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【BL】魔王様の散歩道  作者: のはな
第3章 すれ違う現実
13/60

13.忘れられた女神の祠

「はぁ……さて、これからどうするかな」


オルトは仮面を外し、手の甲で汗を拭いながら空を見上げた。

木々の隙間から、星の瞬く夜空がのぞいている。


「――私、この山に知り合いが住んでるの」


隣で、エリーナが静かに口を開いた。


「知り合い?」


「ええ。王国にいた頃……私の唯一の味方だった人よ。だから信頼できるわ」


その声には、どこか切なさが滲んでいた。


「……そうか。じゃあ案内してくれ」


オルトがそう言うと、エリーナはコクリと頷いた。


そして、二人は静かに、木々の中へと歩みを進めた――。

しばらく、森の中を黙々と歩いていくと――

木々の隙間から、ひっそりと佇む白い小さな教会が見えてきた。


苔むした石畳。

風に揺れる鐘。

月の光が屋根に差し込み、神秘的な静けさが漂っている。


「あれよ!」


エリーナは教会を見ると、ぱっと顔を明るくして、小走りで木製のドアへと向かった。


コン、コン


「私……エリーナよ!」


声を張って名乗る。


しばらくして――


ガチャリ。


ドアが静かに開いた。


そこから顔をのぞかせたのは、白髪の美しい修道女だった。

その姿は年を感じさせるが、どこか品と温かさをたたえていた。


「……エリーナ様……?」


修道女の目が見開かれる。


「っ……! エリーナ様……!」


「サーシャ!」


エリーナは、声を上げて彼女に飛びつくように抱きついた。


「会いたかったわ!サーシャ!!」


サーシャ――そう呼ばれた修道女は、しばし言葉を失ったあと、静かにエリーナの頭を撫でた。


「ええ……私も……私もずっと、お会いしたかったです……」


その目には、あふれそうな涙が浮かんでいた。


しばらく、ふたりは言葉もなく抱き合っていた。


そんな様子を見ながら、オルトは居心地悪そうにぽつりと呟いた。


「えっと……すまないが、エリーナ。この修道女は?」


「あっ……ごめんなさい、あなたの存在をすっかり忘れていたわ」


エリーナが小さく照れながら振り返る。


修道女はオルトの方に向き直ると、丁寧に頭を下げた。


「初めまして。私はこのアチアル教会の修道女、サーシャと申します。失礼でなければ……貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「オルトってんだ。ちょっといろいろあってな――エリーナと一緒に逃げてきた」


事情を聞いたサーシャは、わずかに目を見開き、何かを考えるように目を伏せたが……


「……オルト様、この度はエリーナ様をお救い頂き、誠にありがとうございます。

もう夜も遅いですし、どうか中へお入りくださいませ」


そう言って、教会の中にふたりを招き入れた。


食堂には、暖かな灯と湯気の立つスープが待っていた。


椅子に腰を下ろしたエリーナは、落ち着いた声でサーシャにこれまでの経緯を語る。


サーシャは手を握りながら、優しく頷いていた。


「……それは……本当に、お辛かったでしょうね。

私がそばにいて差し上げられていたら……」


「サーシャ……」


そのやりとりを見ていたオルトが、ふと尋ねた。


「ところで、少し気になったんだが……

この教会が祀ってる女神“アチアル”って、オルダナの神なのか?」


サーシャは、その言葉を聞いて一瞬沈黙し――そして、静かに答えた。


「……ええ。そうでした。1年前までは……」


エリーナの顔も、翳りを帯びる。


オルトが眉をひそめる。


「“までは”って……今は違うのか?」


サーシャは、手を胸に当てて静かに語り出した。


「この国、聖教国オルダナは――

水の女神アチアルと、自然の神カイール、

二柱の神を同時に祀ることで、長年の繁栄を築いてきました」


エリーナが静かに頷く。


「ですが――1年前、イゼルディアとの紛争が激しさを増し、“ルミア川”を軍事侵攻によって塞がれてしまったのです」


「それからというもの……」

サーシャの声は少し陰を帯びる。


「オルダナの国民が新たな水路を開こうとすると、突如水害が起き……さらに、疫病まで流行しはじめたのです。」


エリーナの手が震えている。


「教皇様は仰いました。“女神アチアルは、イゼルディアの穢れによって堕ちた”と」

「“今の女神アチアルは、もはや神ではなく邪神だ”と――」


オルトの眉がぴくりと動いた。


「ふん...それで?」


サーシャは続ける。


「それ以降、国中のアチアル信仰は禁止され、

“唯一の正しい神”である自然神カイールだけが許されました」


「はぁ……」


オルトは気の抜けたような声を出した。


「なんか……よくわかんねぇけど、

その“教皇さま”ってのは、どうやってアチアルが邪神になったって分かったんだよ?」


その問いに、サーシャはためらうことなく答えた。


「――教皇様は、唯一カイール神と女神アチアルと会話が許された”唯一の存在なのです。

これまでも、神の声を聞いて数々の困難を乗り越えてきました」


「なるほどねぇ……」


オルトは呆れたように眉をひそめた。


「神と会話、か――そいつ、都合のいいときにだけ喋ってくるんじゃねぇだろうな?」


サーシャは答える。


「いいえ...教皇様は神からの予言を伝えそのほとんどが実際に起こり、何度もこの国をお救いなさいました。」


「それで――禁止されたってのに、なんでお前はここでまだ“女神アチアル”を祀ってるんだ?」


オルトは、壁に飾られた小さな女神像をちらりと見ながら尋ねた。


サーシャは静かに視線を落とし、答えた。


「……祟を起こさないためです」


オルトが眉をひそめる。


「祟……?」


「はい」


サーシャは頷いた。


「教皇様は私にこう命じました。

“このアチアル山に籠り、女神が祟を起こさぬよう一人祀り続けなさい”と」


(それって、体よく“左遷”されたってことじゃねぇか)


