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沈黙の咆哮 ―封印された声が世界を変える―

作者: 星空モチ

挿絵(By みてみん)


音が全てを支配する世界で、彼は沈黙を抱えていた。


風鈴が微かに揺れる音も、雨粒が窓を叩く音も、隣人の会話も——全ては彼にとって残酷な記憶の断片だった。


「おい、ユヅキ!そこにいるのか?」


声を潜めた友の呼びかけに、少年は小さく頷いた。


ユヅキ・カゲロウ。17歳。音言学園の特別研究生。そして、声を失った音言使い。


矛盾だらけの存在。


音言使いは声で世界を変える者。怒りの叫びは炎となり、哀しみの嘆きは氷雨となる。世界の秩序は、全て「言の力」で保たれていた。


なのに彼は——


「大丈夫か?顔色悪いぞ」


親友のレンが心配そうに覗き込む。レンの声には温かみがあった。彼の「癒しの言」は聞くものを包み込む力がある。だが今日はいつもと違った。その目に恐怖の色が混じっている。


「また、やられたんだ...今朝、タケルが...」


ユヅキの全身が凍りついた。タケルは学園随一の音言使い。彼の「轟音の叫び」は小さな建物さえ崩壊させる威力を持つ。


そんな彼が...?


ユヅキはぐっと唇を噛んだ。唇から血の味がした。言いたくても言えない。叫びたくても叫べない。かつては彼も強大な音言の力を持っていた。「破壊の詩」と畏れられた禁忌の言語。


しかし、あの日以来...


