぐされるような優しいリズムと旋律、そしてノスタルジックな歌詞。
彼女の歌声は澄んでいて美しく、極めて音程が正確で、まるで一つの完成された楽器のようだ。
それでいて人間らしい感情、温かみも欠かさず込められている。
驚くべきことに、歌詞の一番は汎天上語、二番は典雅語で歌っている。
汎天上語は現代の標準語だが、典雅語は約六百年前を中心に使われた難解な古語であり、今では貴族さえも発音や文法を正確にできる者は少なく、僕も全然できない。チャットはそれを完璧にマスターしている。
そして曲の三番と四番は未知の別言語で歌う。
三番は母音、四番は子音が多い。
これもおそらく別言語だ。
歯車の挙身瞭に照らされながら見事に歌い上げ、彼女が一礼したとき、僕は感動するというよりも放心状態だった。
今聴かされた芸術は一体何なのか。
評価の言葉が出てこない。
チャットが微笑する。
「この歌、わたしが前世から持ち込んだんです」
「も、持ち込んだ?」
「オリジナルの歌詞は四番の英語で、三番は日本語。どっちも前世の言語です。この曲は向こうの世界のアメリカって国のヘンリー・クレイ・ワークって人が西暦一八七六年に発表したんです。あ、西暦っていうのは前世の年号です。わたしは昔からこの歌が好きで、人間になってからよく歌ってるんです」
僕はフィスモルの庶民が作った流行歌かと思っていた。
「で、一番と二番の翻訳はわたしが考えたんです」
自分で翻訳を考えた……!?
歯車の挙身瞭に照らされながらチャットが説明した。
彼女は家政学校の休み時間に『大きな古時計』を口ずさんでいて、これがクラスメイトの興味を引いた。「いい曲だね。何ていうの?」と聞かれ、歌詞の意味も知りたいと言われた。
そこで、親切にも韻とリズムを踏まえた汎天上語と典雅語の訳詞を一晩かけて自作し、翌日に教えた。
そして大評判になり、あっという間に校外まで広まり、老いも若きも、貴族も庶民も、これを愛するようになった。
つまり、流刑の少し前に宮廷の人々が歌っているのを聞いて僕の心に残ったこの曲は、チャット・メイドから様々な場所を経由して僕に伝わったのだ。
合縁奇縁。
なんという巡り合わせ……。
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