オルトは呆れたように内心つぶやいた。


その横で、エリーナの目にうっすらと涙が滲んでいた。


「私の……私のせいなの。“女神アチアルの声が聞こえた”なんて、お父様に言ったから……」


「エリーナ様――」


サーシャは席を立ち、彼女のそばに寄って優しく手を取った。


「いいのです。あなたは、何も悪くありません。」


エリーナの瞳が震え、サーシャの手をきゅっと握り返す。


「さあ、お二人とも、お疲れでしょう」


サーシャが立ち上がり、微笑みながら言った。


「今夜はお部屋をご用意いたしますので、そこでどうぞお休みください」


そう言って、サーシャは静かに部屋の準備へと向かった。


教会の静けさが、ふたりの間に落ち着いた沈黙を生む。


その中で――


「なぁ、エリーナ」


オルトがぽつりと問いかけた。


「女神アチアルの声が“聞こえた”って言ってたけど、一体、何が聞こえたんだ?」


エリーナは、少し視線を落として口を開いた。


「....一度だけ、なの。まだ王宮にいたころ、アチアル様の教会でひとりで祈っていた時……ふと、頭の中に響いたの」


「“水に毒あり。今は飲んではいけない”って――」


オルトは目を細めて聞き入った。


「その後すぐに、水害が起きて、疫病が広まって……私は、あれはアチアル様の警告だったんだっじゃないかって思うの...」


エリーナの声がかすかに震える。


「だけど、サーシャ以外、誰も信じてくれなかったわ...」


「なるほどな....」


オルトの声は低く、だが静かに響いた。


――と、その時。


「エリーナ様、オルト様」


サーシャの柔らかな声で話しかけてきた。


「お部屋の準備ができました。どうぞ、ご案内いたします」


◆◆◆


一方その頃――


ハルは、聖教国オルダナへと向かう馬車の中にいた。


「……師匠、エリーナ様とふたりで大丈夫だろうか」


窓の外を見ながら、小さく呟く。


ミンゼル街で助けたマリアとジョージの計らいにより、彼はオルダナ行きの馬車に便乗することができたのだ。


やがて――オルダナの検査場へ到着し、身体検査と目的確認が行われる。


そのときだった。


ガシャーン!!


グォォォォォ――ッ!!


鋭く耳に届いた、聞き覚えのある咆哮。


「まさか……!」


咄嗟に門をくぐり、音のする方へ駆けだす。


そこには――

ミンゼルで見たものと“まったく同じ”姿の魔物が暴れていた。


「うわああああん! 誰か!! 助けて!!!」


一人の少年が魔物の爪に囚われ、今にも喰われそうになっていた。


ハルの青い瞳が光る。


抜き放った護身用の剣に、冷気がまとわりつく。


「――凍結」


パキパキパキッ!!


魔物は瞬時にして、氷の彫像のように凍りついた。


すでに少年は、ハルによって無事に抱きかかえられていた。


「大丈夫か?」


ハルが優しく声をかける。


「う、うん……こわかったよぉぉぉ……!」


子どもはぽろぽろと涙をこぼしながら、ハルにしがみついた。


しばらくして、ハルは少年の母親を見つけ、無事に引き渡した。


そのとき――


「――そこの、金髪の剣士様!」


鋭くも礼節ある声が響いた。


振り返ると、そこには聖教国オルダナの聖教騎士団が整列していた。


「このたびは、民をお救いいただき誠にありがとうございました!」


「教皇様が、あなたにぜひお礼を伝えたいとのことです」


(……国王じゃなく、教皇が……?)


ハルはほんの一瞬だけ迷った。


「いや、俺は別に……礼などいらない。急いでるから――」


「どうかそう仰らず。すぐに、城へご案内いたします」


礼儀正しくも、明らかに強引な誘導。


気づけばハルは、聖教国の“中枢”――

教皇の待つ城へと、導かれていった。


城の中へ足を踏み入れた瞬間――

ハルは、思わず息を呑んだ。


壁も柱も、まるで水晶のように輝いていた。


光が差し込むたびに無数の反射が天井にきらめき、まるで星空のような幻想を作り出していた。


「こちらへどうぞ」


騎士の案内で通されたのは、城の最上階――


純白の大きな扉の前だった。


ガチャ……


ギィィ……


扉が重く開かれると、そこには荘厳な玉座の間が広がっていた。


正面、玉座には“王”と思しき男が座っていたが――

その姿にはどこか違和感があった。


虚ろな目。ぴくりとも動かない身体。


そして――


王の隣、純白の聖教服を纏った一人の男が、嬉しそうにこちらへ歩み寄ってくる。


「おお……あなたがこの国を救ってくださった、金髪の剣士様なのですね!」


目を輝かせながら、男は手を広げて近づいてきた。


帽子から覗く淡い青の髪、同じく青い瞳。

年の頃は40代半ば――その笑顔は穏やかに見えて、どこか冷たい。


(この男が……教皇……)


ハルは気を抜かず、静かに構えたまま視線を交わした。

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