31.偽りの姿と新しき王
バンッ!
アストンは、強い魔力を感じる最上階の部屋の扉を勢いよく開け放った。
室内には、黒いフードを深く被った男と、異形の化け物が静かに佇んでいた。
「貴様――何者だ!!」
アストンの怒声が響く。
その瞬間、黒フードの男がゆっくりと顔を上げ、フードを外した。
「兄さん……もう、忘れちゃったの?」
露わになったその顔に、アストンの目が大きく見開かれる。
「ギウル……っ!! お前、たしかに捕まっていたはず……!」
驚愕と怒りが交錯したような声をあげ、アストンは拳を握りしめた。
だが、目の前に立つギウルは、どこか余裕の笑みを浮かべていた。
「兄さん……俺の魔法、知ってるでしょ? 兵士一人に化けるなんて、簡単なことさ」
「……お前……っ」
アストンの拳が震える。だが、隣に立つ異形の存在に目を向けた瞬間、その怒りは困惑に変わる。
「おい、その隣にいる……化け物は、なんだ?」
その姿は一見すれば人間――だが、目は虚ろに濁り、肌は蒼白でどこか不自然に膨れ上がっている。まとっている魔力も、どこか歪だ。
「ふふっ……成功したんだよ。まだ一体だけだけどね」
ギウルの口元に、不気味な笑みが浮かぶ。
「成功? 何の話だ……」
アストンが険しい声で問う。
「……人間か?そいつ」
オルトが目を細め、冷静にその魔力を見抜くように問う。
ギウルの笑みが深まる。
「さすがですね。……やはり、貴方は気づくのが早い」
「人間……? どういうことだ?」
アストンが声を荒げて詰め寄る。
ギウルは一歩、化け物のような“それ”を前に押し出しながら、軽やかに言った。
「兄さん。俺はね、ずっと疑問だったんだよ」
「魔人を召喚するために、どうしていちいち“人間の命”を犠牲にしなきゃならないのかって」
「そんなもったいないこと、する必要ないでしょ?」
アストンは顔を顰めた。
「だから、俺は考えた。――“人間”を“器”にして、“魔人の力”を注ぎ込めばいいって」
「これが、その試作品。まだ不完全だけど、従順さと強さ、そして何より『作りやすさ』は合格点さ」
「……ッ!」
「この国の“新しい未来”さ、兄さん」
その時――
「それはもう、“魔人”でも“人間”でもねぇ。ただの“怪物”だ」
後ろに控えていたオルトが、低く呟いた。
「怪物? 違いますよ……これは“新人類”です」
ギウルは恍惚とした笑みを浮かべながら呟いた。その瞳には狂気とも信仰ともつかぬ光が宿っている。
「なぜそいつに国王を襲わせたんだ!」
アストンが叫んだ。
「俺は――父様の願いもあって、魔人を奴隷にして、兵器として使ってきた。だが、それじゃ効率が悪いんだよ」
ギウルの目が異様に光っていた。
「だから、考えたんだ。人間を魔人のように変えれば、すべてが解決するじゃないか?」
「……っ!」
アストンの拳が震え、怒りに満ちた視線が弟を射抜く。
「だけど……父様はそれに反対した。『人間を魔人なんかにするな』って……!あの人は、いつだって肝心なところで甘かった。だから、邪魔だと思ったのさ」
「ギウル……貴様!! だからって、ここまでする必要はなかっただろう!」
アストンが叫ぶ。
「兄さんは……知らないだろうね。」
ギウルはゆっくりと笑みを浮かべ、だがその目は怒りと憎悪で燃えていた。
「僕は――父様も、兄さんも、大っ嫌いだったんだよ。」
アストンがわずかに眉を動かす。
「父様はいつだって、何かにつけて兄さんを優先した。……“愛する人”との間に生まれた、完璧な兄さんをね。」
