54.裏切り者達
――マルア山の麓
「確か、この山はもともと火山で、噴火口付近に魔界のゲートが開くことがあると聞いたわ」
カレンが説明する。
「それなら、噴火口まで登りましょう!」
ハンナが意気込んで言った。
一行が登り進める途中。
「止まって」
カレンが小さく呟いた。
「どうした?」
ランスが問う。
「近くに……とても強い魔力を感じるわ」
カレンの表情が険しくなる。
「だんだん近づいてきてます」
ハルも警戒した声を上げる。
ハル達はすぐに戦闘態勢に入った。
ガサガサッ
「あなた達は......」
茂みの奥から現れたのは、銀髪の男マニエールと、その部下のカンナ。そして――
片目に眼帯をつけた大柄な男、ガルディアだった。
「お前たち、ここで何をしている?」
ガルディアが鋭い視線を向けた。
「お前たちこそ、何してるんだ?」
ランスが鋭い視線で問い返す。
「ゴホンッ。ガルディアさん、こちらの方々はオルト様のお仲間の方々です。無礼はお控えください」
マニエールが静かに声をかける。
「……わかった」
ガルディアは渋々といった様子で一歩下がった。
マニエールはそれを確認すると、改めて口を開く。
「私たちはここへ、行方不明になった仲間を探しに来たのです」
「行方不明に……。よろしければ、誰がいなくなったのか教えていただけますか?」
カレンが問いかける。
「ええ。一人は私の部下、ジュリア。もう一人はガルディア隊長の部下、ティル兵士です。二人とも、ちょうど一週間ほど前に突然姿を消しました。」
マニエールが答える。
「……で、なんでこの山に?」
ランスが眉をひそめる。
「ジュリアの魔力の痕跡を追ってきたのです。」
マニエールが説明した。
「俺もだ。ティルの魔力の反応を辿ってここまで来た。」
後ろにいたガルディアが重い声で続ける。
「その道中で、たまたまガルディア隊長と鉢合わせましてね。偶然にしては出来すぎていると思い、一緒に捜索しているというわけです。」
マニエールの口調は慎重だった。
「それは大変ですね……」
ハンナが同情のこもった声をかける。
「それで……あなた方は、なぜこの山に?」
マニエールが逆に問い返した。
「俺たちは、この山に魔界へ繋がるゲート開いていて来たんです。」
ハルが真剣な表情で答える。
「なっ……!」
ガルディアが思わず息を呑んだ。
「そうでしたか……」
マニエールの顔に複雑な色が浮かぶ。
「確かに、この山は魔力が集まりやすく、魔界のゲートは開きやすいのですが……突然開いたものは魔力が極めて不安定で、安全性などほとんどないのです。最悪の場合、通った者は命を落とすことさえあります。まさか……ジュリアさんは、魔界へ戻るために……ここへ――?」
マニエールが沈痛な声でつぶやく。
「だったら、そのジュリアさんとティルさんって人を探すの、私たちも手伝います!」
ハンナが力強く声を上げた。
「……よろしいのですか?」
マニエールが驚いた表情で振り向く。
「どうせ、この山は調べるつもりでしたから!」
ハンナはまっすぐ前を見つめながら、きっぱりと言い切った。
「……まぁ、確かにそうですね」
ハルが小さく頷く。
「それじゃあ、三手に分かれて探しましょう。」
カレンが冷静に提案した。
1チームはカレン、ガルディア、ハンナ。
2チームはランスとカンナ。
そして3チームはハルとマニエールに分かれた。
「やっぱり、顔を知ってる人をそれぞれ入れた方がいいですもんね!」
ハンナが頷きながら言う。
「それでは、皆さん。よろしくお願いします。」
マニエールがきりりと声をかける。
「はい!」
全員が力強く返事をした。
こうして、ハルたちはジュリアとティルの捜索を開始した。
◇◇◇
ハルとマニエールはルイナ湖の近くを捜索していた。
「なんで急にいなくなったんだよ!!」
ルイナ湖のほとりで、怒鳴る声が響いた。
ハルとマニエールが近づき、茂みに身を隠して様子をうかがう。
「誰かいるようですね……」
マニエールの言葉にハルは黙って頷いた。
視線の先には、オレンジ髪の青年と赤紫の髪をした女性が向かい合い、険しい表情で言い争っている。
「あれは……グエールさんとジュリアさん……」
マニエールが小さくつぶやいた。
「仕方ないってどういうことだよ!みんな心配してるんだぞ!!」
グエールが声を荒げる。
「もう……ダメなのよ。あそこにいたって、目的なんて果たせないわ……。」
ジュリアが悲しそうに視線を伏せた。
「目的ってなんだよ!?俺たちは魔人奴隷を解放するのが目的だったんじゃないのか!?」
グエールが必死に問いかける。
「……違うの……。私の本当の目的を叶えてくれる人に出会ったの。だから……邪魔しないで!」
ジュリアは震える声で言うと、手をかざした。複数の魔法陣が空中に浮かび上がり、そこから伸びたピンク色のロープがグエールの体を絡め取る。
「ジュリア!!俺たちは仲間だろ!!」
グエールが声を張り上げる。
「もう……仲間じゃないわ。」
ジュリアは視線を逸らし、悲しそうにつぶやいた。
「……それは許しませんよ。」
茂みからマニエールが一歩前へ出る。
その後ろにハルも続いた。
「マニエールさん……」
ジュリアの声がわずかに震える。
「ジュリアさん。あなたは私たちの大切な仲間です。……一緒に帰りましょう。」
マニエールは穏やかな笑顔でそう告げた。
「……マニエールさん、ごめんなさい。あなたには、本当に感謝しているの。だけど……もう、あなた達と一緒にいても意味がないのよ。」
