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【BL】魔王様の散歩道~魔王の俺が育てた弟子が勇者になった件~  作者: のはな
第2章 ミンゼル街と謎の魔物
9/14

9.寒がりな弟子

オルトは、手の中の小袋から数枚の霧の結界符を抜き取り――


「ほらよ」


無造作に、兵士たちの足元へとばらまいた。


シュバッ――!


地面に貼りついた結界符から、もくもくと淡い黒い霧が噴き出し始める。


「なっ、なんだこれは!?」


「視界が……!」


「魔物の仕業かっ!? くそっ、距離を保て――!」


霧に包まれ、隊列が一瞬で乱れていく。


「お前たち!! 陣形を崩すな! 冷静になれッ!!」


眼帯の男が、咄嗟に大剣を止め、怒鳴り声を上げた。


だがそのときにはすでに――


オルトの姿は、魔物の眼前にあった。


「よっ……と」


オルトは手を前にかざした。


その瞬間、地面一帯に広がる複雑な赤い魔法陣が浮かび上がる。


「……来い、“黒の手”」


赤い目がわずかに光った。


ゴウッ――!


魔法陣の中心から、無数の黒い手が蠢くように現れ、苦しみ暴れていた魔物を包み込む。


グォォォォォ……ッ!!!


激しい抵抗と苦悶の声が響く中、黒い手はそれでも確実に――

魔物の身体をやさしく、しかし逃さぬように包み、魔法陣の中心へと引き込んでいく。


「大丈夫だ……まだ、間に合う」


オルトの声は、誰に言うでもなく、霧の中へと消えていった。


「……なんだ」


眼帯の男が低く呟いた。


「……魔物の声が、聞こえない……?」


広場に立ち込めていた霧が、ゆっくりと薄れていく。


視界が戻るにつれ――そこに“あるはずのもの”が、存在しないことに気づく。


「っ!?ガルディア隊長!!」


兵士のひとり――オレンジ色の髪にそばかすが散った、丸い目の若者が慌てて叫んだ。


「魔物が確認できません!!」


「分かっている!!」


魔法管理部隊隊長であるガルディアは怒鳴り返すように言いながら、苛立たしげに肩をすくめた。


(……おかしい。確かに“そこ”にいた)


彼の脳裏には、霧の中――

赤黒く光る魔法陣のようなものと、それにまとわりつく、蠢く“何か”の影がよぎる。


(あのとき……確かに、奴の周りが“赤く光った”。

そして、黒い手のような、煙のような“何か”が……)


目の奥に、うっすらと残る残像。

それがただの錯覚ではないことを、彼は直感的に悟っていた。


(……あれは、魔物の力じゃない。……“誰か”が介入した)


