23.魔人奴隷オークション
奴隷市場の奥へと歩みを進めていくと、マニエールがふいに立ち止まった。
「――ここです。」
彼が指差したのは、先ほど通ってきた建物となんら変わりのない、灰色の外壁と鉄の扉を持つ三階建ての一軒だった。特に目印もなく、見落としてしまいそうなほどに地味な佇まいだ。
マニエールは入口に立っていた背の低い男に何やら小声で伝えた。男は一礼し、無言のまま中へと導く。
通されたのは、薄暗い通路の奥――一見、物置か押し入れのような扉の前だった。
「お客様、こちらへどうぞ」
男はそう言ってその戸を開けた。
ギイ――
きしむ音と共に扉の向こうに現れたのは、場違いなほど無機質な金属製のエレベーターだった。装飾もなく、ただ重々しい雰囲気だけが漂っている。
オルトは目を細めた。
「……なるほど、ここから地下に降りるのか」
「ええ。どうぞ、オルト様」
マニエールが軽く手を差し出す。オルトは一歩踏み込み、静かに乗り込んだ。
ガチャン――
扉が閉まり、エレベーターがゆっくりと地下へと沈み始めた。
エレベーターは、軋む音を立てながら地下深くへと降りていく。
「……結構深いんだな」
オルトがぽつりと呟いたその時、
ウィーン……ガチャン。
重たい音とともにエレベーターが停止した。
「お客様、着きました。どうぞこちらへ」
先導する男に続いて通路を抜けると、目の前に現れたのは想像を超える空間だった。
天井の高いホール。その中心には赤い絨毯が敷かれた舞台があり、その前にずらりと椅子が並ぶ。椅子の上には仮面をつけた貴族たちが静かに座り、舞台を見据えている。
「思った以上に人がいるな」
オルトが小声で言う。
「ええ。魔人は“商品”としては非常に高価で希少ですから。この国の富裕層がこぞって集まるのも無理はありません」
マニエールが静かに答える。
案内されたのは、前から3列目の右端。舞台がよく見える位置だ。席に腰を下ろしたその直後――
カン、カン、カンッ!
壇上から木槌を打つ音がホールに響き渡った。
「会場の皆様、お待たせいたしました!」
軽快な声がマイク越しに放たれる。
「今宵も3ヶ月に一度しか開かれない、魔人売買オークションへようこそ――!」
暗がりの中、舞台のライトが点灯し、まるで“ショー”のように華やかさを装いながら、冷たい空気が場を支配していた。
「ここには、魔人奴隷や、魔人の“希少部位”が目白押し! さぁ皆様、どうぞごゆるりとお楽しみください!!」
壇上でマイクを握るのは、黒いシルクハットをかぶり、艶やかなベストに身を包んだちょび髭の男。道化のようなその声が、広間に響き渡った。
「それでは最初の出品は……」
幕が上がるたびに現れるのは、まさに異常な“商品”の数々。
人魚族の青く輝く鱗。
エルフの切り取られた耳。
ドラゴン族のねじれた角。
それらが、まるで装飾品でもあるかのように、装飾棚の中で整然と陳列されていた。
「……クソみたいなオークションだな」
オルトが低く呟く。
「ええ、本当に。これがこの国の現実です」
隣のマニエールも、抑えた声で返す。
壇上では、次々と価格が競り上がっていく。冷たい金と欲望の声が飛び交い、それに誰も疑問を持たない。
「さぁ、皆様――お待たせいたしました!」
ちょび髭の司会者が、芝居がかった声を張り上げた。
「本日の目玉! 魔人奴隷の登場です!!」
会場の照明が一瞬落ち、舞台中央の檻がゆっくりと開いていく。
オルトは息を潜め、目を細めた。
(……来るか)
彼の中で、怒りの焔が静かに燃え上がるのを感じながら――。
「ぉぉおおッ!!」
会場に集まった貴族たちが、仮面の下から歓声とどよめきをあげた。
ゆっくりと開いた鉄檻の中から、3人の魔人が引きずり出される。
右端――
まだ小さな少女。とがった耳に、赤紫がかった長い髪、背中には未発達な小さな羽が生えていた。
