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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第4章 それぞれの場所で
23/60

23.魔人奴隷オークション

奴隷市場の奥へと歩みを進めていくと、マニエールがふいに立ち止まった。


「――ここです。」


彼が指差したのは、先ほど通ってきた建物となんら変わりのない、灰色の外壁と鉄の扉を持つ三階建ての一軒だった。特に目印もなく、見落としてしまいそうなほどに地味な佇まいだ。

マニエールは入口に立っていた背の低い男に何やら小声で伝えた。男は一礼し、無言のまま中へと導く。


通されたのは、薄暗い通路の奥――一見、物置か押し入れのような扉の前だった。


「お客様、こちらへどうぞ」


男はそう言ってその戸を開けた。


ギイ――


きしむ音と共に扉の向こうに現れたのは、場違いなほど無機質な金属製のエレベーターだった。装飾もなく、ただ重々しい雰囲気だけが漂っている。


オルトは目を細めた。


「……なるほど、ここから地下に降りるのか」


「ええ。どうぞ、オルト様」


マニエールが軽く手を差し出す。オルトは一歩踏み込み、静かに乗り込んだ。


ガチャン――


扉が閉まり、エレベーターがゆっくりと地下へと沈み始めた。


エレベーターは、軋む音を立てながら地下深くへと降りていく。


「……結構深いんだな」


オルトがぽつりと呟いたその時、


ウィーン……ガチャン。


重たい音とともにエレベーターが停止した。


「お客様、着きました。どうぞこちらへ」


先導する男に続いて通路を抜けると、目の前に現れたのは想像を超える空間だった。


天井の高いホール。その中心には赤い絨毯が敷かれた舞台があり、その前にずらりと椅子が並ぶ。椅子の上には仮面をつけた貴族たちが静かに座り、舞台を見据えている。


「思った以上に人がいるな」


オルトが小声で言う。


「ええ。魔人は“商品”としては非常に高価で希少ですから。この国の富裕層がこぞって集まるのも無理はありません」


マニエールが静かに答える。


案内されたのは、前から3列目の右端。舞台がよく見える位置だ。席に腰を下ろしたその直後――


カン、カン、カンッ!


壇上から木槌を打つ音がホールに響き渡った。


「会場の皆様、お待たせいたしました!」


軽快な声がマイク越しに放たれる。


「今宵も3ヶ月に一度しか開かれない、魔人売買オークションへようこそ――!」


暗がりの中、舞台のライトが点灯し、まるで“ショー”のように華やかさを装いながら、冷たい空気が場を支配していた。


「ここには、魔人奴隷や、魔人の“希少部位”が目白押し! さぁ皆様、どうぞごゆるりとお楽しみください!!」


壇上でマイクを握るのは、黒いシルクハットをかぶり、艶やかなベストに身を包んだちょび髭の男。道化のようなその声が、広間に響き渡った。


「それでは最初の出品は……」


幕が上がるたびに現れるのは、まさに異常な“商品”の数々。


人魚族の青く輝く鱗。

エルフの切り取られた耳。

ドラゴン族のねじれた角。


それらが、まるで装飾品でもあるかのように、装飾棚の中で整然と陳列されていた。


「……クソみたいなオークションだな」


オルトが低く呟く。


「ええ、本当に。これがこの国の現実です」


隣のマニエールも、抑えた声で返す。


壇上では、次々と価格が競り上がっていく。冷たい金と欲望の声が飛び交い、それに誰も疑問を持たない。


「さぁ、皆様――お待たせいたしました!」


ちょび髭の司会者が、芝居がかった声を張り上げた。


「本日の目玉! 魔人奴隷の登場です!!」


会場の照明が一瞬落ち、舞台中央の檻がゆっくりと開いていく。


オルトは息を潜め、目を細めた。


(……来るか)