ガルディアは鋭い目を光らしていた。



――――――――――



オルトは足早に、路地裏を駆け抜けながらハルと女の元へ戻った。


「――師匠!」


ハルがこちらに気づき、安堵の笑みを浮かべた。


「よし、とりあえず、ここを離れるぞ!」


「なら……私の家へ!」


女が咄嗟に提案した。


「助かる。案内してくれ」


3人は人混みを避けながら、静かな通りへと向かった。


魔物の暴れた中央通りから少し離れた場所――

喧騒とは無縁の、落ち着いた住宅街。


「……ここです」


女が立ち止まって指差したのは、レンガ造りのこぢんまりとした家だった。


決して大きくはないが、玄関の前に植えられた草花や、使い込まれたドアノブからは

長年住み続けた者の“あたたかさ”がにじんでいた。


「どうぞ……中へ」


女がドアを開け、オルトとハルはそのまま静かに中へと足を踏み入れた。


中は清潔に整えられており、木のぬくもりを感じさせる素朴な空間が広がっていた。


ガチャリ。

女が扉に鍵をかける音が、静まり返った家の中に響いた。


まだ顔を強ばらせたままの彼女が、振り返ってオルトに縋るように尋ねた。


「……あの……夫、ジョージは……どうなったんですか……?」


声は震え、目には恐怖と希望の入り混じった光が揺れている。


オルト壁に背を預けながら、ふっと息を吐き、ゆるりと答えた。


「大丈夫だ。今は別空間に保護している」


「べ、別空間……?」


「今は俺の魔力で、邪悪なあの魔力の影響を打ち消してる最中だ。

……まだ、あの飴を摂取してからあまり時間が経ってなかったのが、幸いだったな」


女の表情が一気に緩んだ。

ほっとしたようにその場に崩れ落ちそうになり、ハルがそっと背を支える。


「……助かるんですね……? 本当に……」


声が、今度は涙で滲んでいた。


オルトは鼻を鳴らしながら、どこか得意げに言った。


「まぁな」


小さく笑ってみせたその姿に、ハルが苦笑を浮かべた。


だがその直後、ふと真剣な顔に戻る。


「……師匠。姿を誰かに見られましたか?」


オルトは眉をひそめて、ハルに視線を送る。


「ん? いや。霧の結界符を使ったからな。視界を遮った上に魔力も攪乱した。

……見られてるはずはねぇ」


「……そうですか」


ハルは少し安堵したように答えた。




それからおよそ2時間――

日が落ち、窓の外にはオレンジと青の入り混じった夕暮れが広がっていた。


ジュー……ッ。


鉄板の上で肉が焼ける音が、静かな家の中に心地よく響いていた。


台所では、2人が助けた女性、マリアがエプロン姿でステーキを仕上げている。

テーブルの上には、皿やカトラリーが丁寧に並べられていた。


「はいっ、どうぞ!」


彼女が笑顔でテーブルに運んできたのは、

こんがりと焼かれた肉厚のステーキだった。


「ミンゼル街が誇る名物――“ミンゼル牛のステーキ”よ!」


「おぉ……! うまそうだな!」


オルトが目を輝かせながら、フォークを手に取る。


「マリアさん、ありがとうございます」


ハルも落ち着いた笑みを浮かべ、礼を述べた。


マリアは照れくさそうに笑いながら、言葉を返す。


「いえいえ、こちらこそ……。ジョージを、あの状態から救ってくれて……

本当に、ありがとう」


だか、少し声が震えていた。


オルトはマリアの様子に気づきフォークを止め、


「……そうだな。明日あたりには、なんとか目を覚ますだろう」


と落ち着かせるようにマリアに言った。


「本当ですか……」


マリアの目に、じんわりと光が宿った。


そして直ぐに、オルトはフォークとナイフを持ちなおした。


「さぁ!それじゃあ早速、くうぞ!」


「っ……!? この肉……!」


ナイフを入れた瞬間、溢れ出した肉汁にオルトが目を見開く。


「すごいな! 口の中で溶ける……!」


「はいっ、本当においしいです……!」


ハルも感動したように言いながら、次々にナイフを動かす。


二人が夢中でステーキにかぶりつく姿を見て、マリアは思わず笑みをこぼした。


「ふふっ……そんなに喜んでもらえるなら、頑張ったかいがあったわ」


あたたかな食卓。

つかの間の、平和な時間だった。



食事を終え、片づけを手伝ったあと――

オルトとハルは、改めてテーブルに向き直った。


「なあ、マリア」


オルトが口を開いた。


「昼間、飴を渡してきたっていう“子供”のこと――もう少し詳しく聞かせてくれ」


マリアは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにうなずいた。


「ええ……たしかに、小さな男の子だった。10歳くらい……? 黒っぽいかぶってて、顔も少し見づらかったの。でも、黒い髪と黒い目がすごく綺麗だったのを覚えてる」


「綺麗、ね……」


ハルが復唱するように呟く。


「あと……服は緑色のベストを着ていて、なんとなく“旅人”っぽい格好だったかしら。

どこから来たのかは、わからなかったわ。私が“ありがとう”って言ったら、すごく嬉しそうに笑って――それで、すぐいなくなっちゃって……」


「名前とか、どこに向かうかとかは?」


「聞けなかったの。ほんの一瞬のことだったから……」


マリアの表情が曇る。


オルトは腕を組みながら目を細めた。


「“渡すだけ”の役目か、それとも本人が……」


「……配って回ってる可能性もありますね」


ハルが静かに言った。


「どちらにせよ、普通の子供じゃなさそうだな」


オルトはぼそりと呟いた。



――――――――――


外が暗くなった頃。

ハルとオルトは、マリアが用意してくれた小さな部屋に腰を下ろした。


「マリアさんがシャワーを使っていいって言ってました。師匠、先に使いますか?」


ハルが穏やかに尋ねる。


「んー、俺は後でいいや。お前が先に入れよ」


「分かりました。それじゃあ、先に失礼します」


そう言って、ハルはタオルを手に部屋を出ていった。


オルトはその背を見送りながら、ふぅとため息をつく。


「……今回の件で、魔力飴が出回ってるのが確実になってきたな....」



ピコン、ピコン――


手首に着けたブレスレットに埋め込まれた緑色の魔法石が、電子音のような音を立てる。


「ハンスか」


『はい、魔王様。無事にミンゼル街にお着きになりましたか?』


「……あぁ、なんとか、な」


オルトは、ミンゼル街で起こった出来事を手短にハンスに伝えた。


『……飴を食べた人間が、魔物になったと』


「そうだ。三百年前はこんなこと、起こらなかったんだがな……」


『もしかしたら、その飴は未完成品か、あるいは一から作られた全くの別物かもしれません』


「……ったく、どっちにしろ気分がいいもんじゃねぇな」


『ええ、まったくです』


ハンスは一拍置いて、声の調子をやや低くする。


『それと……さらに気分を害する報告で申し訳ないのですが』


「……なんだ」


『調査の結果、子供の魔人156名、大人の魔人542名――その他複数の魔物が、ここ数十年の間に少しずつ不自然に姿を消していたことが分かりました。

おそらく、人間界に連れていかれたのだと思われます』


「...そんなにいたのか。俺としたことが……まるで気づかなかったとはな……」


『仕方のないことです。魔界は広い。すべてを把握するのは不可能です』


「……すまない」


『はぁ...貴方が謝ることではありません。とにかく、こちらでは行方不明のもの達をもっと詳細に調査します』


「頼む。人間界での調査は、俺が責任を持ってやる」


『はい――』



スタッスタッ


廊下から、誰かが戻ってくる足音が聞こえてきた。


「ハルが戻ってきたようだ。通話を切るぞ」

 

