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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第8章 誰よりも大切な人
57/60

57.苦しみ

シュパン。


ハルたちはオルダナ王国の城内へ転移してきた。


「やっとお戻りになられましたか!」

教皇アントが駆け寄る。


「皆さん……ついに“魔王”が姿を現しました!

いよいよ、この世界を救うときです!」

興奮を隠せない声だった。


「……師匠は、どこに?」

ハルは鋭い瞳を向けて問いただす。


「師匠?ああ……“魔王”のことですか?

今はアチアル山を占拠しております」

アントが淡々と答えた。


「分かりました」

ハルは即座にそう言うと、踵を返して駆け出そうとする。


「おい、待てよ!」

ランスが慌てて引き止める。

「作戦会議とかしなくていいのか!?いきなり向かうなんて無謀だろ!」

「そんなの、必要ありません」

ハルは冷たく言い放ち、そのまま迷いなく城を飛び出した。


「おい、待てって!」

ランスたちも慌てて後を追う。


教皇アントはそんな彼らの背中を見送り、低く呟いた。

「……これで、この世界は救われる……」



アチアル山


暗い空に赤黒い雲が渦巻き、空気には焦げたような匂いが漂っている。


「オルト……大丈夫?」

エリーナが恐る恐る問いかけた。


「……今は何とか大丈夫だ……」

オルトは荒い息を吐きながら答える。

「だけど……またしばらくしたら、この力が暴走するかもしれねえ。……だから……俺に近づくな」


苦しげに声を絞り出すオルトの目は、うっすらと赤黒く光っていた。


オルトは、ジュウゴに打たれた謎の注射の影響で魔力の暴走を起こし、オルダナ城の地下を半壊させたあと、かろうじて意識を保ちながらアチアル山まで逃れてきた。


そして今、転移した先にあるアチアル神の像の下で息を整えていた。


「エリーナ様、危険ですので……どうか教会でお休みください」

サーシャが穏やかな笑顔で声をかける。


「……わかったわ」

エリーナは不安げにオルトを振り返りながらも、小さく頷いてその場を後にした。


サーシャは一人残り、そっとオルトのそばに寄ると小さなペンダントを取り出した。

「……オルトさん、これを」

彼の首に静かにかける。


「アチアル神の加護が宿るものです。……気休めかもしれませんが」


オルトは荒い呼吸の合間に、かすかに微笑んだ。

「……ありがとな」


「それでは、失礼します」

サーシャは深く一礼し、静かに教会へ戻っていった。


(……くそっ、タルールのやつ、俺に一体何を仕込んだ……)

ドクン、ドクン。

少しでも気を抜けば、意識を何者かに飲み込まれそうになる。オルトは必死に抵抗を続けていた。


ピコンピコン――

緑の魔法石が不穏な光を放つ。


「ハンスか……」

オルトが石に手をかざすと、緊迫した声が響いた。


『魔王様!緊急事態です!魔界のゲートが、次々と――何百も開かれ始めています!』


「なっ……くそっ……!」


『ですが、前回のような奇妙な化け物たちは現れず……その代わり、魔獣や一部の魔人たちが暴走し、次々とゲートを通って人間界へ……!』


「そいつらを、できるだけ止められるか?」


『はい。私たちも全力で制止にあたります……ですが、魔王様……そちらは大丈夫ですか?』


「……ああ、俺のことは心配するな。魔界はお前に任せた。」


『了解しました。必ず守り抜いてみせます……仰せのままに。』


プチッ――

通信が途絶える。


「くそっ...アジュールのやつ...本当に魔界と人間界を....」

オルトが呟いていると。


ガサガサ……

草を踏む音がして、そこに現れたのは黒髪の少年、エルだった。


「オルト……?」

かすれた声でエルが呼ぶ。


「……どうしたんだ?」

オルトがうめくように問いかける。


「オルト……本当に……ごめんね」

エルの瞳には涙が浮かんでいた。


「……別に……気にすることじゃねえ……」

苦しそうに、それでもオルトは笑みを作った。


「ごめんね……本当に、ごめんなさい」

エルは震える声で、何度も謝る。


「だから……もういいって……」

オルトがそう言いかけたその瞬間、


プシュッ


冷たい感触が足元に走る。

エルの手には、小さな注射器が握られていた。


「ごめんなさい……オルト……」

涙を止められないまま、エルは振り絞るように言う。


オルトは薄れゆく意識の中で、かすかに笑ってつぶやいた。

「お前……ほんとに……バカだな……」


そのまま、視界が真っ暗になった。


◇◇◇


ドカーーーン!!


