49.優しい声音 ※
少し、センシティブシーンがあります。
――ナルシア王国の地下にある魔人監獄
パイプの中にいるヘンリーが小さく呟いた。
「……僕、友達を探しに来たの……」
「友達? ここには魔人しかいないが...まさか、魔人に友達がいるのか?」
オルトは首を傾げながら聞いた。
「うん……ヤジルっていう、角の生えた魔人……」
ヘンリーは伏し目がちに答えた。
「ああ、あいつか……」
オルトが思わず声を漏らすと、ヘンリーはぱっと顔を上げ、目を見開いた。
「知ってるの!?」
「向こうの、服の山で寝てるよ」
オルトが顎で指し示すと、ヘンリーの顔に安堵が広がった。
「よかった……無事だったんだ……」
小さく震える声だった。
「……お前の父親は、魔人を随分嫌っているように見えるが……どうやってヤジルと知り合ったんだ?」
オルトが不思議そうに問う。
「今から十三年前まで、ランドール夫妻という方々がいらっしゃってね。とても優秀な魔法使いだったんだ。父様も、その二人の知恵を頼りにして、よく相談していたんだよ。」
ヘンリーは少し遠くを見るように語り出した。
「それで……ランドール夫妻は、魔人奴隷や闘技場の存在にずっと反対してくれてたんだ。そのおかげで、一時期は魔人奴隷制度もだいぶ緩和されていたんだよ。僕も、たまにランドール夫妻の屋敷に遊びに行かせてもらってて……そのときに保護されていたヤジルと友達になったの。」
ヘンリーの声はかすかに震え始め、裾をぎゅっと握りしめる。
「ヤジルはね……僕がよく、女の子みたいだっていじめられてた時も、ずっと守ってくれてたんだ。でも……」
ヘンリーの瞳にうっすら涙がにじむ。
「ランドール夫妻は、魔人の襲撃で……殺されてしまって……それからヤジルも、ずっとこの城の地下に閉じ込められたままで……」
潤んだ瞳でヘンリーがつぶやく。
「それで……お前はここに、ヤジルが無事か確かめに来たんだな」
「うん……」
小さく頷くヘンリー。
「このパイプ、外へ繋がっているのか?」
オルトが視線を向けると、ヘンリーは頷きながら答えた。
「うん……でも、魔人はこの中に入れないように、魔法の結界が張られてるんだ」
「用意周到だな...」
オルトが渋い顔でつぶやく。
「なあ……お前に頼みがある」
「何?」
「ハルに、俺がここに閉じ込められてるって伝えてくれないか」
「……それは……」
ヘンリーが不安そうに下を向く。
「誰がお前を助けたと思ってる?」
オルトが低く、鋭い声で釘を刺すと、ヘンリーは小さく震え、そして覚悟を決めたように顔を上げた。
「……わかった!!」
力強く答え、ヘンリーはパイプの奥へ姿を消した。
オルトは深いため息を吐き、荒れた部屋の中を改めて見渡す。
◇◇◇
一方その頃
ハルはベッドに腰かけながら、そっと赤い魔法石が埋め込まれた指輪に触れた。
「師匠は、どこに案内されたんだ……?」
小さく呟く。しかし指輪からは何の反応もない。
(……おかしいな、繋がらない……)
ハルは眉間に皺を寄せ、立ち上がるとドアノブに手をかける。
ガチャ――。
「開かない……?」
何度もノブを回すが扉は微動だにしない。
(閉じ込められたのか……)
嫌な予感がした。
ハルは魔力をこめて扉を破ろうとするが、魔法は封じられたかのように発動しなかった。
さらに剣で切りつけても、扉は水を切るように何の手応えもない。
「……なんだ、この扉は」
苛立ちと不安を抱えながらも、ハルは考え続けた。
数時間が経った頃――
コンコン。
廊下からノックの音がした。
「誰ですか!」
ハルの問いに、か細い声が返る。
「あの……僕はヘンリーです」
「ヘンリー……?君はこの扉を開けられるのですか?」
「え……うん、開けられるけど」
ガチャ、とヘンリーが鍵を回すと、あっさり扉が開いた。
「どうしてあなたがここに?」
ハルが問い詰める。
「オルトさんに頼まれたんだ」
「師匠に……!?今どこにいるんですか!」
青い瞳に焦りが宿る。
「……地下の、魔人たちの監獄にいるんだ」
「な……!」
ハルが身を乗り出した瞬間、足音が響く。
「ヘンリー様、勝手な行動はおやめください」
執事が静かに立っていた。
「たなたがが、師匠を監獄に閉じ込めたのですか」
ハルが鋭い声を飛ばす。
「ええ。魔人は魔人のいるべき場所に案内しただけです」
ハルの眉が釣り上がる。剣に手をかけたそのとき――
「待って!」
ヘンリーが執事の前に立つ。
「オルトさんのところまで案内させて欲しい!お願いだ!」
「ヘンリー様……」
「責任は僕が取る!」
執事は眉をひそめたまま深くため息をつく。