言葉に含まれる毒がじわじわと室内を満たしていく。
「僕は、たまたまできた“不要な子供”。感情なんて、最初から持たれてなかった。だからずっと、兄さんの背中を見ながら――父様に首輪をつけられて、生きてきたんだ。」
ギウルの拳がわなわなと震える。
「でも……でもな、これでようやく、自由になれるんだ!!」
その声は喜びと狂気が入り混じった叫びだった。
「誰だ……お前に“魔力飴”の存在を教えたのは?」
ギウルはにやりと笑って、オルトを見つめながら、狂気じみた声で答えた。
「あなたのよく知ってる“神様”だよ」
オルトはその言葉を聞いて目を見開いた。
「神様……?」
アストンが繰り返す。
「そうさ!!すべての世界を統一する、偉大なる神が――僕に真実を教えてくれた!!その導きに従えば、魔力飴なんていくらでも作れるし……あははっ、見てよ兄さん!!これが“進化”なんだよ!」
その瞬間――
「ぐ、はっ……!!」
ギウルが突然、口元を押さえた。
「っ……な、に……が……?」
口から大量の血が溢れ、膝をついたギウルの体が崩れるように倒れ込む。
「ギウル!!」
アストンが叫び、駆け寄ろうとする。
だが、倒れたギウルの背中が、不自然に脈打ち始めた。
「……いやな予感がするぞ」
オルトが、低く警告した。
ギウルの体が、メキメキと不気味な音を立てて変貌していく。
その姿は――かつてミンゼルで見た、あの異形の化け物と同じだった。
「……あれは……」
アストンが目を見開き、言葉を失う。
「魔力飴を食ってたんだな」
オルトが低く呟いた。
「どういうことだ?」
アストンが問い返す。
「人間が、誰かが作った模造品の魔力飴を口にすると……ああなる。魔人でも魔物でもない、異形の化け物になっちまうんだ」
「……なんだと……!?」
「マニエール!!」
オルトが叫ぶ。
「はい!! 皆、戦闘準備を!」
マニエールの号令で、後方に控えていたカンナ、グエール、ジュリア、ドンファンが即座に武器を構える。
――グォォォォォ……!
ギウルの喉から、もはや人のものとは思えない獣じみた唸りが漏れる。
「……まだ、助けられるか……」
オルトが呟いたその言葉に、僅かな希望と迷いが滲んでいた。
「やめろ!俺が責任を持って……俺の手で倒す……!」
アストンが剣を握りしめ、前に出ようとする。
だが、オルトが手で制した。
「いや、今ならまだ――元の姿に戻せるかもしれねぇ」
その声は真剣で、強い意志がこもっていた。
「……本当か?」
アストンの眉がわずかに動く。
「ああ。ただし、隣にいるあの化け物の相手は――お前とマニエールたちに任せるぞ」
オルトはギウルが連れてきた、もう一体の異形を顎で示す。
「……分かった。弟のこと任せたぞ」
オルトは深く息を吸い、前に手を差し出した。
「――《黒の手》」
その言葉と共に、足元に巨大な魔法陣が現れ、黒い霧が渦を巻きながら空間を覆っていく。
ズズズズズ――!
霧の中から現れたのは、無数の黒く禍々しい“手”。
それらが化け物と化したギウルを捕らえようと一斉に伸びていく。
だが――
「グォォォォォォッ!!」
異様な咆哮と共に、ギウルがその手を激しく振り払い、魔法陣が大きく揺れる。
「っ……!こいつ、前に戦った奴とは比べ物にならねぇ……!反発力が桁違いだ!」
オルトは歯を食いしばりながら、なおも魔力を注ぎ込む。
「くそ……仕方ねぇ!」
オルトが叫んだ瞬間――その体が変貌していく。
バキバキバキッ……!
