27.変わらない青い輝き
カキン! カキン!
ドカーン!
剣の鋭い音と、爆発の衝撃が戦場の至る所に響き渡る。
オルトたちは目立たぬよう茶色いローブをまとい、深くフードを被って、氷漬けにされたイゼルディア軍の兵士たちの救出に向かっていた。
「……この氷魔法、簡単には溶けませんね」
マニエールが険しい顔で呟く。
「カンナ。炎系の魔法に強い種族へ変化できますか?」
「はい。お任せを」
カンナの身体が淡い光に包まれ、数秒後には全身に鱗をまとった竜人族の姿へと変わる。
その手から、轟々と赤々しい炎が放たれ、凍りついた兵士のひとりへと向けられた。
ジュウウウ……
しかし、氷はびくともしない。
わずかに湯気を立てたものの、傷ひとつつかない。
「....やはり。通常の炎では太刀打ちできない。これは、ただの氷魔法ではありませんね」
マニエールの眉間に深い皺が刻まれる。
「この氷……もしかすると、“聖属性”の混じった封印型の魔法かもしれないな」
オルトが低く呟いた。
ただの冷気ではなく、“封印”の意志を感じる、魔術的な強度――。
シュンッ!
突如、空間を切り裂くように鋭い音が走り、複数の剣がオルトたちへと放たれた。
「危ないっ!」
カンナがすかさず前に出て、オルトを庇う。
彼女の腕に一本の剣が突き刺さるも、竜人族の鱗が衝撃を和らげていた。
「カンナ! 大丈夫か!?」
オルトが眉をひそめて駆け寄る。
「ええ、この程度――問題ありません」
カンナは痛みに顔を歪めながらも、毅然と立ち上がった。
「お二人とも、警戒を」
マニエールが冷静に前方を指差す。
その先――
砂塵の向こうから、風になびく緑の髪。大きな杖を手にした一人の女が現れる。
その佇まいは優雅でありながら、周囲の空気を支配するような威圧感を放っていた。
「あなた達、人間じゃないわね」
その女は冷たい視線を送りながら、静かに言った。
「……お前は、魔術師か」
オルトが目を細めて問う。
「ええ。その通りよ」
「見たところ、1人だけみたいだが大丈夫か?」
オルトが余裕ある声で言う。
「ええ、そうね。……このままだと、私が不利だわ」
女が微笑んだその瞬間。
――ザッ。
砂塵を蹴って、周囲に兵士たちが現れる。いつの間にか、オルトたちは完全に包囲されていた。
「なっ……いつの間に……!」
カンナが周囲を見回して警戒する。
「こちらも、バカではないのよ」
緑髪の女が杖を構える。
「……なるほど。見事な策ですね、レディ。
よろしければ、あなたのお名前をお聞かせいただけますか?」
マニエールが冷静な声で尋ねる。
「私は――カレンよ」
緑の髪をなびかせた魔術師が、静かに名乗った。
マニエールの目がわずかに見開かれる。
「……カレン。噂で聞いたことがあります。
“南の魔術師の国”と呼ばれるノクターン出身。
風を操り、敵軍を一瞬で吹き飛ばす……その美貌に反して苛烈な魔法使いだと。」
「まあ、魔人の間でも私のことが知られてるなんて、少し嬉しいわね」
カレンは唇に笑みを浮かべながら、杖を軽く振る。
「でも――ただの噂じゃないことを、これから証明してあげる」
風が巻き起こり、砂を巻き上げる。周囲の兵士たちも緊張を高めて構え始める。
「やれやれ、ここまで包囲されたら……こっちもそれなりの挨拶をしねぇとな」
オルトが剣を構える。
「私が彼女の相手になります」
すっと前に出たカンナが、凛とした声で告げる。
「大丈夫か?」
オルトが眉をひそめる。
「ええ。カンナは変身魔法であらゆる属性を操れます。任せて大丈夫です」
マニエールが即座に答える。
「よし……じゃあ俺たちは、囲んでる兵士どもを片付けるか!」
「了解です!」
オルトが剣を構え、砂煙を巻き上げて突撃する。
マニエールは軽やかに指を動かし、傀儡たちが静かに動き出す。
「ふふ、可愛い女の子が相手なんて……どうしましょう?」
カレンがくすくすと笑う。
「見た目は子どもに見えるかもしれませんが――」