震える瞳には恐怖が浮かび、その足元には乾いた涙の跡が残っている。
「……あれは夢魔属の子供か」
オルトが低く呟いた。隣のマニエールが無言で頷く。
中央――
腰まで届く銀髪を持つ、美貌の青年人魚。下半身は拘束布で包まれ、手足には鎖が巻かれていた。皮膚には既に何度も鞭打たれた跡が見える。
左端――
顔は狼、体は人間の形をした獣人族の女。しなやかな肢体が、見る者の欲望を誘うのか、何人かの貴族が身を乗り出した。
全員、手足を重い鎖で縛られ、口には鋼鉄のマズルがはめられていた。
まるで“商品”どころか、“物”として扱われているように。
「さぁ! 今回召喚に成功したばかりの上物ばかりのご紹介です!」
ちょび髭の司会者が満面の笑みで声を張る。
「まずは、右端の淫夢属の少女からまいりましょう! こちら、年齢はおよそ7〜8歳と見られますが、既に魔法の素質を有しており――育成次第で貴方だけの“専属魔女”になること間違いなし!」
どっ、と会場が沸いた。
嗜虐と欲望の混じる笑いが飛び交い、数人の手がすぐに上がる。
「では、入札スタート! 価格は1000万から――!」
「1200万!」
「1500万!」
「1800万!!」
オルトの拳が、震えた。
「……クソが……ッ」
言葉は低く、しかし怒気に満ちていた。
目の奥には、今にも燃え上がらんばかりの怒りの炎が宿っている。
隣のマニエールが静かに囁いた。
「ご安心を、魔王様。……もうすぐです」
ドカーーン!!
地下まで響く凄まじい爆発音が突如として鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
「爆発音……!?まさか――!」
会場にいた貴族たちが一斉にざわめき出す。
「皆様、落ち着いてくださいッ!!」
シルクハットを被った司会の男が叫んだ。
「地上で何かトラブルがあった模様ですが、ここ地下は安全です!どうかご着席を――!」
ドゴォォォン!!
二度目の爆音。床がわずかに揺れ、天井からパラパラと砂が落ちてきた。
「こ、これは……!」
「じっとしてられるか!!」
1人の貴族が立ち上がり、興奮した様子で出口へ走り出す。
その動きを皮切りに、他の仮面の貴族たちも我先にと立ち上がり、出口へと殺到した。
「皆様!!どうか落ち着いてください!出口は複数ございますので、押さないでくださいッ!!」
シルクハットの男が叫ぶも、その声は混乱の波に飲まれた。
騒然とする会場の混乱に紛れて――
オルトとマニエールは、音もなく舞台の幕裏へと滑り込んだ。
「……今のが、合図だな」
オルトが低く呟く。
「はい。グエール達が上で騒ぎを起こしています。この間に、魔人たちを……!」
マニエールの目が鋭く光る。
2人は、舞台裏の奥にある頑丈な鉄格子の牢に辿り着いた。中には複数の魔人たちが、鎖に繋がれた状態で怯えたようにこちらを見つめている。
「……ここか!」
オルトはすぐさま扉に手をかけるが、ガチン!という鈍い音とともに、扉はびくともしなかった。
「くそっ! 何だこの鍵は……!」
眉をひそめ、オルトが舌打ちをする。
「……魔法で封印された鍵です」
マニエールが扉を検分しながら答える。
「特殊な呪具で造られていて、無理に壊そうとすれば、封印が暴走して中の魔人たちを巻き込む危険があります」
「……っ、じゃあどうすりゃ――」
「こちらに」
突然、背後から澄んだ声がした。
振り返ると、ピンクの髪をまとめた少女・カンナが、静かに鍵を差し出していた。
「カンナ……!」
スタッフとして市場に潜入していた彼女は、この瞬間のために鍵を盗み出してきたのだ。
「急いでください、時間がありません」
カンナが冷静に言いながら、周囲を警戒する。
「助かった!よし、開けるぞ!」
オルトは鍵を受け取ると、次々に牢の鍵を回していった。
カチャッ――ガシャッ
魔人たちの牢が一つ、また一つと開かれていく。
