53.本当の目的
パチッ――
まぶたの隙間から、ぼんやりとした薄明かりが差し込む。オルトはゆっくりと目を開けた。
ガチャン――
ジャラジャラ……
重く鈍い音が、静寂を切り裂く。
「……目が覚めたと思ったら……なんでまた、こんな場所にいるんだよ……」
低く呟くように言いながら、オルトは冷たい石の床に腰を下ろす。無骨な鎖が彼の両手首に絡みつき、その重みが容赦なく存在を主張していた。
周囲はうす暗く、灯りはほとんどない。湿った空気がじっとりと肌にまとわりつき、奥底から不快感を引き上げてくる。
オルトは黙って鎖を見つめたまま、静かに息を吐いた。
「ヒヒヒッ……おやおや、お目覚めですか。オルト様」
気味の悪い笑みを浮かべながら、白衣の男――タルールが薄暗い牢の奥から現れた。
「……タルール。ここはどこだ?」
オルトは低く唸るような声で問いかける。
「ヒヒヒ……ここは、オルダナ王国の地下牢獄でございます」
「……なんだと?」
オルトの眉がぴくりと跳ね上がる。
「ヒヒヒ……オルト様。なぜあの子、エルがあんなにも簡単にあなたのもとへたどり着けたのか……お分かりになりますか?」
タルールがにやにやと嘲るように尋ねる。
「――答えは単純です」
コツコツコツ……
冷たい足音が、地下牢の階段をゆっくりと降りてくる。
やがて姿を現したのは、薄い青の髪を持ち、聖教服に身を包んだ男だった。
「……お前は……教皇アント……」
オルトの視線が鋭く光る。
アントは、冷ややかにオルトを見下ろし、無感情に声を発した。
「――計画は順調に進んでいますか?」
「ええ、しっかりと」
タルールが卑屈に笑いながら頷く。
「計画……? おいアント、お前……何を企んでいる……?」
オルトは鎖をきしませながら、にらみつける。
「魔人を憎んでいたはずだろう、お前は……!」
「ええ――憎んでいますとも。」
アントは静かに、しかしぞっとするほど冷ややかな声で答えた。
「……なら、なぜタルールに手を貸す?」
オルトが鎖を引き、低く唸るように問いただす。
アントの薄い青い瞳にわずかに狂気めいた光が走った。
「――カイール神の予言を、成就させねばなりませんから。」
「予言だと……?」
「そうです。カイール神は四年前に啓示をくださったのです。」
アントはゆっくりと息を整えながら続ける。
「黒き闇が世界を襲い、全てを壊すだろう。しかし、その底から金色の光が現れ、暗闇を払うだろう――と。」
アントは予言を口にしたあと、じっとオルトに視線を向けた。
「――あなたには、黒き闇になっていただきます。」
その言葉に、オルトの目が見開かれる。
「……何を言ってやがる……?」
低く押し殺した声で問い返すオルトを、アントは冷たく見下ろしたままだった。
するとタルールがくぐもった笑い声をあげた。
「ヒヒヒ....ジュウゴ、来なさい。」
タルールの呼びかけに応え、物陰から現れたのはジュウゴだった。
「彼に、これを。」
タルールが差し出したのは一本の注射器。光を受けて鈍く黒く輝いている。
「……はい……」
ジュウゴは迷うように一瞬だけ視線を泳がせ、それでも震える手で注射器を受け取った。
ガチャン――
冷たい金属の音とともに、ジュウゴがオルトの牢の扉を開けた。
「……何をするつもりだ」
オルトが低く唸るように問いかける。
ジュウゴは悲しげに顔を伏せたまま、小さくつぶやいた。
「……すまない……」
その声と同時に、ジュウゴは震える手でオルトの首元に注射器を突き立てた。
「ぐっ……!」
焼けるような痛みが一瞬にして走り、オルトの視界はぐわんぐわんと揺れ始める。
「ヒヒヒ……オルト様。二つの世界を……ひとつにするのです。」
タルールの歪んだ声が遠くで響いた。
――バタッ。
オルトは床に崩れ落ち、そのまま深い闇に沈んでいった。
◆◆◆
一方その頃――。
ハルたちはついにアルファ国へと辿り着いていた。
「見てください!あそこに村が!」
ハンナが明るい声で指をさす。
ハルはその先をじっと見つめ、わずかに表情をゆるめた。
「……サント村です。俺の育った場所です。」
そう静かに答えたハルに、ハンナはぱっと笑顔を見せる。
「えっ、じゃあ早く行きましょう!」
そう言ってハルの手を取ると、そのまま村の中へと足を踏み入れた。
すると――
「ハル兄!?」
お下げ髪の少女が、目を大きく見開いて立ち尽くしている。
「……ヒナ。」
ヒナは涙をいっぱいに浮かべたまま、ハルに飛びつくように抱きついた。
「もうっ……!帰ってくるの、遅いよ……!」
震える声に、ハルは優しく微笑んでそっと頭を撫でる。
「ごめん……いろいろあってな」
そう答えるハルの顔は少しだけ切なげだった。
「……あれ? オルト様は?」
ヒナは腕を離し、心配そうにきょろきょろと周りを見渡した。
「師匠は……今回は一緒に来れなかったんだ。」
ハルはわずかに眉を寄せながら答えた。
「えぇーーっ!残念……。ねぇ、今度はぜーったい顔見せてって言っておいてよね!」
ヒナの言葉に、ハルは少しだけ複雑そうに笑いながらも頷いた。
「それで……そちらの方々は?」
ヒナがハンナたちに目を向けて尋ねる。
「初めまして。私はハンナと申します。あなたは……ヒナちゃん、で合ってるかな?」
ハンナが優しく微笑んで言うと、ヒナはにこっと笑って頷いた。
続けてランスとカレンも自己紹介を済ませると、ヒナは目を輝かせて言った。
「へえ〜!!すごいじゃんハル兄!勇者なんて!」
「それで……確か、マルア山に用があるんだよね?」
ヒナが少し不安そうな表情で小さくつぶやいた。
「何かあったのか?」
ハルが問い返す。
「ううん、別に何かあったわけじゃないんだけどね。ハル兄たちが来る少し前に、ガタイのいい眼帯の男の人と、銀髪で綺麗な男の人、それからピンク髪の女の子の三人組が村に来てさ。マルア山に行きたいって話してたの」
ヒナは少し考え込むようにして続けた。
「悪い人たちじゃなさそうだったけど……なんか人探ししてるみたいだったよ。オレンジ髪の男の人と、赤紫の女の人を見なかったかって聞かれて」
「それで、ヒナはなんて答えたんだ?」
ハルが確認する。
「うん。そんな人見たことなかったから、『わからないです』って答えたよ」
「一体、何者なんでしょうね……」
ハンナが不安そうに呟く。
「……とにかく、マルア山へ向かおう」
ハルが決意を込めて言う。
そして、一行はマルア山へと足を進めた。