カンナが冷静に杖を構え、きっぱり言い返した。
「あなたよりずっと年上ですよ」
一瞬、空気がぴたりと張り詰める。
カレンは面白そうに目を細めた。
「……これは楽しめそうね」
オルトとマニエールは、次々と兵士たちをなぎ倒していった。
その数はすでに半数近くにまで減っている。
「ふぅ……やっと半分か」
オルトが息を吐きながら剣を構え直す。
「数は多いですが、全体の統率が取れていないのが救いですね」
マニエールの傀儡たちも、すでに血に染まりながらも忠実に動き続けていた。
「仕方ねぇ……ちょっと荒っぽい手を使うか」
オルトが前方に手をかざすと、空気がぐわんと歪んだ。
「っ!? なんだ!?」
地面が不気味に赤黒く光り始めたかと思うと、兵士たちの足元から巨大な魔法陣が現れる。
「黒の手」
低く、響くような声と共に――
地の底から這い出るように、無数の黒い手が兵士たちを次々と捕え、引きずり込んでいく。
「うわあああああ!!」
「た、助けてくれ――!」
「や、やめろォォ!」
兵士たちの叫びが戦場に響く。あっという間に、残りの半数の多くが姿を消した。
その異常な光景を見て――
「あら、大変なことになってるわね」
カレンが風をまとったまま、ちらりと戦場を見やった。
バキっ!
その瞬間、鋭い音が響く。
獣人の姿に変身しているカンナが猛スピードでカレンの防御障壁に殴りかかっていた。
「あなた、今は私と戦ってるの。よそ見しないでください」
カンナの獣の眼が、鋭く光る。
「ふふっ、そうね……でも、部下を助けるのも私の役目なのよ」
カレンが微笑みながら、唐突に視線を逸らした。
その刹那――。
「……っ!?」
シュンッ――ッ!!
風を切る音とともに、カレンの姿がかき消える。
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで、彼女はオルトの方へと移動していた。
「オルト様!!危ない!!」
マニエールが叫び、傀儡を操って庇おうとするが――
間に合わない。
「なっ……!?」
オルトが目を見開くと同時に、頭上に不気味な青白い魔法陣が浮かび上がった。
そして――
バシュンッ!
音もなく、オルトの姿がその場から消える。
「オルト様!!」
マニエールの悲鳴が響いた。
「……何をしたのですか!?」
怒りと焦りを込めて、マニエールがカレンに詰め寄る。
カレンはあくまで落ち着いたまま、くるりと振り返ると微笑んで言った。
「ちょっとだけ場所を移動してもらっただけよ。安心して?」
その目は冷静そのもので、まるで遊びを楽しむかのようだった。
「……すみません。私が少し、気を取られたばかりに……!」
カンナがマニエールの隣へ駆け寄り、悔しそうにうつむきながら言った。
「……構いません。オルト様ならきっと無事です。今は、目の前の敵を片付けましょう」
マニエールの目には、静かな怒りの炎が灯っていた。
◆◆◆
一方その頃、オルトは──
ヒューーーッ……!!
乾いた風を裂いて、オルトの身体が空中を落下していた。
「っ!? おいおい、嘘だろぉ!?」
オルトは下を見て絶句した。
「ここオルダナの陣地の真上じゃねーか!!!」
地上には剣を交える兵士たち、炎や氷の魔法が飛び交う混沌の光景が広がっている。
(くっそ……どうする……!? 今、魔力ほとんど残ってねぇから飛行魔法なんて使えるかよ……!)
必死に思考を巡らせながら、オルトの身体はどんどん地面へと近づいていく。
(……着地の瞬間、地面を軟化させて衝撃を抑えるしかねぇ……!)
「仕方ねぇ!」
オルトは地面に向かって両手をかざした。
「黒の手!!!」
しかし──
……何も起きない。
(……は!?)
オルトの瞳が大きく見開かれる。
(魔力コントロールが効かない……?なんでこんな時に!!)
「くそっ……!!」
もう余計な思考を遮るように、オルトは目を閉じて歯を食いしばった。
(なんて、惨めな最後なんだ.......)
――ドサッ!!