『分かりました。どうかご無事で』


ぷつん、と通話が切れる。



ガチャ。



扉が開き、タオルを肩にかけたハルが入ってきた。


「師匠、誰かと話してましたか?」


「ん? 誰とも話してないさ……あー、独り言でも言ってたのかもしれねぇな」


オルトが適当にごまかす。


「そうですか...じゃあ師匠も、早めにシャワー浴びてください。汗もかいたでしょうし、そのままだと気持ち悪いですよ」


「ん、そうだな。じゃ、浴びてくる」


オルトがシャワーへ向かい、数分後――


ガチャ、と扉が開いて戻ってくると、ハルはベッドの下に敷かれた布団の上に座っていた。


「もう寝るのか?」


「はい。明日も調査があるでしょうし、体力温存です」


「ふっ、そうだな。俺もそうしよっと――」




「おわっ!!」




オルトは、ハルの布団をまたいで自分のベッドに向かおうとした。

だがその拍子に、布団で足を滑らせてしまう。


 

バタッ――



オルトの身体は、ハルに覆い被さるようにして倒れ込んだ。


「っ...すまない! 怪我ないか?」


慌てて体を少し起こし、オルトは謝る。


「……大丈夫です」


ハルは頬を赤らめながら、どこかに視線を逸らして答えた。


「はは……俺としたことが、こんなことで転ぶとはな」


苦笑いしながら言うオルトに、ハルが小さく息を吐いて言った。


「師匠、できるなら早く俺の上から退いてもらえると助かるんですが...」


その時のオルトは、ハルに馬乗りになっている状態だった。


「あ、悪い悪い。すぐにどくな――」


オルトは、慌ててハルの上から体をどかそうとした。

 

ぐいっ。


「うおっ!?」


しかし、何かに引っ張られるようにして、再びオルトの身体がハルの胸元に落ちた。


「……お前、今引っ張ったよな?」


オルトは呆れたように言う。

そう、引っ張ったのは――ハルの手だった。


「……少しだけ、寒くなったので。

このままでいても、いいですか」


耳に囁いたその声と同時に、ハルは両腕をオルトの腰に回し――ぎゅっと力を入れて抱きしめた。


「はぁ……仕方ねぇな」


オルトは苦笑しながら、そっと体の力を抜いた。


(……まだまだ、甘えたい年頃の子供だな)


そう思いながら、オルトはしばらくのあいだ、ハルの温もりを受け入れていた。


しばらくすると、


「……師匠」


ハルがぽつりと口を開いた。


「ジョージさんが魔物になったのは、やはり魔力飴の影響なのでしょうか……?」


その言葉に、オルトは眉間にシワを寄せる。


「そうだな.....だが実は、今回の現象は、今まで“魔力飴”を摂取した人間には起きたことがないんだ」


「.....それは、どういう事ですか?」


ハルは、オルトを抱く腕に力を込めながら問う。


オルトは静かに答えた。


「本物の飴だったら、魔力があろうがなかろうが、人間が魔物になることなんてねぇんだよ」


「本物……だったら?」


「……“未完成品”かもしれねぇな」


「未完成品……?」


「ああ。もしくは、一から作られた“似て非なる別のもの”って可能性もある」


ハルの目がわずかに見開かれる。


「別のもの……?」


「あぁ。目的はわからねぇが、人間を魔物に変えるために作った……そんな感じかもしれねぇ。

どっちにしても――悪趣味だよな」


「もしそれが実験目的で大量に配られてたとしたら……?」


「はぁ.....そりゃあ、地獄と化すだろうな....」


部屋の空気が、ひんやりと重くなる。


しばらく沈黙が流れたあと、ハルが小さく呟いた。


「……必ず、犯人を捕まえましょうね」


その一言を聞いたオルトは少し身を起こして、ハルを真っ直ぐ見つめた。


「っ……!? なんですか、師匠……」


ハルが困惑していると、オルトはニカッと笑い、ハルの腕に抱かれながらその頭をくしゃくしゃと撫でた。


「お前、やっぱり俺の弟子だな!」


「ちょっ師匠!子供みたいに撫でるのはやめてください!」


ハルはオルトの腕を手でつかみ、必死に止めようとする。


「なんだよ、褒めてやったのに……」


そう言いながら、オルトはハルの胸に寄りかかっていた体勢から、ゆっくりと身を起こして立ち上がった。


「もう寝るぞ。電気、消すぞ」


「……はい」


ハルはわずかに名残惜しそうな表情を浮かべながらも、素直に布団をかぶり、目を閉じた。


――カチッ。


控えめな音とともに照明が落ちる。

オルトも自分のベッドへと戻り、静かに体を横たえる。


(……こいつを巻き込むつもりなんて、なかったんだがな)


天井を見つめながら、ふぅっと小さく息を吐いた。


やがて、まぶたがゆっくりと閉じられる。

そして、ハルのあとを追うように――オルトも静かに眠りへと落ちていった。

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