肉体がうねり、耳はさらに鋭く尖り、漆黒の髪が風に逆らうように伸び広がる。そして、その額からは鋭くねじれた角が生え背中から黒い翼が生える――
その姿は、まさに「魔王」そのものだった。
地を這うような重圧が周囲を包み込む。
「――《黒の手・解放》」
オルトの足元の魔法陣が赤黒く脈打ち、眩い閃光を放つ。次の瞬間、先ほどの倍以上の“黒い手”が地面から噴き出すように現れ、暴れ狂うギウルを一斉に押さえつけた。
「グアアアアアッ!!」
ギウルの悲鳴とともに、黒い手は彼の全身を包み込み――
ズズズズッ……
そのまま、魔法陣の中心へとギウルの体を引きずり込んでいった。
「――ふぅ……」
オルトが大きく息を吐くとその姿は元に戻った。
「……そちらも終わったようだな」
アストンの声が聞こえた。
見ると、ボロボロに傷ついたマニエールたちが肩で息をしており、アストンはまるで何事もなかったかのように悠然と立っていた。その横には、魔力封じの縄でがんじがらめにされた化け物が倒れている。
「……とりあえず、全員無事で良かったよ」
オルトは静かに微笑みながら、そう呟いた。
「師匠……」
背後から、不意に聞き慣れた声がかけられた。
「っ!?ハル……お前、なんでここにいるんだよ!?」
驚いたオルトが振り返ると、そこには息を切らせたハルの姿があった。
「一度はオルダナに戻ったんです。でも……使者として俺に行かせてほしいと、無理を言って……戻ってきました」
「……そうか」
オルトの声が少しだけ震えた。
「お前、さっきの――見てたのか?」
「はい。全部……見ました」
しばし沈黙。
ハルは、目を逸らすことなくオルトを見つめ、恐る恐る口を開いた。
「……師匠。あなた、……魔人だったんですか?」
オルトは答えを迷うように一瞬だけ視線を落とし、しかしすぐに正面からハルを見返す。
「……ああ。そうだ」
静かに、はっきりと。
その言葉を受けたハルは、一瞬だけ顔を曇らせた。
「……じゃあ、俺を騙してたんですか」
「騙すつもりはなかった。ただ……バレたら、面倒なことになると思ってた」
「っ.....」
ハルは下を向いて拳を強く握る。
「俺が、魔人を憎んでるって言ったとき……何を思いましたか」
オルトは少しだけ苦笑した。
「……仕方ねぇよ。お前は、お前なりに地獄を見てきた。そういう想いを否定できる立場じゃねぇ」
その声は、どこまでも静かで、どこまでも優しかった。
「……師匠、俺は……これから、どうしたらいいんでしょうか」
ぽつりと、ハルが呟く。
その声は震えていたが、かろうじて自分を保とうとしていた。
オルトは少しだけ目を細めて答える。
「……お前の両親を殺した魔人は、俺とは関係ねぇやつだ。そいつを倒す――それが、お前のやりたいことなんだろ?」
ハルはゆっくりと顔を上げ、オルトを見つめた。
その瞳には、迷いと痛みが滲んでいた。
「俺……俺……」
言葉にならない想いが喉でつかえ、声が震える。
その表情は、かつてサント村で初めて出会ったときの、何も持たず、何も信じられずにいた少年そのものだった。
その瞬間――オルトは迷うことなく、咄嗟にハルを強く抱きしめた。
「……お前が、どんな判断をしようと構わねぇ。俺は師匠として、お前の選ぶ道を応援する」
「だからよ――そんな泣きそうな顔、すんじゃねぇよ」
その声はいつもよりも少し低くて、優しかった。
ハルの肩が、小さく震えた。
「……師匠……」
掠れる声が洩れる。
ハルはそっとオルトの右肩に顔を押し当てる。その額が、オルトの肩に静かに触れると、わずかに熱が伝わった。
オルトは驚いたように一瞬だけ動きを止めたが、何も言わずに受け入れた。
すると――
ハルの腕がゆっくりと動き、オルトの腰に回される。
ハルは、言葉ではなく、その抱擁の中にすべてを委ねた。
オルトの胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。
(……ああ、こいつ……やっと、本当に心を預けてくれたな)
そう思いながら、オルトはしっかりとハルを抱きしめ返した。
しばらく経った頃
「……お取り込み中悪いのだが、ギウルは今、どうなっているんだ?」