「あなたは、どこまでお優しいのですか……」
そのとき、さらに気配が変わる。
「何をしているのかしら?」
凛とした声が響き、王女が姿を現した。
「お母様!」
ヘンリーが安堵の顔を見せる。
「まあ……また勝手に出歩いて。いいわ、あとは私が話すから」
王女が落ち着いた声で執事に告げる。
「……失礼しました」
執事は渋々と身を引き、最後に鋭い視線をハルに投げてから去っていった。
「ありがとう、お母様!」
王女はそんな息子をそっと撫でた。
そして、ハルに目を移した。
「ハル……」
優しい声で王女はハルの名を呼び、その瞳に決意を宿しながら静かに口を開いた。
「あなたを別の家に預けたのはね、ハル……あなたの魔力があまりに強すぎたからなの。」
ナタリーは静かに続けた。
「あなたを預けたランドール夫妻は、とても優秀で、信頼できる魔法使いだったわ。だから……あなたの暴走する魔力で命を落とさないように、あの人たちに託したの。」
「国王も彼らを信頼していた……。彼らがいてくれたおかげで、長年ナルシア王国で続いていた魔人奴隷制度も少しずつ解消されていったの。」
「でも……十八年前、ランドール夫妻は魔人の手で殺されてしまった。……そしてあなたも、もう死んでしまったのだと思っていたわ。
……その悲劇のあと、国王は……あなたの父は、魔人たちへの憎しみを強くするようになってしまったの」
ナタリーの声が震える。
「お母様...」
ヘンリーはそっと王女の手を握りしめた。
「……だからといって、罪のない魔人たちを召喚して監獄に閉じ込めるなんて……正しいことだと、本当に思っていたんですか?」
ハルが静かに問いかける。
ナタリーは小さく肩を震わせ、目を伏せた。
「……止められなかったのよ……。私も……あのときは同じように、魔人を恨んでしまっていたから……。」
掠れる声でそう言うと、そっとヘンリーに視線を移した。
「だけどね……ヘンリーが何度も私に、そして国王に訴えてくれたの。
“魔人は悪い人たちばかりじゃない”って……。」
優しくヘンリーの頭を撫でる。
「その言葉に……私も少しずつ気づかされたの。
私たちがしていることが……どれほど残酷で、間違っていたかを……。」
ナタリーはしばらく黙ってハルを見つめ、その瞳の奥を確かめるようにじっと見据えた。
そして、静かに微笑んで小さく呟いた。
「……助けたいのでしょう?」
ハルは真剣な眼差しで頷く。
「はい」
ナタリーはその答えに深くうなずき、優しくヘンリーに目を向けた。
「わかりました。ヘンリー……お願いね。」
「うん!」
ヘンリーは嬉しそうに返事をした。
「...感謝します」
ハルは王女に小さく頭を下げ、ヘンリーの後について行った。
ヘンリーに導かれ、城の外のパイプ前に着いた。
「こっちだ、僕についてきて!」
コツンコツン
薄暗いパイプを抜けると、監獄の中が見えた。
「君はここで待ってて」
だがハルの目に飛び込んだのは――
ヤジルがオルトの腹に手を突き立てる姿。
「師匠……!!」
ハルは血の気が引いた。
オルトがゆっくりと崩れ落ちる。
ハルは急いでオルトの元へ向かおうとするがヘンリーに止められる。
「今は、父様が来てるかもしれない!まって!」
「離せ!」
ハルはヘンリーの制止を振り払って駆け出した。
「師匠!!」
声を張り上げ、血まみれのオルトをそっと抱き抱える。
「お前……来てくれたか……」
オルトがかすれた声で微笑む。
ハルは涙を堪えながら氷魔法で止血する。
すると、監獄の上から響く声。
《ハルよ。なぜそこにいる?》
「……国王様ですか」
《そうだ。危険だから戻りなさい》
「なぜ、こんなことをするのですか……!」
震える声で問いかけるハル。
《魔人は人間を奪い、私の大切なものを奪った。それが罪だ》
「関係のない魔人まで……巻き込むのですか!?」
《血は争えない。魔人は、いつかまた人間を襲う。だから先に減らすのだ》
「……何を言ってるんですか……」
涙がにじむハルの瞳に、国王の声が突き刺さった。
「ゴホッ、ゴホッ……」
オルトは苦しそうに咳き込み、血を吐いた。
「師匠!!」
ハルが顔色を変える。
「……心配すんな。ヤジルに……俺がやれって頼んだんだ」
かすれた声でオルトが言う。
「なんで……そんなこと……」
ハルは震える声で問いかけた。
そのとき――
ガチャ
監獄の扉が開き、一人の兵士が入ってくる。
「ハル様。お迎えに参りました」
だがハルは、オルトをそっと抱え上げると兵士を睨みつけた。
「師匠に……俺に触れたら……全員殺す」
低く響く声に、兵士の足元がみるみるうちに凍りついていく。