ジュリアは悔しそうに拳を握りしめ、視線を逸らす。
「ジュリアさん……その目的はこの山で開かれる不安定な魔界のゲートを通って、魔界へ戻ることですか?」
マニエールが静かに問いかける。
ジュリアはしばらく黙っていたが、やがて決意のこもった目でマニエールを見つめた。
「違うわ……私の目的は.....人間界と魔界を、ひとつにすることよ」
その言葉に、場の空気が凍りつく。
「それが叶えられないなら……あなた達と一緒にいる意味なんて、もうないの。」
「ジュリアさん……それは……」
マニエールの表情が苦しげに歪む。
「ジュリア!そんなことしたら人間界がどうなるか分かってるだろ!?俺たちは確かに人間に酷い目に遭わされたけどよ、助けてくれたのも人間だったじゃねぇか!!」
グエールが必死に叫ぶ。
だがジュリアはわずかに笑い、振り返らずに呟いた。
「ふふっ……そんな簡単に許せるわけないでしょ?」
そして身を翻し、そのままルイナ湖の奥へと走り去っていった。
「おい!待て!!」
グエールがもがきながら声をあげる。
「マニエールさん!これ、取ってくれ!!」
グエールの体を縛っていたロープをマニエールが素早く切る。
「追いかけましょう!」
ハルの言葉に、マニエールとグエールは力強く頷き、3人でジュリアの後を追いかけて走り出した。
◇◇◇
一方その頃、カレン、ガルディア、ハンナのチームは、ハルたちとは逆方向を捜索していた。
「あ!! あれ、見てください!」
ハンナが何かを見つけ、指をさして知らせる。
「あれは……何かの遺跡かしら。」
カレンが目を細めてつぶやく。
そこには古びた石造りの建物が建っていたが、長い年月で風化し、あちこちが崩れ落ちていた。
「もしかしたら、中に誰かいるかもしれません!」
ハンナが期待を込めた声で言う。
「よし、行こう。」
ガルディアが短く言い、先頭に立って建物の中へと足を踏み入れる。
「ちょっと! ちゃんと警戒しながら進むのよ!」
カレンが慌てて後を追いながら声をかけた。
中へ入ると、人が二人ほど並んで歩けるくらいの狭い通路が続いていた。
「結構、奥が深いのね……」
カレンが小さくつぶやく。
「なんだか洞窟みたいですね……」
ハンナが少し楽しそうに笑う。
そのとき――
ガチン。
先頭を歩いていたガルディアが急に立ち止まった。後ろを歩いていたハンナが、その勢いでガルディアの鎧に頭をぶつける。
「いてっ……! どうしたんですか、急に止まって?」
ハンナが眉をしかめて尋ねる。
「……この先に、誰かいる。」
ガルディアが低い声で答えた。
「えっ……お仲間さんでしょうか?」
「分からん。ただ……魔力は、似ている。」
「じゃあ、急いで行きましょう!」
ハンナが前をうながす。
「ああ。」
ガルディアも頷き、再び進みだした。
しばらく歩くと、視界が開け、広い部屋にたどり着いた。
ガルディアたちが足を踏み入れたその瞬間、暗闇だった部屋に一斉にあかりが灯る。
「待っていましたよ、皆さん。」
部屋の中央に立っていたのは、仮面をかぶった一人の男だった。
体は痩せ細り、背中からはまるでコウモリの翼のようなものが生えている。今にも崩れそうなほど弱々しく見えるが、その身体から放たれる魔力は異様に強かった。
「あなたは誰?」
カレンが鋭い声で問いかける。
「ははは……それはそこの眼帯の男に聞いたらどうですか? ねぇ、ガルディア隊長。」
男はにやりと笑いながら、指でガルディアを指した。
ガルディアは目を細め、眉間に深いしわを寄せる。
「……お前は……ティルなのか。」
「正解っ!!」
男は楽しげに叫ぶと、ゆっくりと仮面を外した。
そばかすが浮かぶ、まだ若さの残る顔があらわになる。
「えっ……この方がティルさんなんですか!? 良かった……私たち、ずっとあなたを探してたんですよ!」
ハンナが安心したように声をかけるが――
「待て……」
ガルディアが、思わず駆け寄ろうとしたハンナを片手で制し、低く問いかけた。
「ティル、お前……魔人だったのか?」
「ええ、ガルディア隊長。ずっと黙っていてすみませんね。」
ティルは相変わらず飄々とした笑みを浮かべていた。
「……別にいい。だが、なぜ急に姿を消した。」
ガルディアの声がさらに低くなる。
「ははっ。理由なんて単純ですよ。もう、イゼルディア王国にいる意味がなくなったからに決まってるじゃないですか。」
「……どういう意味だ。」
ガルディアが眉をひそめる。
「そのままの意味です。ギウルさんも捕まったし、国王も役に立たない。アストン王は魔力飴を封じようとしている……」
ティルは肩をすくめるように言った。
「おい……何を話している……?」
ガルディアがさらに問い詰めようと、一歩踏み出した。
「ん? ああ……イゼルディア王国に魔力飴を流したのは、俺ですよ。魔王様のご命令でね。」
ティルはまるで他愛のない話をするかのように、軽く笑って答えた。
「貴様……」
ガルディアの目に怒りが走り、ゆっくりと背中の大剣に手をかける。
「待ってください、ガルディア。」
カレンが静かに制止した。
「……それで。あなたはなぜここへ来たのです? この遺跡で何をするつもりなんですか?」
カレンが一歩踏み込んで問いかける。
「それはですね……」
ティルは少しだけ表情を変え、口元に笑みを深く刻む。
「もうすぐ、魔王様が世界を統一なさいます!ですので、そのお力になるためにも、この山の封印を解きに来たのですよ。」