「大丈夫だ、お前たちを助けに来た――! 急げ!」
オルトが低く囁くように言うと、魔人たちは不安げにうなずきながらも立ち上がり、鎖を外されて次々に牢から出ていった。
だが――人魚族の男は、足が魚の尾のままのため、うまく動けないようだった。
「お前……魔法が使えないから、足の形を変えられないのか」
オルトがそう呟いたとき――
「私が抱えるわ」
すかさず、隣にいた獣人族の女が一歩前に出て言った。
「力には自信があるの。これくらい余裕よ」
「……ああ、頼む」
ふと、オルトが夢魔族の少女の方を振り返ると、彼女は恐怖で身体を震わせていた。
「大丈夫、もう怖くないよ」
カンナが優しく微笑みながらしゃがみ込み、そっと少女を背負い上げた。その腕は温かく、少女の震えが少しずつ和らいでいくのが分かった。
「行きましょう!」
マニエールの鋭い声が響き、緊張感が一気に戻る。
そして、オルトたちは舞台裏の通路を駆け抜け、地下水路へと続く扉へ向かっていく――その時だった。
「お前たち!!そこで何をしている!!」
甲高く響き渡る怒声が、静寂を破った。
現れたのは、屈強な兵士たち――十名以上。その中には、ひときわ大柄な兵士もいた。
「ちっバレたか...」
オルトが低く呟く。マニエールも小声で続けた。
「彼らは、魔人たちを管理する奴隷市場が雇った兵士たちです。おそらく、ほとんどの者が魔法を使えるでしょう……」
前に出たのは、身長2メートルはあろうかという巨漢の兵士。怒気を露わに、鋭い目でオルトを睨みつける。
「そのフードを取れ。……貴様、どこの誰だ!!」
オルトは肩をすくめ、ゆっくり顔を上げる。
「見せろって言われて、素直に見せる奴がいるかよ」
そう言うと、懐から黒い符を取り出し、地面へ叩きつけた。
バッ!
瞬間、濃密な黒霧が辺りを覆う。視界は完全に奪われ、兵士たちの動きが止まった。
「なんだこの霧はッ!」
混乱する声が飛び交う中、オルトはマントを翻し、霧の中を駆ける。
「それじゃあな」
「逃がすな!全員構えろ!!」
「カンナ、右だ! マニエール、後方を!」
「了解!」
「オルト様、こちらです! 水路の先に抜け道があります!」
カンナの声を頼りに、オルトたちは魔人の子どもたちを守りながら進んだ。
「私は戦闘は得意ではありませんので……」
マニエールの足元に魔法陣が浮かび、木製の傀儡たちがギシギシと音を立てて現れる。
「代わりに、彼らに任せましょう」
次の瞬間、傀儡たちの目が赤く光り、咆哮を上げて兵士たちに突進する。
「な、なんだこいつら!?」
対応する間もなく、鋭利な木の腕が兵士の武器を弾き、次々と倒していく。だが――
「くだらん!」
中央にいた剣士が、閃光のような剣技で傀儡たちを次々に斬り倒していく。
「……強い……」
マニエールが苦々しく呟いた時、その剣士が霧を裂いて迫ってきた。
「逃がすかァ!!」
「チッ、厄介な奴だな!」
オルトが魔法を構えた――その瞬間。
ドォオオオオオン!!
地面が砕け、地下から鉄槌が飛び出す!
「なっ……!?」
瓦礫を押しのけて現れたのは、筋骨隆々の小さな男。片手で自分よりも遥かに大きい巨大なハンマーを抱えている。
「マニエール様、お待たせしましただよ!」
訛りのある大声が響く。
「誰だ、あいつ……!?」
「で、でかすぎる……!」
男は軽々とハンマーを振るい、剣士を吹き飛ばした。
「信じられない……あの剣士を力で……!」
兵士たちに動揺と恐怖が広がる。
「おらの名前はドンファンだべ。知らねぇだろうが、ドワーフ族のひとりなんだよ」
戦場のど真ん中で、ハンマーを肩に担いだままのんびりと告げた。
「貴様も……魔人か!!」
兵士たちが剣を構えて叫ぶ。
だが――
「今のうちに行きますよ!」
マニエールの声に、オルトたちは我に返った。彼の導きで、一行は地下水路のさらに奥、脱出口まで一気に走り抜けていく。