ハルからあふれだす魔力に、誰も近づけなかった。
そしてハルはオルトを抱えたまま、監獄を後にした。
◆◆◆
リアンの店
ガラガラッ
扉を開けた瞬間、ハンナが駆け寄ってくる。
「ハルさん!! オルトさん……どうしたんですか、その傷は!?」
「治療をお願いします!!」
ハルは短く言って、ベッドにオルトを寝かせた。
「すぐに処置します!」
ハンナが素早く準備を始める。
ハルはずっと、オルトの手を握り続けていた。
***
翌朝
「……朝か……」
オルトが個室のシングルベッドの上で目を覚まし、そっと体を起こすと、ハルが眠ったまま自分の手を握っていた。
「ハル……」
その寝顔を見つめ、オルトは優しく微笑んで頭を撫でた。
パチッ
ハルの青い瞳が開く。
「師匠......目が覚めたんですね」
「おう!お前が来てくれて助かった」
「……なんでヤジルにやらせたんですか...」
ハルは少し苦しそうな表情を浮かべながら聞く。
「.......あの国王様が来てさ、どっちかが死ぬまで戦えって命令しやがったんだよ。もし命令を聞かなきゃ、部屋中に毒ガスを撒くって脅してきてな……。だからヤジルに、急所を外して腹を刺させて、死んだフリでもしようと思ったんだ」
飄々と説明するオルト。
「でも……師匠が傷つくのは嫌です……」
下を向くハルに、オルトは笑って頭をくしゃっと撫でる。
「はぁ……もうやらねぇよ。お前にそんな顔させるくらいならな」
「……約束ですよ?」
ハルは、頭を撫でていたオルトの手をそっと握り、かすかに声を落としてつぶやいた。
「……おう、約束する。」
オルトは優しく笑い、額をそっとハルの額に重ねて目を閉じた。
ハルはその顔をじっと見つめ――
ちゅっ。
「なっ!?お前、急に何すんだよ!」
突然キスをされたオルトは、慌てて口を押さえながら叫んだ。
「師匠が誘ってくるから。」
「はぁ!?誘ってねーよ!!……んぐっ!」
ハルは騒ぐオルトの口を手で押さえ、そのままベッドに押し倒した。
「しー……まだみんな寝てるんですから、あんまり騒ぐと起きちゃいますよ。」
そう囁くと、手をオルトの口から離した。
「俺を泣かせた罰です。」
小さくそう呟いて、ハルはオルトの首筋に顔を埋める。
「なっ……くすぐってぇよ、ハル……」
ちゅっ。
「いたっ……お前、何してんだ?」
オルトの首元には、小さな赤い跡が残っていた。
それを見たハルはニヤリと満足そうに笑う。
そしてオルトの顔を両手で包み込み、強引に口づけた。
「んーーーっ!!」
オルトは慌ててハルの背中をドンドンと叩いたが、ハルはまるで動じない。キスはどんどん深くなる。
「んっ...ちょっ...ハル....」
(こいつ……上手くなってやがる……)
徐々にオルトの体の力が抜けていく。
ちゅっ。
しばらくたち、ハルはそっとオルトの下唇を舐めてから唇を離した。
「……はぁ、はぁ……お前……長すぎんだよ……」
少し睨むように言うオルトに、ハルは黙ったまま、青い瞳をギラギラと輝かせながら見つめてくる。
「……?お前、どうしたんだよ。」
オルトが不安そうに問いかけた、その時――。
ドンッ
バタンッ
突然扉が乱暴に開いた。
「どうした!?」
オルトがハルを無理やりどかし、身を起こす。
「大変なんです!!」
ハンナが叫ぶようにして部屋に飛び込んできた。
だが、オルトが目を覚ましているのに気づき、
「あっ……オルトさん、目が覚めたんですね! よかった……!」
と、安堵の笑顔を浮かべて声をかけた。
「ああ。さっきな...それで、大変って……何があった?」
オルトが再び聞くと、思い出したようにハンナが語り出した。
「そ、それが……昨夜、ナルシア王国のお城でクーデターが起きたそうなんです!!」
ハンナの言葉に、オルトは目を見開いた。
「なに……クーデターだと!?」
「一体誰が起こしたんですか?」
ハルも鋭い声で問いかける。
「それは……」
「……それは、この国の第一王子、トーマスだよ」
不意にハンナの後ろからヘンリーが顔を出した。
その後ろには、二本の角の生えた魔人ヤジルが腕を組んで立っている。
「お前ら……なんでここに?」
「君たちが監獄を凍らせてくれたおかげで、何人かの魔人たちが逃げられたんだ。
でもすぐにクーデターが始まって……僕が殺されそうになったところをヤジルが助けてくれて……」
ヘンリーは悔しそうな表情を浮かべながら話した。
「それで、身を隠す場所を探していたら……ヤジルがここなら、オルトさんの匂いがするって言って、入ってみたらハンナさんたちがいて、事情を話したら匿ってくれたんだ」
ヘンリーはハンナと目を合わせて微笑みあった。




