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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第6章 コンゴ独裁国家と新魔力飴
40/60

40.裏山の洞窟に潜む礼拝堂

「――着いたわ」


ミカゲツが立ち止まる。


そこは、岩壁に囲まれた空間だった。天井から漏れる薄明かりに照らされ、中央には異様な存在感を放つ巨大な像が鎮座していた。


全身が深紅に染められたその像は、威圧感と神秘性を併せ持ち、目を逸らすことを許さない。


だが――


「……これは……っ」


オルトは像の顔を見上げたまま、言葉を失った。


「気づいたかしら?」


ミカゲツが柔らかく微笑む。


「あなたに――そっくりでしょ?」


確かに、その像の顔立ちはオルトによく似ていた。切れ長の瞳、通った鼻筋、そしてわずかに吊り上がった口元。


ただひとつ違うのは――


右頬に刻まれた、深く醜い切り傷。


それはまるで、穢れを刻むかのように像の美を壊していた。


「この像が祀られている神の名は――競走の神、クシエラ」


ミカゲツが歩を進め、像の足元に手を添えた。


「そして……彼にはもう一つの名があるの」


ミカゲツが視線をオルトに向ける。


「破壊の神、アジュール。」


その名を聞いた瞬間、オルトの表情がわずかに強張った。


「……アジュール……」


眉間に深く皺を寄せ、過去の記憶を呼び起こそうとするかのように、低く呟く。


「……お前たちは……こいつの命令で動いてたってのか?」


オルトがゆっくりと問いかける。


ミカゲツはふっと笑った。


「そうよ。この国は――この世界で唯一、アジュール様が創り、育て、今も見守っている国なのよ。」


神像の赤い瞳が、不気味な光を帯びてこちらを見ている気がした。


「アジュールは――今どこにいる?」


オルトの声は低く、感情を抑えたつもりでも、その奥底には怒りと焦燥がにじんでいた。


「まあ……本当に知り合いだったのね」


ミカゲツは唇を緩め、扇で口元を隠しながらくすくすと笑う。


「どこにいるんだ、アジュールは!!」


オルトは荒々しくミカゲツの両肩を掴んだ。

その瞬間、彼の目に血の気が宿り、鋭く燃えるような眼光がミカゲツを貫く。


――バッ!


「貴様!!ミカゲツ様に向かってその態度は何だ!!」


サイがすかさずオルトの両腕を後ろに回して強く縛り上げた。


「ふふ……落ち着いてちょうだい。そんなに取り乱すなんて、よほど因縁深い相手なのね?」


ミカゲツは微笑んだままゆっくりと扇を閉じる。


「アジュール様は――この世界を渡り歩いている神。今どこにいるのかは、私にも分からないわ」


「……」


「でもね、彼は常に私に――この国に――啓示を送ってくださるの」


そう言って、ミカゲツはそっと自身の着物の胸元に手を添えた。


布が滑るように落ち、静かに肌が露わになる。


「……まさか……その印は……!」


オルトの目が見開かれる。


ミカゲツの胸元には、禍々しい紋章が刻まれていた。

魔人しか刻むことのできない呪印――奴隷の紋章スレイブ・マーキング

それは、刻まれた者が主の意に背いた時、肉体が暴走し、自壊するという禁忌の印。


「ここから、アジュール様の意思が私に届くの」


ミカゲツはその紋章をそっと撫でた。


「その紋章……いつから入れられているんだ?」


オルトが問いかけた。


「……二十年前。私がまだ五歳だった頃よ」


ミカゲツは、唇をかすかに歪めて微笑んだ。


「その頃、アジュール様が――この国に“肉体を持って”降臨なさったの。まだ子どもだった私を、彼は“気に入った”と言ってくださって……この紋章を、授けてくださったの」


オルトはその言葉を聞いた瞬間、眉間に深い皺が刻まれ、瞳には鋭い光が宿る。


「……二十年間も……お前は、その苦痛に耐えてきたのか」


オルトの声が低く揺れる。


奴隷の紋章――それはただ、逆らえば命を落とすという単純な契約ではない。毎夜、夢の中で自我を切り刻まれる痛みを伴う。その痛みは、まるで現実そのものと一体化しているかのようで、ただ眠る事さえも許されなくなる。


――そして、それは、魔界においても最も重い罪人のみに刻まれる、最下級の烙印だった。


「……」


ミカゲツは目を伏せたまま、静かにまつげを震わせる。その沈黙が、否応なく彼の痛みと空白を語っていた。


オルトは、黙ってミカゲツの横顔を見つめ呟いた。


「お前は……本当に、この国がこのまま魔人の国に成り果ててもいいと思ってるのか?」


その問いは、鋭さと、そして――痛みの伴った真心を孕んでいた。


ミカゲツの肩が、小さく揺れた。


パタパタパタ


突然、祭壇の奥、薄暗い帳の向こうから、小さな足音が駆け出した。ひとり、またひとりと現れたのは、5人の子どもたちだった。


「ミカゲツ様!」


その姿に、オルトの目が見開かれる。


「……おまえたち...隠れていなさいと、言ったでしょう……!」


ミカゲツの声に、焦りと、どこか痛みがにじむ。


だが、子どもたちの中のひとり――小さな少女が、ミカゲツの着物の袖をぎゅっと握りしめながら言った。


「だって……ミカゲツ様が、悲しそうな顔してたから……」


「……」


ミカゲツは何も言えず、静かに目を伏せた。


オルトは子どもたちの姿を見つめる。


「おまえたち……その姿は……」


ある者は鬼のような面差しを、またある者は翼や牙を持っていた。見慣れたはずの“魔人”の特徴──尖った耳、瞳の色、角や肌の色。だが、目の前にいた子供たちの姿は、どれもそれとは違っていた。どの子も、その姿は中途半端で、まるで人間と魔人の狭間に閉じ込められたようだった。