脳裏に昔の声が響く。


『お前の声は呪いだ。もう二度と、誰も傷つけられないようにしてやる』


ユヅキの喉元を黒い手袋が締め上げる記憶。そして——鮮血、炎上する村、家族の断末魔。


彼は声を失った。いや、封印したのだ。


「あいつに会ったのか?」ユヅキはノートに走り書きした。


レンは震える唇で答えた。「いや...でも痕跡は...タケルのアパートには血の一滴もなかった。ただ、窓が開いていて...部屋に埃一つない静寂があっただけ...」


絶対無音の暗殺者。


音言使いの間で囁かれる恐怖の存在。音を武器とする彼らにとって、音のない敵は最悪の悪夢だった。


ユヅキの胸に怒りが渦巻いた。友を守れなかった自分への憎悪。


彼は立ち上がり、窓際に歩み寄った。鏡面のように磨かれた窓に映る自分の姿。青白い顔、沈んだ目、そして——喉元に走る漆黒の傷痕。


あの男が残した、声の封印の印。


ユヅキは震える手でその傷痕に触れた。冷たかった。氷のように冷たい。


「このままでいいのか...?」レンの問いに、ユヅキは答えられなかった。


窓の外、灰色の雲が音言都市サウンドリアを覆っていた。高層建築の間を縫うように、音楽の鈴が風に乗って響いていた。平和な日常。でも、どこかに潜む絶対的な静寂。


突然、遠くで爆発音が響いた。続いて、警報が鳴り響く。


「またか...!」レンが怯えた表情で立ち上がる。


ユヅキは瞬時に身構えた。いつの間にか、彼の手には古びた短剣が握られていた。声の代わりに、彼が身につけた武器。


レンが窓に駆け寄ったその瞬間——


ガラスが無音で砕け散った。


無のように存在を消した黒い影が室内に侵入してきた。まるで闇そのものが実体化したかのような存在。


「ユ、ユヅキ...!」レンの叫びが途切れた。


黒い影がレンの首元に迫る。


ユヅキは短剣を構えたまま飛びかかった。が、影はあまりにも素早く、レンの喉元に触れた指先から黒い霧が立ち上る。


「お前も...声を失うがいい」


異様なことに、暗殺者の声には一切の音がなかった。唇の動きだけが言葉を形作っている。


レンが床に崩れ落ちる。


ユヅキの中で何かが切れた。


5年間封印してきた憎悪、恐怖、そして——言葉。


喉の奥から、熱いものが込み上げてくる。傷痕が灼熱に燃え上がる。


「あ....あ....」


ユヅキの唇から、かすかな音が漏れ出した。


暗殺者が驚愕の表情でユヅキを見つめる。


「不可能だ...あの封印を破るなど...」


ユヅキの全身が震え、部屋の空気が振動し始めた。彼の周りの空間がゆがみ、光が歪んだ。


「レ...ン...」


一つの名前。一つの音。


それは5年ぶりに彼の口から発せられた言葉だった。


暗殺者が後退りする。「お前は...」


ユヅキの目から涙が流れた。しかし、それは悲しみの涙ではなく、解き放たれた怒りの結晶だった。


沈黙は、今、終わりを告げようとしていた——。





「戻れ」


たった一言。しかしその言葉に宿った力は、部屋全体を震わせた。


ユヅキの声は錆びついた鎖が解き放たれるように不安定だったが、確かな威力を持っていた。空気が震え、粒子が踊り、音が形を成した。


暗殺者は一瞬の隙を見せたが、すぐに姿勢を正して告げた。


「五年前の生き残り…」


無音の言葉。それなのに、ユヅキにははっきりと伝わってくる。


記憶が洪水のように押し寄せる。炎に包まれた村。家族の叫び声。そして、あの男の姿…。


「お前が…あの時の…」


言葉を発するたび、ユヅキの喉が焼けるような痛みを覚えた。喉元の黒い傷痕が赤く輝き始める。


暗殺者は静かに微笑んだ。「興味深い。封印を破れるとは。だが、まだ力を制御できていない」


彼は黒いマントをひるがえし、窓へと向かった。


「待て!」


ユヅキの叫びは、窓ガラスを粉々に砕いた。しかし暗殺者はすでに夜の闇に溶け込みつつあった。


「仲間を返せ!」


怒りに任せた声が建物を揺らし、レンの倒れた体が転がる。


ユヅキは慌てて友に駆け寄った。


レンの首には、彼と同じ黒い痕が走っていた。だが、まだ息はある。


「レン…ごめん…」


自分の腕に友を抱きかかえ、ユヅキは初めて気づいた。自分の声が戻ったことを。


だが喜びではなく、恐怖が彼を満たす。


「制御できない力は、再び悲劇を生む」


暗殺者の言葉が頭に残る。そのとき、部屋のドアが勢いよく開いた。


「何があった!?」


音言学園の教師、サクラダ先生が駆け込んできた。彼女の目は状況を素早く把握し、瞳孔が恐怖で開いた。


「ユヅキ…お前、声を…」


ユヅキは頷きながら言った。「暗殺者が…レンを…」


言葉を発するたび、部屋の空気が震える。サクラダは慎重に近づきながら言った。


「落ち着きなさい。その力は…扱い方を間違えると…」


彼女はレンを確認し、安堵の表情を見せた。「彼は生きている。でも封印されている。」


「治せますか?」


「わからない…」サクラダは正直に答えた。「でも、あの暗殺者を追えば、手がかりがあるかも」


ユヅキは立ち上がり、窓の外を見つめた。暗闇の中、音言都市の明かりが揺れている。どこかにあいつがいる。


「行くつもりね」サクラダの声は冷静だった。


「はい」


「その声を使えるようになるまで、できるだけ話さないこと」彼女は厳しく言った。「今のあなたは、時限爆弾よ。」


ユヅキは黙って頷いた。


そして、夜の闇へと踏み出す準備を始めた。



挿絵(By みてみん)



