56.魔王
ハルたちはマルア山を降り、サント村に戻ったハンナたちのもとへ向かった。
「ハルさん!!無事だったんですね!」
ハンナが駆け寄り、安堵の笑みを浮かべる。
「ああ……」
ハルは疲れた声で頷いた。
「あの……そちらのお二方は?」
ハンナがグエールとジュリアを見て問いかける。
「このふたりは、私の部下のグエールと、探していたジュリアです」
マニエールが説明する。
「ジュリアさん、無事で良かった……。それにしても、そのグエールさん、ひどい怪我……治療してもいいですか?」
「ええ、頼みます」
マニエールの許可を得て、ハンナはそっとグエールを横たえ、治療を始めた。
「マニエールさん……本当にごめんなさい……私……憎しみに囚われて、また大切な人を失うところだった……」
ジュリアはうつむきながら、静かにグエールを見つめてつぶやいた。
マニエールはそっと微笑み、穏やかな声で答える。
「……もう、気にしないでください。私も……かつては、あなたと同じように憎しみに呑まれていたことがありますから」
その様子を見守りながら、カレンが口を開いた。
「ねえ……二人はガルディアを見なかったかしら?」
「いいえ、見ませんでしたが……何かあったんですか?」
マニエールが問い返した。
カレンは少し目を伏せて、静かに説明を始める。
「……ガルディアが、私たちを逃がすために、アジュールとティルに立ち向かってくれたの。だから、無事かどうかが心配で……」
「……アジュールなら、俺が倒しました。ですが、そのティルさんは……一緒にはいませんでした」
ハルが低く答えた。
「アジュールを倒しただと!?」
落ち込んでいたランスが驚いて立ち上がる。
「……はい。」
ハルはどこか複雑そうな表情を浮かべながら静かに頷いた。
「すげえじゃねえかお前!!さすが勇者だな!」
ランスが笑顔で肩を叩き、称える。
「ハル兄!!!」
ヒナが息を切らしながら広間に駆け込んできた。
「どうした?」
ハルが顔を上げる。
「なんか……村の前に眼帯つけた大きな男の人が倒れてて……ハル兄の知り合いじゃないかなって思ってさ」
ヒナが少し不安げに答えた。
「もしかして……」
ハンナが小さく震えた声でつぶやく。
「俺が行く!!」
ランスが立ち上がり、すぐさま村の入口へ駆け出した。
しばらくして
ガシャガシャ……
鎧の音を響かせながら、ランスが誰かを背負って戻ってきた。
ガシャン、と地面に寝かせるように下ろす。
「ガルディアさん!」
ハンナが駆け寄り、慌てて容態を確認した。
「あれ?」
ハンナが首をかしげる。
「どうしたんだ?」
ランスが問いかける。
「ガルディアさん……ただ眠っているだけみたいです」
ハンナが安堵の声を漏らした。
「体に異常はないのか?」
ランスが問いかける。
「はい!全く問題ありません。しばらくしたら目を覚ますと思います」
ハンナが安心したように答えた。
「私に手伝えることがあれば教えてください」
いつの間にか目を覚ましていたカンナが言う。
「あっ!まだ無理に動いちゃダメです!」
ハンナが慌てて注意した。
カンナは少し残念そうに方をおろし、ベットに戻った。
「……俺は……」
ガルディアがゆっくり目を覚ました。
「ガルディアさん!大丈夫ですか?」
ハンナが心配そうに声をかける。
「ああ……」
ガルディアはゆっくりと返事をした。
「あの後、どうなったんだ!?」
ランスが身を乗り出して尋ねる。
「……覚えてないんだ……」
ガルディアは眉間に皺を寄せ、苦しそうに答えた。
しばし沈黙が流れたが、
「とにかく、無事で本当に良かったです!」
ハンナが明るく声を上げた。
その言葉に、張りつめていた空気が少しだけ和らいだ。
その夜。
ハルたちは焚き火を囲みながら、改めて情報を整理していた。
「……魔王様、ですか……」
マニエールが低く呟く。
「はい。ティルさんが“魔王様の命令だ”ってはっきり言っていました」
ハンナが答える。
「だったら、その魔王を倒せば人間界と魔界を一つにする計画は止められるんじゃねえか!」
ランスが勢いよく言った。
しかし――
ハルは黙ったまま、難しい表情で焚き火の炎を見つめていた。
「……やっぱり、俺たち勇者一行の最後のミッションは“魔王討伐”ってことだな!」
ランスが朗らかに笑い、ハルの肩に手を置いた、その時。
「やめてください!!」
ハルは立ち上がり、震える声で叫んだ。
そしてそのまま、焚き火の光から背を向けて歩き去った。
「……どうしたんだよ、あいつ……」
ランスがぽつりと呟く。
カレンはため息をつきながら、静かに言った。
「さぁね....、もう今日は休みましょう。さすがに疲れたわ」
そうして、一行は重たい空気をまといながら、それぞれ静かに眠りについた。
◆◆◆
翌朝
ドンドンドンッ!!
鋭いノック音が、帰り支度をしていた勇者一行の宿舎に響いた。
「誰だ!?」
ランスが身構える。
ガチャッ
扉を開けると、そこには重厚な鎧に身を包んだ男が立っていた。
「キアルさん!?」
ハンナが目を見開く。
「どうしてここに……?」
キアル――オルダナ王国の騎士団長は深刻な表情で一行を見回した。
「緊急事態です。教皇陛下の命により、ただちにお伝えに参りました」
声に張りがあるが、その瞳には焦燥が浮かんでいた。
「緊急事態って……何が起こったんだ?」
ランスが詰め寄る。
「……魔王が現れました」
その一言で、空気が凍りついた。
「そして、国王が殺され、オルダナ王国は――現在、半壊状態です」
「は……!?本当か!?」
ランスが顔を強張らせる。
「……まさか……彼が魔王だったなんて」
キアルは眉間に深い皺を寄せ、苦しげに言った。
「彼って……誰のこと?」
カレンが問いかける。
キアルは一瞬視線を伏せ、そして覚悟を決めたように口を開いた。
「……オルトさんです。」
その名を聞いた瞬間、場の空気が一変した。
「オルトさんが……魔王……?」
ハンナが青ざめた顔でハルを振り返る。
「本当にその姿を見たんですか?」
ハルが険しい面持ちで聞く。
キアルは悲痛な面持ちで言葉を続けた。
「……ええ。この目で確かに見ました……今すぐ、ご帰還を。」
そう言うと、キアルは大きく息を吸い込み、転移魔法の陣を展開した。
「皆さん、行きましょう」
ハルたちは震える思いを胸に、その光の中へ飛び込んでいった。
こうして、一行は再びオルダナ王国へと急行することになった――。




