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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第8章 誰よりも大切な人
58/60

58.三柱の神

ランスたちは鋭い目でオルトを見つめる。

「お、俺は……」

オルトの声は震えていた。言葉が喉に詰まり、どうしても出てこない。

胸の奥で、何かが絡みつき締めつけるような苦しさが走る。


「兄さん?……もう、仕方ないな。君たちは僕が相手をしてあげるよ」

アジュールが楽しげに口元をゆがめ、勇者一行の前に立ちふさがった。


「くそっ……カレン!ハンナ!行くぞ!」

ランスが剣を抜き叫ぶ。

「はい!」

「ええ!」

3人は一斉にアジュールへと飛びかかる。


その光景を見つめながら――

「ハル……ハル……そうだ……ハル……」

オルトの声が震える。

「俺の……大切な……」


掴みかけた想いが胸の中で渦を巻き、押し殺してきた感情がせり上がろうとしていた。


オルトはふと胸に手を当てると、何かがそこに触れた。

指先に感じたのは、アチアル神の彫刻が刻まれた小さなペンダント。


「これは……」


その瞬間、オルトの瞳が大きく揺らいだ。

はっとしたように顔を上げると、すぐさま倒れているハルの元へ駆け寄った。


「黒の手!」


オルトは震える声で呟き、その黒き力で優しくハルの体を包み込む。

その手からは、これまでにはなかった温かさすら感じられた。


「ランスさん!! カレンさん!! ハルさんが……!」

ハンナが悲鳴のような声を上げる。


「私が行くわ!」

カレンがすぐに駆け寄ろうとした。


「……ははっ、兄さんの邪魔はさせませんよ?」

アジュールは薄く笑い、カレンへ向かって瓦礫の破片を鋭く飛ばす。


カレンはアジュールが飛ばした瓦礫を防御魔法で受け止めるが、その衝撃は重く、前へ進めなかった。


(……お願いだ、戻ってこい)

オルトは震える指先で、必死にハルへ魔力を送り込む。


パキパキパキ……

黒の手に覆われていたハルの身体が、ゆっくりと姿を現す。


「ハル……?」

オルトがかすれた声で呼びかけた。


「師匠……?」

ハルもまた、かすかに瞬きをしながら答えた。


「兄さん!? 何をしているんですか!」

アジュールが驚いた顔で叫ぶ。


その声にオルトは振り返り、赤く鋭い瞳でアジュールを真っすぐに睨みつけた。


「……全部思い出したんだよ」


その声音には、かつての“魔王”ではなく、ハルの“師匠”の響きが戻っていた。


「オルトさん!!戻ってきてくれたんですね……」

ハンナが涙ぐみながら声をかける。


「はっ、やっぱりお前はそうでなくちゃな!」

ランスも安堵の笑みを浮かべて言った。


しかし、アジュールはぶつぶつと呟きながら、両手で頭を抱えた。


「なんでだよ……兄さん。僕にはもう兄さんしかいないんだぞ? なのに……なんで人間の味方をするんだよ……」

声が震え、怒りと悲しみが入り交じっている。


「姉さんが死んで……僕を封印して……また裏切るのか!? なんで……なんでなんでなんでなんで!!!」


アジュールは叫びながら、その場に崩れ落ちた。


「アジュール……」

オルトはゆっくりと歩み寄ろうとする。


しかし、その腕をハルがぎゅっとつかんで引き止めた。


「……師匠」

不安げな瞳で見つめるハルに、オルトは柔らかく笑ってみせる。


「大丈夫だ。もう、絶対にお前を忘れねぇから」


そう言い残し、オルトは再びアジュールへと向き直った。


すると──

ゴォォォォォォォ……


アジュールの周囲に、不気味な黒い魔力が渦巻き始めた。まるで全てを呑み込む闇そのもののように。


「まさか……アジュール!! 待て!!」

オルトが声を張り上げる。


「姉さんは人間のせいで死んだんじゃねぇんだよ!」


──約千年前──

人間界のある祠


「ゴホッ、ゴホッ……」

苦しそうに咳き込むマレニアを、オルトが心配そうに見つめた。


「マレニア姉さん……大丈夫か?」

そう言いながら、そっとその肩を支える。


「ええ、大丈夫よ」

マレニアは、かすかに微笑みながらオルトの頭を優しく撫でた。


そのとき──


ガタガタッ

バンッ!!