夜の音言都市は、沈黙に包まれていた。


普段なら歌や笑い声で満ちているはずの広場も、今宵は異様な静けさに支配されている。まるで都市全体が息を潜めているかのようだった。


ユヅキは屋根から屋根へと静かに身を移した。サクラダから借りた「音消しの外套」が、彼の足音を完全に消していた。


三日間の追跡。そして今、ついに見つけた。


地下水路に通じる古い建物。そこから微かに漂う独特の無音の気配。


暗殺者の隠れ家だ。


「ここまでか…」


呟きを心の中に留め、ユヅキは古びた扉に近づいた。この三日間、彼は必死に声を抑え、最小限の言葉だけで過ごしてきた。


その代わり、サクラダから渡された特殊な短剣「無言刃」を使いこなす訓練を積んだ。声なき戦いの術を。


扉を開けた瞬間、冷たい空気が彼を包んだ。螺旋階段が地下へと続いている。


一歩、また一歩。


階段を降りるごとに、空気がより重く、より静かになっていくのを感じた。そして、最深部まで降りたとき、彼はそれを見た。


巨大な音消しの間。部屋全体が黒い結晶で覆われ、一切の音を吸収していた。


そして、その中央に立つ黒衣の暗殺者。


「来たな、最後の声使い」


暗殺者の無音の言葉が、直接ユヅキの意識に響いた。


「レンを返せ」


ユヅキは短く、ほとんど聞こえないほどの声で返した。それでも、その小さな音が結晶に吸い込まれる様子が見てとれた。


暗殺者は静かに笑った。「私はアオ。かつて音言最強と称えられた者だ」


ユヅキの目が見開いた。アオ・サイレンス。伝説の音言使いにして、五年前に死んだとされていた人物。


「なぜ…仲間を」


「仲間?」アオの表情が歪んだ。「音言使いなど、仲間などではない。彼らは破壊者だ」


彼はゆっくりと手袋を外した。その手には、無数の傷痕が刻まれていた。


「私の村は、音言使いによって滅ぼされた。家族も、友も、全てを奪われた。」


「だから…お前も」


「そう、復讐だ。しかし単なる殺戮ではない」アオは静かに言った。「彼らの声を封印し、音の支配から世界を解放するのだ」


部屋の奥から、うめき声が聞こえた。そこには檻があり、その中に—レンを含む数十人の音言使いたちが閉じ込められていた。全員の喉には黒い封印の痕。


「みんな…」


ユヅキの中で怒りが膨れ上がった。だが、サクラダの忠告を思い出す。


「感情に任せて声を放てば、仲間もろとも全てを破壊する」


彼は無言刃を構え、アオに向き直った。


「愚かな選択だ」アオが言った。「声なき者が、私に挑むとは」


次の瞬間、アオの姿が消えた。


そして耳元で、冷たい声が響く。


「お前の力を見せてみろ、破壊の詩を持つ者よ」


ユヅキの背後から、鋭い痛みが走った。



挿絵(By みてみん)