ミカゲツは静かに語った。


「……この子たちは、元は人間だったの」


「タルールが、“魔力飴”を使った実験で……“失敗作”として捨てた子たちよ。行く場所も、帰る場所もない。人間にも、魔族にもなれない姿で……」


ミカゲツは、子どもたちの頭に優しく手を置きながら言った。


「だから、私は……この礼拝堂に住まわせているの。誰も来ない、誰にも見つからないこの場所なら……せめて、平穏に生きられると思ったのよ」


子どもたちは、不安そうにオルトを見上げていた。

オルトはただ、黙ってその子どもたちを見つめた。


「サイおじさん!今日も遊んでくれるの?」


ふわふわと羽の生えた幼い子どもが、無邪気にサイの足に抱きついた。それまで厳めしい表情を浮かべていたサイの眉間がふと緩む。


「こらこら……今はお仕事中だ。また後でな」


そう言って、サイは子どもの頭を優しく撫でた。大きな手のひらに、どこか父親のような温もりが宿っていた。サイはそっと腰を屈め、子どもたちの耳元で小さく囁く。


「……なぁ、お前たち、少しだけミカゲツ様を止めておいてくれるか?」


子どもたちは目を丸くしたあと、こくりと頷いた。


「うん、わかった!」


そうして小さな影たちは、一斉にミカゲツの裾へ駆け寄り、わいわいとまとわりつくように抱きついた。


「ちょ、ちょっと!あなたたち、今日はいつもより元気ね...!」


ミカゲツは戸惑いながらも笑みを浮かべるが、身動きが取れない様子だった。


その隙に、サイはオルトの方へと歩み寄った。


そして――


「……なぁ、お前は……アジュール様を止めることができるのか?」


低く、絞り出すような声でサイが問うた。


「……なんだと?」


オルトが一歩身を引き、睨むように見上げる。


「サイ!? なにを……っ!」


ミカゲツが声を上げたが――足元の子どもたちが、まるでタイミングを合わせたように、しがみついて離さない。


「……もし、少しでも可能性があるのなら。どうか、ミカゲツ様を、この国を救ってくれないだろうか」


その声には、長く押し殺してきた本音と願いが滲んでいた。


「――この通りだ」


サイは深く頭を下げ、まるで全てを託すようにオルトに言った。


オルトはゆっくりと息を吐いたあと、低く答えた。


「……分かったよ。どちらにせよ、俺はアイツを止めなきゃならねぇからな.....」


「……感謝する」


サイがそう言って静かに身を引いた。


沈黙が満ちる中、オルトはゆっくりと後ろを振り返り、ミカゲツに声をかけた。


「……それで、お前はどうなんだ?ミカゲツ」


その言葉に、ミカゲツの肩がピクリと震えた。


祭壇の片隅で佇んでいた彼は、うつむき、唇を噛み締めたまま答えずにいた。


やがて――ゆっくりと顔を上げる。


その頬は血の気が失せ、手は強く握りしめられて震えていた。


「……私……私は、この国が好きよ……」


震える声。それでも真っすぐに紡がれる言葉。


「それに……アジュール様は、これまで私たちに多くの恵みを与えてくださった。でも……」


言葉を詰まらせたあと、拳を握りしめ、彼は強く叫んだ。


「もうこれ以上、この子達が...国民が傷つくのは……嫌!」


張り詰めた声に、子どもたちが静かにミカゲツの裾を握る。


「ふっ……それがお前の本音だな」


オルトは、ニヤリと口の端を上げて笑った。どこか頼もしげなその顔に、ミカゲツは一瞬目を見開く。


「なら――まずはアジュールの行方を知ってそうなやつの首の根っこを、ひとつずつ引っこ抜いてやるか!」


オルトがそう言うと、ミカゲツは顔を曇らせながら呟く。


「……でも……私たちが協力できることは、ほんのわずかよ」


「奴隷の紋章のせいか」


オルトが鋭く返すと、ミカゲツは苦しげに顔を伏せた。


「……そう。それもあるけれど、アジュール様は“神”よ。いつ、どこから見ているか分からないわ…もし、この子達に何かあったら...」


ミカゲツが震えながら静かに呟く。


「はぁ…神だからって、四六時中見張ってるわけじゃねえと思うが....」


オルトは頭の後ろをかきながら、気怠そうに返した。


「ま、でも──協力してるのがバレたら、面倒なことにはなりそうだしな。じゃあ、その代わりにひとつ、許可してもらいたいんだが」


「何かしら?」


ミカゲツが小首をかしげて問い返す。


「この国で、自由に魔法を使うことだ」


オルトは口元をわずかに吊り上げ、ニッと笑みを浮かべながら言った。



「ふふっ……ええ、いいわ。それくらいなら」


ミカゲツは少し笑いながら答えた。


「それと……ハルたちのことなんだが、しばらくそっちで預かっててくれねぇか? ほら、お前んとこの城の方が、タルールの連中も手出ししにくいだろ」


「ええ、分かったわ。彼らは私たちが保護しておく」


ミカゲツが頷くと、オルトはわずかに息を吐いて微笑んだ。


「……助かる。じゃあ、まずはタルールの野郎に、“じっくり話を聞く”とするか」

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