伸るか反るかに賭けてみた
歴史上の探検家の記録によると魔物は死んでも屍を残さなかった。
その通りの現象が僕の眼前でも起こった。
動かなくなった餓掠鬼の体は木炭のような黒に変色し、やがてボシュッと音を立てて破裂した。赤黒い気体が少し発生したあと空気に溶けるようにしてその死体は消えた。
持っていた盾と棍棒だけが河原に転がった。
魔物を倒せると分かり、僕は少し笑う。
武芸の腕が落ちているかもという不安は杞憂だった。
むしろ毎日大地を歩いたことで足腰が鍛えられて余分な脂が落ちていた。
卵やカタツムリなど動物性の食事を多くしていたことも筋肉量の維持・増強に役立ったらしい。
河原を見渡して敵を数える。
(あと六匹!)
盾を拾い、左手に装備。
これで、矢を躱すだけでなく盾で防げるようになる。
棍棒が次々と襲い来る。
それをサーベルで弾き、盾でガードし、横っ飛びでやりすごす。
一匹の背中に刃先を突き刺す。
急所に当たったらしく、その一撃で鬼畜の両手がだらりとなって棍棒を落とし、黒く変色してあっけなく死体が霧消する。
(あと五匹!)
弓矢を持つ敵もそろそろ片方は始末したい。
矢の雨を全て盾で受け止めて正面から突っ込む。
射手の餓掠鬼は弓矢しか持っておらず、近接戦闘では身を守る手段がない。
サーベルの連撃を食らってあえなく敗れ去る。
「――んっ!?」
二匹が背後から同時にジャンプして棍棒を振り下ろす。
振り向きざまに僕はサーベルをスイングし、まとめて二匹を吹っ飛ばす。
一匹は川に飛ばされて溺れ、すぐに死んだ。
河原に転がったもう一匹に対し、僕はサーベルを逆手に握り替え、杭を打つように喉の中心にとどめを刺した。
(えっと……あと何匹だ? 分からん!)
視界の中でまだ生きているのは、棍棒を持った一匹と、弓矢を持った一匹。
仲間がこれだけやられても怯まず、不倶戴天の敵に対するみたいに攻撃を続けてくる。
矢が何本も刺さった盾が邪魔になって投げ捨てる。
そうして僕は身軽になり、射手の餓掠鬼に急速接近。
向こうが土壇場で放った矢を、微小な首の動きで回避し、三度の斬撃でそいつを消滅させる。
残る棍棒持ちの一匹が横から迫ってきて、サーベルで迎え撃つ。
敵の乾坤一擲のスイングを胸のすれすれで回避。
同時に片手剣で小さな鬼の頭部を横薙ぎに。
忌むべき敵の体が黒くなって破裂する。
直後、切迫した悲鳴が響く。
「ひゃあああああぁ!」
川下のほうを見ると、河原でチャットが、棍棒を掲げた魔物に追い回されている。
魔物をしっかり数えて倒さなかった僕のせいだ。
八匹のうちの一匹が早い段階で身を隠し、チャットのいる岩陰に向かっていたらしい。
少女は逃げ惑いつつ、嫌な虫を追い払うみたいに円匙を振り、敵の攻撃を弾いている。
その足取りも手つきも恐怖ですくんでいるようだ。
無力な彼女はいつ致命的な一撃を食らってもおかしくない。
僕から敵までの距離は百フィートほどの遠さ。
駆けつけて斬撃しようとしても間に合わない可能性が。
こういう場合の策は……あるにはあるが、成功するかどうか……。
……いいや、伸るか反るかに賭けるしかない。
「チャット! 川に向かって走れ!」
「!? は、はいっ!」
彼女が言われた通りに走る。
僕はサーベルを鞘に納め――ピストルを取り出す。両手で構える。
射撃は正直博打だ。
銃身の長いマスケットのような安定性はピストルにはなく命中率が低い。
しかも動く標的に命中させるのは一層困難。
だが、やると決めた。
チャットを川のほうへ行かせると、追いかける魔物もその方向に進む。
どちらも僕から見れば横向きの動きだ。
こうすることで、魔物だけを貫くべき縦の射線に少女が入ることを防ぎ、仲間同士の誤射の危険をなくせる。
一度に撃てる弾丸は一つだけ。
素早く狙いを定め――発射!
爆音が響く。
銃口が火と大量の煙を噴出する。
視界が白い霧で覆われたようになり、黒色火薬が燃えたときの独特な刺激臭も漂う。
僕は狙いを外したかと思った。
が、魔物に極めて有効だという銀弾の言い伝えは本当だった。
弾は、棍棒を振りかぶった忌むべき小鬼の手の甲をかすめた。
ただそれだけで、まるで紙切れが燃えて灰になって舞い上がるみたいに、敵の体は吹き飛んで粉々になりながら消えた。
骨の欠片さえも残らず、棍棒だけがその場にガラン、ガラン……と落下。
銀弾の威力を知り、僕は呆然と目を見開く。
引き金を引いた際のポーズのまましばらく動けない。