……衝撃はあった。けれど、骨が折れるほどでも、気絶するほどでもなかった。
「い……ってぇぇ……? ……いや、痛くない……?」
オルトが目を開けると、そこには──
地面ではなく、やわらかい何かに抱きとめられたような感触があった。
オルトはゆっくりと目を開けた。
「……お前は……」
そこにいたのは、青く澄んだ瞳と、陽光のように輝く金髪を持つ美しい青年だった。
「ハル……なのか?」
オルトの記憶にあるのは、まだあどけなさの残る少年の姿。しかし今、目の前の彼はすっかり成長していた。昔と変わらない美しい金髪、鋭さを増した瞳、そして鍛え上げられた身体。身長は185cmくらいだろうか。面影は残しながらも、まるで別人のようだった。
「師匠……ご無事でよかったです」
優しい声。ハルはそっとオルトを抱えていた腕を緩め、地面に丁寧に下ろした。
「お前……成長したな……」
オルトはぽかんと見上げながら、思わず笑う。
「はい。もう、三年も経ちましたから」
「……ははっ、そうだな……」
ふたりの間に、どこかぎこちない沈黙が流れた。
「……聞かねぇのか? なんで俺が空から降ってきたのか、とか」
オルトが小さく肩を竦めて言うと、ハルは目を細めて微笑む。
「大方、予測がつくので。大丈夫です」
「……相変わらず妙に冷静だな、お前は……」
ドカーン!
再び轟く爆発音。砂煙の向こうに、巨大な大太刀を振るイゼルディア王国魔法騎士部隊ガルディアと互角に渡り合うオルダナ国勇者一行の騎士ランスの姿が浮かび上がる。
「師匠......俺は、ここで失礼します」
ハルはすっと身体を離し、戦場へ向かおうと背を向ける。
「ああ……頑張れよ……」
オルトは小さく手を振ったが、どこか物足りなさを感じていた。
(なんだよ、ずいぶんあっさりしてるじゃねぇか……)
オルトが少し肩を落として振り返りマニエールたちの元へ戻ろうとしたその時。
──グイッ。
突然、背後から強い力で引き寄せられる。
「うわっ……!」
次の瞬間、顔面に硬い鎧がガチンとぶつかり、鈍い痛みが走った。
「いてっ……」
驚いて目を見開いたオルトが見上げた先には――
去っていったはずのハルの姿があった。彼の腕が、しっかりとオルトを抱き留めている。
「……お前、やっぱり、昔から変わってねぇな……」
「すみません……師匠……」
ハルは伏し目がちに、かすれた声で言った。
「……師匠に、大人になったって……思ってほしかったんです。でも……ダメでした」
ハルの声は震えていた。
「本当は、ずっと……ずっと会いたかった」
その言葉に、オルトはしばし言葉を失う。だがすぐに、小さく息をついて、軽くハルの背を叩いた。
「…...はい、はい。けどな、ここは戦場のど真ん中だ。抱き合ってる場合じゃねぇ」
「はい......」
名残惜しそうにしながらも、ハルはゆっくりとオルトから身を引いた。
「師匠……俺たちは、イゼルディア王国が進軍を止めるのなら、こちらも撤退するつもりなんです」
静かに、けれど強い意志を宿した目でハルが言った。
オルトはその言葉に少し眉をひそめ、砂塵の舞う戦場を見つめながら返す。
「……そうか。だがな、エリーナの件がバレてる可能性は高い。イゼルディアの国王が本気で怒ってるとすれば――簡単には引かねぇかもな」
「……」
ハルは唇を噛んだ。
「師匠...どうすれば、この戦いを止められると思いますか?」
オルトは少し沈黙した後、ふっと笑みをこぼす。
「...方法が、まったくないってわけじゃねぇ」
「俺も協力します!」
迷いのない声に、オルトは軽く目を見開いた。
「……ふっ、でもな。お前がここを離れたら、オルダナ軍はどうすんだ?」
「大丈夫です。今のところ騎士のランスさんや魔術師のカレンさんが前線を支えてます。俺は……最初の攻撃以降、ほとんど何もしてませんから」
「お前……さらっと言うけどな、それがどれだけ恐ろしいことか自覚してんのか?」
「はい。でも、だからこそ動ける今のうちに、戦を止めるために使ってください」
そう言うハルの瞳は、もうかつての少年のものではなかった。
オルトは一瞬、懐かしさと誇らしさが入り混じるような眼差しでハルを見つめ、頷いた。
「……よし。だったら、力を貸してもらうぞハル」
「はい!」
ハルは、昔と変わらない澄んだ青い瞳を輝かせながら、嬉しそうに頷いた。