轟音が空を裂き、地響きのように鳴り響いた。


ハンナたちはハルの後を追おうとしていたが、魔界のゲートから次々と現れる魔物たちに進路を阻まれていた。


「いま……アチアチ山の方から、ものすごい音がしましたよ!?」


ハンナが叫びながら、ランスたちにサポート魔法をかける。


「多分……あれは魔王の仕業だろう!」


ランスが鋭く魔獣を斬り伏せながら叫ぶ。


「今は、とにかく市民を守るのが先よ! 魔界のゲートから出てくる魔物たちを押さえないと!」


カレンが冷静に指示を飛ばす。


「はいっ!」

「おう!」


一方――


アチアル山の上空に、漆黒の翼を広げた一人の男が浮かんでいた。

黒く長い髪が風に舞い、血のように赤い瞳が鋭く光る。

その男は、感情の欠片もない無表情のまま、魔界のゲートから入ってくる魔物や魔人が人間を襲っているのを見ていた。


ハルはオルトの姿を見つけると、襲ってくる魔物たちを凄まじい勢いで倒してオルトの元へ向かった。


「師匠!!」

必死に声を張り上げる。


黒い翼の男――オルトは、ゆっくりと振り返ると、冷たい視線をハルに向けた。

そして無感情に口を開いた。


「誰だ?お前は」


「……師匠」

ハルはその言葉に、瞳を大きく見開いた。


「ははっ……面白いな。人間のくせに、俺を恨まずに“師匠”と呼ぶなんてさ」

オルトは冷たい笑みを浮かべた。


「……忘れてしまったんですか……?」

ハルの声がかすかに震える。


「忘れる? 何をだ? 俺は何も忘れていない。人間にされたことも、その苦しみも……全部覚えてるさ。」

オルトの声には深い闇が滲んでいた。


次の瞬間、オルトは高く手を掲げる。

巨大な黒い魔法陣が空に広がり、その中心から禍々しい漆黒の手が伸び、オルダナの都市を暗黒へ包む。


「やめてください!! 師匠!!」

ハルが必死に叫ぶ。


「やめてほしいなら――止めてみろ」

オルトが挑発するように笑った。


「……くそっ!!」

ハルは歯を食いしばり、凍結魔法を放ちオルトの手を凍らせようとする。

しかし、その氷は脆く、すぐに砕け散った。


「兄さん。」

静かな声が響き、オルトの背後からオルトと瓜二つな青年が現れた。


「……アジュール……!」

ハルの目が見開かれる。倒したはずのその男が、そこに立っていた。


「アジュールか。どこへ行っていた?」

オルトが淡々と問いかける。


「ゲートの封印を解きに行ってたんだよ。その時、ちょっとだけマグマに落ちちゃってさ」


肩をすくめて、冗談のように笑う。


「ははっ、神であるこの僕が――そんなことで死んだなんて、本気で思ってた奴がいたみたいだけどね?」


そう言って、不意にハルの方へと視線を流す。


「……は、どうでもいい。そんなことより――」

オルトの赤い瞳が鋭く光る。


「分かってるよ、兄さん。前に、魔界に“魔力飴”をばら撒いておいたからね」


その声は冷ややかで、自信に満ちていた。


「今ごろ人間界に現れてる魔獣や魔人たちは――あの飴の効果で、自由に魔法を使えるはずさ?」


アジュールは無邪気に笑いながら言った。


「そうか……これで、悲願が叶うのか。」

オルトの瞳が赤く光り、低く呟く。


「師匠……本当に、人間界と魔界をひとつにするつもりなんですか?」

ハルの声が震える。


「はぁ……師匠って呼ぶのはやめろ。寒気がする。」

オルトは冷たく笑った。

「――まあ、そうだな。お前たち人間への復讐だ。」


ハルはしばらく黙っていたが、静かに覚悟を決めると、腰の剣を抜き放った。


「……すみません、師匠……」


「おお……やっと戦う気になったか。いいぜ、かかってこい。」

オルトはどこか楽しそうに、不敵に笑う。


「じゃあ、僕は見学してますね。」

アジュールは気楽そうに呟き、近くの瓦礫の上に腰を下ろした。


ハルは一気に踏み込み、渾身の一撃を振り下ろす。

しかし――

ガキンッ!!

黒い手がその剣を受け止めた。


「……っ!」

ハルは構わず、その黒い手を凍らせていく。

パキパキパキ……

氷が黒の手を這い、瞬く間に固めていく。


「なっ……!」

オルトが一瞬驚いた顔を見せた。

だがすぐに冷たい視線に戻り、手を引くと同時に、周囲に黒い霧を噴き出させた。


だが、ハルはそれを読んでいたかのように素早く背後に回り込み、オルトの背中へ氷を纏わせる。


(こいつ……俺の攻撃パターンを把握してやがるのか!?)

オルトの瞳にわずかな動揺が走る。


「ぐっ……!」

咄嗟に振り向いたオルトは、黒い魔力の矢を放った。


だが――

ハルはその矢を避けようとせず、真っ直ぐにオルトへ飛び込んだ。

そして、そのまま両腕で強く抱き締める。


「おい!離せ!!」

オルトが目を見開き、必死に叫ぶ。


「ダメです。」

ハルは静かに告げると、さらに力を込め、オルトの足元から一気に氷を広げていった。


グサッ――。


鈍い音と共に、ハルの胸元を鋭い刃が突き刺した。


「……師匠……」


かすれるような声を残して、ハルはゆっくりと崩れ落ちる。そこに立っていたのは、血の滴る剣を携えたアジューだった。


「もう、兄さんがモタモタしてるから。仕方なく手を出しちゃったよ。」

アジュールは無邪気に笑いながら肩をすくめる。


「……あ、ああ……」

オルトは曖昧に頷いた。


しかし――

「……ッ、はぁ……はぁ……」

突然、オルトの胸に鋭い痛みが走る。


(なんだ……?人間が一人死んだだけだ……。なのに……なぜ、こんなにも胸が苦しい……?)


「お前は……一体、何者なんだ……?」

オルトは、目を閉じたまま動かないハルに向かって問いかける。


しかしハルから返事はなく、その身体はただ静かに横たわっているだけだった。


「兄さん、何やってるのさ?早くゲートへ行こうよ!」

苛立った様子でアジュールが声を上げる。


――そのときだった。


「オルト!!」

鋭い声が響き、振り返るとランスたち勇者一行が現れた。


「ハルさん!?」

ハンナが、血に染まったハルを見つけて悲鳴をあげる。


「……あなたがやったの?」

カレンが鋭い視線をオルトに向け、問いただした。

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