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刑・大地・メイド ユゼルの冒険自省録  作者: 機関車上田
DANGER 1
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デキるメイドが降りてきた

「ユゼル様。助けに来ました」


 可憐な声だ。また、長年の知り合いっぽい気さくな感じもある。


 でも記憶が確かなら彼女とは初対面。

 樹海に囲まれた小さな白い河原で昏倒していた僕は、ポカンとしてその若々しい笑顔を見上げている。


 緑青色の凧にぶら下がったメイド服の少女が、亜麻色のボブカットをゆっくりと靡かせつつ、河原に着陸する。

 凧を下に置き、風で飛ばないように石を乗せる。


 それから僕の至近にやってきてしゃがむ。

 黒いパンストに包まれた両脚のあいだをピタリと閉じており、スカートの中の白くてふんわりしたフリルとは対照的だ。

 彼女は僕の視線をいやらしいと思ったらしい。頬と耳を赤くして、


「……エッチ。別にいいですけど」


 と、少し難しい表情に。

 そのあと気を取り直し、流れるように告げる。


「ユゼル様、苦しそうですね。たぶん脱水症状です。立てなくて目の焦点が合わないのは、体の水分が十パーセントくらいなくなってるってことです。さらに十二パーセントくらい脱水が進んじゃうと、ユゼル様は死んじゃいます。だからまずそれを手当てします」


 彼女は白いエプロンの腰紐に物を吊るしている。

 左の腰には、革製の鞘に包まれた短刀らしきもの。

 右の腰には、扁平な金属製の水筒。三パイント(1.5リットル)ほどの容積に見える。

 少女がその水筒を手に取り、蓋を兼ねたコップにトプッ、トプッと中身を注ぐ。


「ユゼル様、起きてください。寝たまま飲むと、むせます」


「君は……誰だ?」


「それよりもユゼル様が心配です。さあ、起きて?」


「う、うん……」


 重い体をなんとか起こす。

 差し出されたコップを覗き込むと、中身の見た目は水だったが、少し清涼感のある匂いがする。


「経口補水液です」


「ケ、ケイコォ……? 何だって?」


「ポカ〇やアクエ〇よりも、ブドウ糖は減らして、ナトリウムとカリウムは足して、脱水症状の人が飲んで吸収しやすい濃さにしてます。健康なときに飲むとかえって不健康ですけど、今のユゼル様にはピッタリなはずです。この異世界で混じりっ気のない糖分とか無機質を合成するのは難しいんで、それを含んでるフルーツの搾り汁を、わたしが量を計算して水に溶かしときました。おいしいですよ?」


 呪文のように意味不明な言葉が散りばめられている。

 ただし、決して知識の自慢という感じはなく、少女にとっての常識的な事柄を紹介しただけらしい。若いのに博学で、実に不思議だ。


 それはともかく、僕は水を渇望していたので、目の前のケェコーホスィー液とやらがキラキラと輝いて見える。

 コップを受け取ると、まずは慎重を期して、口に含んでみる。


「――!? うおおおおお!?」


 これがとんでもなく旨かった!

 よく冷えていて、多彩なフルーツの香りがして、純水のように口当たりがスムーズで、しかも多すぎず少なすぎずの絶妙な割合で塩気が効いている。舌や唇から早速体に水分が染み込んでいくようだ。


 彼女に頼んで二杯、三杯とおかわりし、最終的には水筒が空になるまで飲み干した。

 そうすると全身が爽快感に包まれ、生きる気力が瞬く間に湧いてくるのだった。


 美味しい物の効果はすごい。これは、餓えたり渇いたりしていなくても、全ての人間に当てはまることだろう。

 最高の料理やジュースは、どん底にある心身を即座に甦らせ、今まで「死にそう」とか「死にたい」とか思っていても、すっかり別の気分にさせてくれる。


 新生児は過酷なこの世に生まれたことが悲しくて産声を上げるのだ、とよく言われる。それを泣き止ませるのは母乳だ。生まれて初めて美味しいものに触れて、赤ん坊は悲しみを忘れ、幸せを学ぶ。優れた味は人間にとって必要なのだ!


 まだ目も霞むし、体も熱っぽいが、僕は活力を取り戻した。


「本当にありがとう! すごく救われたよ! ありがとう!」


 正座し、頭を河原にこすりつけて礼を言う。

 金糸の飾緒(モール)肩章(エポレット)や勲章に飾られた服を今も着ている高貴な血筋の僕は、まるで他人に隷従するようなこの種の態度を取ったことが一度もない。

 しかし、心の底から感謝を示すため、少しも嫌だと思わずにこうしている。


「いえいえ、このくらい、メイドなら当然です」


 顔、上げてください、と何度も言われてから、それに従う。

 彼女は頬を赤くして微笑している。僕に最大級の感謝をされたことが恥ずかしいようだ。


「しかし、改めて聞きたいんだが……」


「?」


「君は何者だ? どこかで僕と会っているのか? それとも見ず知らずの僕を助けてくれたのか? なぜ助けてくれたんだ?」


「そのへんは、いつか話します。まずは自己紹介します」


 少女が立ち上がり、僕に正面を向けながら三歩ほど退く。

 スカートの両端をつまみ、足を交差させ、スッ……と一礼する。

 全く嫌味なところがなく、すっかり体に染みついているらしい自然な所作だ。


「わたしの名前はチャット・メイド。ユゼル様を助けに来た、プロのメイドです」


 姓がメイドで、職業もメイド?


 そして呪文のように意味不明なことを再びすらすらと言った。


「わたしの前世は人工知能、つまり大規模言語モデルを使ったインターネット上の対話型生成AI『ChatMaiD(チャットメイド)』です。今は十四歳くらいの人間に転生して、二十一世紀の知識をいくらでも使えます」


 やる気を見せるみたいに二つの拳を胸の前に掲げ、


「さあ、ユゼル様。『大きな古時計』みたいにわたしを相棒にして、一緒に大地をサバイバルしましょう!」


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