勢いよく引き戸が開き、冷たい風が吹き込む。


「アジュール! そんなに乱暴に開けると壊れちまうだろ? この家、もう十分ボロボロなんだからよ……」

オルトがたしなめるように笑って言った。


「だって……また、僕たちの祠、人間に焼かれちゃったんだもん……」

アジュールは目に涙をためて声を震わせた。


「また……」

マレニアが静かに、どこか寂しげに呟く。


「くそっ……!」

オルトが悔しさをにじませる。

「俺たちが何をしたっていうんだよ!! 戦のときには都合よく厄災の神、常闇の神、破壊の神として祀っておいて、平和になれば縁起が悪いって祠を壊しやがって……!」


「このままここにいたら……僕たち、消えちゃうのかな?」

アジュールが不安げに呟く。


マレニアはそんな弟の頭をそっと撫でて、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ。……私たちで、新しい世界に行きましょう」


「新しい世界?」

アジュールが涙を拭いながら顔を上げる。


「ええ。そこならきっと、私たちは疎まれずに生きていけるはずだから」

マレニアは穏やかに語りかける。


「行きたい!!」

アジュールが力強く答えた。


「ふふっ……オルフィネス。あなたも一緒に行くのよ」

マレニアが振り返る。


「当たり前だ!!」

オルフィネスは拳を握りしめて応えた。


しかし――

翌日。


ザッザッザッ……


祠の周囲に、不気味な足音が響いた。


「……なんだ?」

オルトが眉をひそめる。


「この世界に平和を!! 厄災も、闇も、破壊もいらない!!!」


外から人間たちの怒声が飛ぶ。


その直後――


ボッ!!


祠が一気に炎に包まれた。


「うそ……!ここまで来たの!?」

アジュールが悲鳴をあげる。


「くそっ!!逃げるぞ!!」

オルトが叫ぶ。


「でも……どこに!? もう僕たちの祠は、ここしかないのに……!」

アジュールの声が震える。


マレニアはそんな二人をしっかりと抱き寄せ、優しく囁いた。


「大丈夫よ。二人とも……私がいるから」


そして、マレニアは残された力を振り絞り――

魔界へと通じるゲートを開いた。


こうして三柱は魔界へ逃れ、ようやく命を繋ぐことができた。


だが、その後。

マレニアの様態は悪化し、オルトとアジュールは、人間たちへの深い憎しみを抱えたまま、幾度もゲートを越えては人間界に復讐を繰り返した。


「オルフィネス……アジュール……もうやめなさい。」

マレニアが弱々しく声をかける。


「何を言ってるの、姉さん!?人間たちのせいで、僕たちがどれだけ酷い目に遭ったと思ってるの!」

アジュールが鋭い声で返す。


マレニアはゆっくりと、そして深く息を吐いた。


「はぁ……ゴホッ、ゴホッ……」

突然、激しい咳に襲われた。


「姉さん!!大丈夫!?」

アジュールが慌てて駆け寄る。


「……ええ、大丈夫よ。」

かすかに微笑みを見せるマレニア。


しかしその姿は、明らかに衰弱しきっていた。


「姉さんがこんなに弱ったのも……人間たちが僕たちを追い詰めたからだ……」

アジュールの目には、激しい怒りが灯っていた。


そして、アジュールは再び人間界へと渡り、しばらく戻ってこなかった。


「……オルフィネス……」

マレニアが弱々しくオルトを呼ぶ。


「どうしたんだ、姉さん。」

オルトがそっと寄り添う。


「アジュールを……止めてほしいの。」

マレニアは力ない声で懇願する。


「なんでだよ。人間は俺たちを利用して捨てた。復讐しても構わないだろ?姉さんがこんな体になったのも人間が俺たちを追い詰めたせいだ...」

オルトは感情を抑えきれずに言葉を吐き出す。


マレニアはかすかに微笑み、そっと首を振った。


「違うの……違うのよ、オルフィネス……」


震えるような声が、静かに空気を震わせる。


「私たちが住んでいたあの祠はね……まだ私が人間界に来て間もない頃、誰にも祈られず、ただ静かに消えていくのを待つばかりだった私に、たったひとりの人間が気づいてくれた場所だったの」