アストンが静かに問いかけた。
「ああ、悪いな」
オルトはハルの肩からそっと手を離し、向き直った。
「今は暴走した魔力を吸収している最中だ。順調にいけば、あと二、三日で元の姿に戻れるはずだ」
「そうか……」
アストンは安堵の息をつき、そして真剣な眼差しでオルトを見つめた。
「魔人奴隷の件に続き、弟まで……本当に感謝している。あなたが困ることがあれば、この国を挙げて協力しよう」
「……はは、大袈裟だな」
オルトは苦笑まじりに肩をすくめた。
けれど、どこかその言葉に照れと誇りが混じっていた。
「アンナ……」
アストンが静かに呟いた。
「なんでしょうか? アストン様」
「……お前には、随分と多くの苦労をかけたな」
「いえ、私の心が弱かったせいで……こんなことになるまで止められなかったのです」
「何を言っている! お前は……勇気ある行動をしたんだ。もっと、誇っていい」
アストンがまっすぐな眼差しでそう言うと、アンナは少しだけ顔を綻ばせ、微笑んだ。
「ありがとうございます……」
その笑顔に、アストンは一瞬、顔を赤らめた。
「……さて、俺たちはそろそろ行くよ」
オルトがアストンとアンナに向かって言った。
「ああ……本当に感謝している。そこにいる魔人たちにもだ」
アストンが深く頭を下げると、マニエールたち魔人部隊は顔を見合わせ、そして揃ってアストンに微笑んだ。
その後、オルトはハルと共にマニエールたちの拠点へと戻った。
拠点の入口に差し掛かると、オルトがハルに尋ねた。
「……お前も来るか?」
ハルは一瞬迷ったようだったが、静かに頷いた。
「……はい」
地下の拠点に足を踏み入れると、そこはひんやりとした空気に包まれていた。石造りの壁に灯された魔法灯が淡く揺らめく中、その中心に、ひとりの影が立っていた。
「……マニエール?」
オルトが声をかけると、その人物は静かに振り返った。
長い銀髪を背に流し、整った横顔に柔らかな笑みを浮かべたマニエールが、そこに立っていた。
「お帰りなさい。……お二人を待っておりました」
マニエールの声はどこか優しく、そして、少しだけ寂しげだった。
ハルは少し目を丸くして、オルトの隣で立ち尽くす。オルトは短く頷くと、ゆっくりとマニエールのもとへ歩を進めた。
「話があるんだろ?」
「ええ……あなたに、渡したいものがあります」
そう言ってマニエールは、ローブの内側から小さな木箱を取り出した――。
「……オルト様、彼にこれを渡していただけませんか?」
マニエールはそう言って、その箱を開けブレスレットを差し出した。青い魔法石に、白く美しいシロクマの彫刻が施されている。
「これは……?」
「恐らく、彼の両親の形見になるものです」
「なっ……!」
オルトが目を見開く。
「えっ……?」
ハルは驚きに戸惑いの表情を浮かべる。
「これは、私の戦友が残したものです。名はルーク。彼も人間界に召喚された魔人のひとりでした。」
「……ルーク……」
ハルがその名を呟き目を見開く。
「ルークは……今、どこに?」
ハルが思わずマニエールの肩を掴み、問い詰めるように訊いた。
「……彼は、十三年前に亡くなりました」
マニエールは少し苦しげに目を伏せ、語り始めた――
⸻
***回想***
「ここら辺に魔獣が多発している……って、調査に来させられましたけど……召喚ばかり繰り返すからでしょうに……」
マニエールはサント村近くのマルア山の森を進んでいた。
ふと、血の匂いを感じて足を止める。
「っ……この匂いは……!」
駆けつけた先で、血まみれの男が倒れていた。
「ルーク!? ルークじゃないですか!? これは一体、誰にやられたんですか!?」
「……お前……マニエールか……?」
「はい、私です! まさか、あなたも召喚されていたなんて」
「……あぁ、十年程前にな.....」
ルークは懐からブレスレットを取り出し、マニエールの手に握らせた。
「もし……金髪で青い目の少年に出会ったら……これを……渡してやってくれ……」
「これは...?」
「その少年の両親から...預かったものだ...渡しそびれてしまって....」
「分かりました。だから……もう喋らないでください!」
血は止まらず、マニエールはルークが助からないことを悟る。