彼の中で、怒りの焔が静かに燃え上がるのを感じながら――。


「ぉぉおおッ!!」


会場に集まった貴族たちが、仮面の下から歓声とどよめきをあげた。


ゆっくりと開いた鉄檻の中から、3人の魔人が引きずり出される。


右端――

まだ小さな少女。とがった耳に、赤紫がかった長い髪、背中には未発達な小さな羽が生えていた。

震える瞳には恐怖が浮かび、その足元には乾いた涙の跡が残っている。


「……あれは夢魔属の子供か」

オルトが低く呟いた。隣のマニエールが無言で頷く。


中央――

腰まで届く銀髪を持つ、美貌の青年人魚。下半身は拘束布で包まれ、手足には鎖が巻かれていた。皮膚には既に何度も鞭打たれた跡が見える。


左端――

顔は狼、体は人間の形をした獣人族の女。しなやかな肢体が、見る者の欲望を誘うのか、何人かの貴族が身を乗り出した。


全員、手足を重い鎖で縛られ、口には鋼鉄のマズルがはめられていた。

まるで“商品”どころか、“物”として扱われているように。


「さぁ! 今回召喚に成功したばかりの上物ばかりのご紹介です!」


ちょび髭の司会者が満面の笑みで声を張る。


「まずは、右端の淫夢属の少女からまいりましょう! こちら、年齢はおよそ7〜8歳と見られますが、既に魔法の素質を有しており――育成次第で貴方だけの“専属魔女”になること間違いなし!」


どっ、と会場が沸いた。

嗜虐と欲望の混じる笑いが飛び交い、数人の手がすぐに上がる。


「では、入札スタート! 価格は1000万から――!」


「1200万!」


「1500万!」


「1800万!!」


オルトの拳が、震えた。


「……クソが……ッ」


言葉は低く、しかし怒気に満ちていた。

目の奥には、今にも燃え上がらんばかりの怒りの炎が宿っている。


隣のマニエールが静かに囁いた。


「ご安心を、魔王様。……もうすぐです」


ドカーーン!!


地下まで響く凄まじい爆発音が突如として鳴り響いた。


「な、なんだ!?」

「爆発音……!?まさか――!」


会場にいた貴族たちが一斉にざわめき出す。


「皆様、落ち着いてくださいッ!!」

シルクハットを被った司会の男が叫んだ。

「地上で何かトラブルがあった模様ですが、ここ地下は安全です!どうかご着席を――!」


ドゴォォォン!!