背中から血が流れ、ユヅキはよろめいた。


「遅い」


再びアオの姿が消え、ユヅキの前に現れる。その手の黒い短剣が、音もなく空気を切り裂いた。


かろうじて避けたが、頬に一筋の傷が走る。


「声を使わずに私に勝てると?笑わせる」


アオの無音の言葉が頭の中で鳴り響く。


ユヅキは無言刃を構え直し、相手の動きを見極めようとした。だが、完全な無音の中では、彼の感覚は鈍っていた。


「おまえは何も知らない」アオが語る。「音言使いの真実を」


次の一撃が、ユヅキの腕を捉えた。短剣が宙を舞う。


「五年前、お前の村を滅ぼしたのは私ではない」


ユヅキの目が見開かれた。


「音言議会だ。彼らは『破壊の詩』の力を恐れ、消し去ろうとした」


アオの言葉が、ユヅキの記憶の扉を開いた。


炎に包まれた村。しかし、それを引き起こしたのは黒衣の暗殺者ではなく、白い制服を着た音言使いたち。


「私はただ一人、生き残った子供を救っただけだ」


ユヅキの喉元の傷痕に触れるアオ。


「声を封じたのは、お前を守るためだった」


混乱と衝撃。だが檻の中のレンたちの姿が、ユヅキを現実に引き戻す。


「それでも…これは違う!」


ユヅキの叫びが、結晶を震わせた。


アオの目が細められる。「声を使うか…ならば」


彼の手が、檻に向かって伸びる。「彼らも道連れだ」


その瞬間、ユヅキは理解した。声と沈黙。相反する力。しかし真の敵は別にいる。


「聴け」


ユヅキの声は、今度は違った。叫びでも怒りでもなく、静かな決意に満ちていた。


黒い結晶が、共鳴するように微かに光を放った。


「私の言葉は、破壊のためではない」


部屋全体が振動し始める。しかし結晶は砕けない。むしろ、その振動を受け入れ、増幅していた。


アオが驚きの表情を浮かべる。「まさか…『調和の詩』」


ユヅキの声が高まる。「私の声は、繋ぐために在る」


檻の中のレンたちの喉元の黒い痕が、光り始めた。


「封印を解放する」


一瞬の静寂。そして——


檻の中から、一斉に声が戻る音が響いた。喜びの声、安堵の声が、音消しの間に溢れる。


アオが膝をつく。「不可能だ…『破壊の詩』が…」


「私の力は両方持っている」ユヅキは静かに言った。「破壊も、調和も」


記憶の断片がつながる。両親の最後の言葉。


『あなたは特別な子。声は刃にも、盾にもなる』


サクラダ先生の言葉の真意。『時限爆弾』ではなく、『時を待つ光』だったのだ。


「音言議会は腐敗している」アオは言った。「奴らは力を独占し、恐れるものを消してきた」


ユヅキは手を差し伸べた。「だからこそ、力を取り戻し、真実を明かすべきだ」


「私とともに、正しい世界を作ろう」


アオの目に、長い沈黙の後の涙が浮かぶ。


「誰かの声になれなかった私が…」


ユヅキは微笑んだ。「あなたの沈黙も、大切な言葉だ」


檻から解放されたレンたちが近づいてくる。レンの目には感謝と安堵の色があった。


「やっぱり、お前の声は特別だったんだな」


ユヅキは頷いた。もう恐れることはない。声は武器であり、盾であり、そして何より——


「繋ぐための架け橋だ」


音言都市の夜明け。新たな時代の幕開けを告げる朝日が、地下水路から見上げる空に輝いていた。


音と沈黙は決して敵ではない。すべては、伝えるための違う形なのだから。


ユヅキは深く息を吸い、そして新たな言葉を紡ぎ出した。


「始めよう、本当の物語を」

『沈黙の咆哮』あとがき


みなさん、『沈黙の咆哮』を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます! 物語を通して、ユヅキの旅に付き合ってくださった皆さんとこの世界観を共有できて嬉しく思います。


実は、この作品は深夜のカップラーメンタイムに浮かんだひらめきから始まりました。「声が武器になる世界があったら?」という単純な疑問が、気づけば「じゃあ、沈黙は何の力を持つんだろう?」という思考実験に発展したんです。そこから音と静寂の対比という軸が生まれました。


個人的なこだわりは、ユヅキとアオの関係性です。単純な善悪ではなく、互いに理解し合える「違う側面から同じ問題に向き合う者たち」として描きたかったんです。実際、アオのキャラクターを作り込む過程では、自分自身の中の「声に出せない思い」を投影していました。沈黙の持つ力って、意外と侮れないですよね。


執筆中に一番苦労したのは…バトルシーンです!声を使った戦いをどう表現するか、何度も書き直しました。「破壊の詩」と「調和の詩」という概念も、当初は全く別の能力だったのですが、ふと「相反するものが同じ源から来ている」という東洋思想に触れ、大幅に設定を変更したんです。結果的に物語の深みが増したと思っています。


裏話ですが、レンのキャラクターは実は私の親友がモデルです(ごめん、バラしちゃった!) あいつの「何があっても前向きな性格」と「とにかく話し好き」という特性が、声を失ったユヅキとの対比として完璧だったんです。現実では声の大きい彼が、物語で声を封印されるというのは、ちょっとした私的な冗談でもあります。


音言都市サウンドリアの設定は、実は3回くらい作り直しました。最初は未来都市風だったのが、どんどん和風テイストが混じり、最終的には西洋と東洋が融合したような独特の世界観になりました。世界設定ノートは物語本編の3倍くらいのボリュームになっています…(そのうち設定資料集として公開するかも?)


皆さんからの感想、特にユヅキの成長や音と沈黙のテーマについて、どう感じたか聞けたら嬉しいです。この物語を通して、「伝えること」と「聞くこと」の両方の大切さが少しでも伝わっていれば幸いです。


次回作も構想中ですが…ヒントだけ言うと「光と影」がテーマになりそうです。これからも応援よろしくお願いします!


感謝をこめて、

音言使い見習い作家 より。

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