「……俺をやったのは……人間....じゃ...」
その言葉を最後に、ルークの体から力が抜けた。
「ルーク!! ……ルーク……」
マニエールはその亡骸を抱き上げ、丁重に弔ったのだった。
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***回想終わり***
「結局……誰に襲われたのか、何も分からなかった。でも私は、彼が遺したこのブレスレットだけを、ずっと大切に持ち続けていたんです」
マニエールはそう言って、そっと視線を落とした。
「金髪で青い瞳の少年――彼が言っていたその子が誰なのか、ずっと分からなかった。けれど……あなたに近づいたとき、このブレスレットがふわりと光ったんです」
「ハル……これを」
オルトは静かに、ブレスレットをハルの手に渡した。すると、ブレスレットはハルの手の中で、淡い光を放ち始める。
「……無事に渡せて良かった」
マニエールが、やわらかく微笑んだ。
ハルは少し黙って考え込み、ゆっくりとそのブレスレットを腕につけた。
「お前……大丈夫か?」
オルトが、不安げに下を向いていたハルの顔を覗き込む。
「……師匠」
ハルはかすかに震える声で続けた。
「俺、ずっと……ルークが戻ってこなかったのは、もう俺のことなんか見捨てたんだって、そう思ってました。でも……最後まで、守ろうとしてくれてたんですね……」
ハルの瞳には涙が浮かび、けれどその表情はどこか、あたたかかった。
オルトはハルの頭をくしゃっと撫でながら言った。
「そうだ。お前は誰にも見捨てられてなんかいない。ずっと、大事に思われてたんだよ」
その時――
ガチャッ!
「おーーい! オルト戻ってきたのか!? よーし、いただきまーすっ!」
グエールが勢いよく扉を開け、部屋に飛び込んでオルトの太ももにかぶりつこうと飛びかかる。
「今は邪魔しちゃダメよ、グエール!」
ジュリアがグエールの首根っこを掴んで引き戻す。
「どこか……行かれるのですか?」
カンナが少し寂しげに尋ねた。
「ああ。三日後にはハルと一緒に、オルダナに向かうつもりだ」
「……そうですか」
「えぇ~~っ!? オルト様、いっちゃうんだべか?」
ドンファンがうるんだ目で訴えた。
「今生の別れじゃねぇって。またすぐ遊びに来るよ」
オルトが笑って答える。
「絶対に来るんだぞーっ!!」
グエールが叫ぶ。
「ああ、約束する」
オルトは、軽く笑って応えた。
「それで……お前たちはこれからどうするつもりだ?」
オルトがマニエールに問う。
「そうですね……今回の件で、奴隷にされる魔人の数は確実に減るでしょう。ですから、私たちはこれまで通り、行き場のない魔人たちの保護を続けていこうと思っています」
「そうか……何かあったら、俺に知らせろよ」
オルトが静かに言うと、マニエールはわずかに目を細めて微笑んだ。
「ええ。あなたは……私たちにとって唯一の希望であり、救世主ですから」
その言葉に、オルトは一瞬だけ目を伏せ、照れくさそうに鼻を鳴らした。
「……そう持ち上げられると、居心地が悪いな」
「ふふっ、正直な人ですね。……でも、感謝しています。あなたがいなければ、きっと今も、私たちは闇の中で彷徨っていたでしょう」
「……ありがとな」
短く、それでも確かに心を込めて、オルトはそう返した。
三日後、オルトはアストンに暴走が止まったギウルを預け、仲間たちに見送られながら、ハルと共に聖教国オルダナへ向かう旅に出るのだった――。
◆◆◆
その後、イゼルディア王国は魔人召喚や奴隷制度に関して各国から非難を受けることとなった。
だが、貿易における影響力の大きさと、第一王子アストンの誠実な謝罪と改革姿勢もあり、他国からの迫害には至らなかった。
そして――
元の姿に戻ることができたギウルだったが、意識は戻らず、今も牢の中で眠り続けている。
また、長らく昏睡状態だった国王は、ようやく目を覚ましたものの、言葉を発することができなくなっており、国の政務を執るには困難となった。
その結果、王位は自然とアストンへと引き継がれることとなった。
そして、イゼルディア王国の運命は、新たな時代を迎えようとしていた――。