二度目の爆音。床がわずかに揺れ、天井からパラパラと砂が落ちてきた。


「こ、これは……!」


「じっとしてられるか!!」


1人の貴族が立ち上がり、興奮した様子で出口へ走り出す。


その動きを皮切りに、他の仮面の貴族たちも我先にと立ち上がり、出口へと殺到した。


「皆様!!どうか落ち着いてください!出口は複数ございますので、押さないでくださいッ!!」

シルクハットの男が叫ぶも、その声は混乱の波に飲まれた。


騒然とする会場の混乱に紛れて――

オルトとマニエールは、音もなく舞台の幕裏へと滑り込んだ。


「……今のが、合図だな」

オルトが低く呟く。


「はい。グエール達が上で騒ぎを起こしています。この間に、魔人たちを……!」


マニエールの目が鋭く光る。


2人は、舞台裏の奥にある頑丈な鉄格子の牢に辿り着いた。中には複数の魔人たちが、鎖に繋がれた状態で怯えたようにこちらを見つめている。


「……ここか!」


オルトはすぐさま扉に手をかけるが、ガチン!という鈍い音とともに、扉はびくともしなかった。


「くそっ! 何だこの鍵は……!」

眉をひそめ、オルトが舌打ちをする。


「……魔法で封印された鍵です」

マニエールが扉を検分しながら答える。

「特殊な呪具で造られていて、無理に壊そうとすれば、封印が暴走して中の魔人たちを巻き込む危険があります」


「……っ、じゃあどうすりゃ――」


「こちらに」


突然、背後から澄んだ声がした。


振り返ると、ピンクの髪をまとめた少女・カンナが、静かに鍵を差し出していた。


「カンナ……!」


スタッフとして市場に潜入していた彼女は、この瞬間のために鍵を盗み出してきたのだ。


「急いでください、時間がありません」


カンナが冷静に言いながら、周囲を警戒する。


「助かった!よし、開けるぞ!」


オルトは鍵を受け取ると、次々に牢の鍵を回していった。


カチャッ――ガシャッ


魔人たちの牢が一つ、また一つと開かれていく。


「大丈夫だ、お前たちを助けに来た――! 急げ!」


オルトが低く囁くように言うと、魔人たちは不安げにうなずきながらも立ち上がり、鎖を外されて次々に牢から出ていった。


だが――人魚族の男は、足が魚の尾のままのため、うまく動けないようだった。


「お前……魔法が使えないから、足の形を変えられないのか」


オルトがそう呟いたとき――


「私が抱えるわ」


すかさず、隣にいた獣人族の女が一歩前に出て言った。


「力には自信があるの。これくらい余裕よ」


「……ああ、頼む」


ふと、オルトが夢魔族の少女の方を振り返ると、彼女は恐怖で身体を震わせていた。


「大丈夫、もう怖くないよ」


カンナが優しく微笑みながらしゃがみ込み、そっと少女を背負い上げた。その腕は温かく、少女の震えが少しずつ和らいでいくのが分かった。


「行きましょう!」


マニエールの鋭い声が響き、緊張感が一気に戻る。


そして、オルトたちは舞台裏の通路を駆け抜け、地下水路へと続く扉へ向かっていく――その時だった。


「お前たち!!そこで何をしている!!」


甲高く響き渡る怒声が、静寂を破った。


現れたのは、屈強な兵士たち――十名以上。その中には、ひときわ大柄な兵士もいた。


「ちっバレたか...」


オルトが低く呟く。マニエールも小声で続けた。


「彼らは、魔人たちを管理する奴隷市場が雇った兵士たちです。おそらく、ほとんどの者が魔法を使えるでしょう……」


前に出たのは、身長2メートルはあろうかという巨漢の兵士。怒気を露わに、鋭い目でオルトを睨みつける。


「そのフードを取れ。……貴様、どこの誰だ!!」


オルトは肩をすくめ、ゆっくり顔を上げる。


「見せろって言われて、素直に見せる奴がいるかよ」


そう言うと、懐から黒い符を取り出し、地面へ叩きつけた。


バッ!


瞬間、濃密な黒霧が辺りを覆う。視界は完全に奪われ、兵士たちの動きが止まった。


「なんだこの霧はッ!」


混乱する声が飛び交う中、オルトはマントを翻し、霧の中を駆ける。


「それじゃあな」


「逃がすな!全員構えろ!!」


「カンナ、右だ! マニエール、後方を!」


「了解!」


「オルト様、こちらです! 水路の先に抜け道があります!」


カンナの声を頼りに、オルトたちは魔人の子どもたちを守りながら進んだ。


「私は戦闘は得意ではありませんので……」


マニエールの足元に魔法陣が浮かび、木製の傀儡たちがギシギシと音を立てて現れる。


「代わりに、彼らに任せましょう」


次の瞬間、傀儡たちの目が赤く光り、咆哮を上げて兵士たちに突進する。


「な、なんだこいつら!?」


対応する間もなく、鋭利な木の腕が兵士の武器を弾き、次々と倒していく。だが――


「くだらん!」


中央にいた剣士が、閃光のような剣技で傀儡たちを次々に斬り倒していく。


「……強い……」


マニエールが苦々しく呟いた時、その剣士が霧を裂いて迫ってきた。


「逃がすかァ!!」


「チッ、厄介な奴だな!」


オルトが魔法を構えた――その瞬間。


ドォオオオオオン!!


地面が砕け、地下から鉄槌が飛び出す!


「なっ……!?」


瓦礫を押しのけて現れたのは、筋骨隆々の小さな男。片手で自分よりも遥かに大きい巨大なハンマーを抱えている。


「マニエール様、お待たせしましただよ!」


訛りのある大声が響く。


「誰だ、あいつ……!?」

「で、でかすぎる……!」


男は軽々とハンマーを振るい、剣士を吹き飛ばした。


「信じられない……あの剣士を力で……!」


兵士たちに動揺と恐怖が広がる。


「おらの名前はドンファンだべ。知らねぇだろうが、ドワーフ族のひとりなんだよ」


戦場のど真ん中で、ハンマーを肩に担いだままのんびりと告げた。


「貴様も……魔人か!!」


兵士たちが剣を構えて叫ぶ。


だが――


「今のうちに行きますよ!」


マニエールの声に、オルトたちは我に返った。彼の導きで、一行は地下水路のさらに奥、脱出口まで一気に走り抜けていく。

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