マレニアの声は、懐かしむように穏やかだった。


「その人間は、誰にも見向きされなかった私のために、祠を建ててくれたの。その小さな祠のおかげで……あなたたち二人が人間界に現れたときにも、居場所があった」


ゆっくりと目を閉じ、静かに微笑む。


「……確かに、人間は愚かで、弱くて、傷つけあう存在かもしれない。けれど……それでも彼らは、必死に生きているの。愛する者を守るために、未来を信じて進むために……私は、そんな彼らを――愛しているのよ」


風がそっと木々を揺らし、静かな時間が流れる。


マレニアはその風に身を委ねながら、何かを悟ったように目を開いた。


そして、やさしい笑みを浮かべたまま、静かに――口を開いた。


「実はね.....私の力は……他人の“厄災”を、代わりに引き受けることなの……」


弱々しいその告白に、オルトは目を見開いた。


「……それって……つまり、人間たちの不幸や痛みを、ずっと一人で背負い続けていたってことか?」


「そうよ。でも、それは私が自分で望んで選んだことなの」


マレニアは穏やかに微笑んだ。その顔には、静かな誇りと深い悲しみが滲んでいた。


「そして、あなたたちが人間に復讐を始めたあとも、私はずっと力を使い続けていたの……」


「……なんだって……」


オルトの声が震える。心の奥底を突き刺すような事実だった。


「じゃあ、姉さんの体が弱ったのも……俺たちのせい、なのかよ……」


「違うの。私が……あなたたちを止められなかったから。無関係な人たちが傷ついていくのを、見ていられなかった……だから、せめてもの罪滅ぼしとして……」


その言葉に、オルトは苦しげに唇を噛み、拳を握りしめた。


「……そんな顔、しないで。私は後悔なんてしてないわ。これが……私の選んだ生き方だから」


そう言って、マレニアはやさしく笑った。


そして――最後に、真っ直ぐに弟を見つめる。


「ねえ……私の、最後のお願い。アジュールを……止めてくれる?」


「……わかった」


オルトは静かに、確かにうなずいた。


マレニアはその答えにほっとしたように微笑み、そして静かに――息を引き取った。


* * *


オルトはアジュールを止めようとしたが、アジュールは、オルトの話を何も聞こうとはしなかった。


狂気と絶望に堕ちたその姿は、かつてマレニアを慕っていた面影すら残していなかった。


だからオルトは、己の全てを懸けて戦い、ついには――アジュールを封印することを選んだ。


そして二柱の神を失った混乱の魔界を、もう一度ひとつにまとめるため、彼は――魔人として、魔界に転生したのだった。


──回想終わり──


「つまり……姉さんの体が弱っていったのは、俺たちが人間に復讐してきたからなんだよ!!」

オルトの声が張り裂けるように響いた。


「……黙れ……黙れ黙れ黙れ!!!悪いのは人間だ!!全部、あいつらが悪いんだ!!!」

アジュールは怒りに震え、吐き捨てるように叫ぶ。


「アジュール! マレニア姉さんは……最後まで人間を信じて、愛してたんだぞ! 姉さんがこんな地獄みたいな光景を見て、喜ぶとでも思うのか!?」

オルトが必死に訴えた。


その言葉に、アジュールの動きがピタリと止まった。

そしてゆっくりとオルトの顔を見つめる。


「兄さん……もう遅いんだよ。何もかも。」

そうつぶやいたアジュールの体に、バキバキと不気味な音を立てて植物の蔦が絡みつき、全身を覆い尽くしていく。


そして、アジュールの体はツタに覆われ、醜悪な怪物のような姿へと変貌していった。

その姿を見て、ハンナは思わず口を塞ぐ。


「……なに……あの姿……」


「……くそっ……完全に邪神へ堕ちちまったか……」

オルトが低くうめくように言った。


「邪神……!?」

ランスが声を荒げる。


カレンは表情を引き締め、無言で杖を構えた。


「お前たちは……手を出すな。」

オルトがはっきりと告げる。


「なっ……! あいつ相手に、1人で戦う気なの!?」

カレンが驚きに声を上げた。


「こいつだけは……俺が決着をつけなきゃならねぇんだ。」

オルトの声は固く決意に満ちていた。

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