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ポーカーフェイス  作者: 堂宮ツキ乃
最終章

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35

 この時間は通勤や通学のためにバスを利用する者が多い。この春からアルトもその一人だ。彼女は真新しい制服に身を包み、バス停の近くに立っていた。


 淡い水色を基調としたジャケット、真っ青なリボン、グレーのプリーツスカート。この制服は市内で一番オシャレだと言われるくらい人気だ。


 通りすがる中学生がアルトのことを見つけ、小さく指をさす。居心地が悪くなったアルトは彼らに背を向け、ポケットからスマホを取り出した。


「アルトー! おはよう!」


「おはよ」


 振り向くと同じ格好をしたハルヒと、抹茶色のブレザーを羽織ったミカゲが現れた。


 それと同時にバスが止まり、制服やスーツ姿の人たちが乗り込んでいく。その後ろには空のバスが二台控えていた。


 最後のバスに三人で一緒に乗ると、後部座席に並んで座った。


「やっぱりウチの制服が一番可愛いよね!」


「スカート短くてちょっと……」


 アルトはスカートの裾を引っ張った。


「なんでー? 似合ってるよ、いいじゃん。タイムに直接見せてあげられないのが残念だよ……」


 ハルヒの隣でミカゲはスマホをいじっていたが、ポケットにしまった。


 彼はネクタイをさわったり、スラックスのシワを伸ばしたりと落ち着きがない。


「どした? 春休み中に太ってキツい?」


「そんなんじゃねぇよ……。タイムがさっきからうるせぇ……」


 タイムの名前にアルトの耳がピクッと反応する。


「タイム……?」


「あぁ……。アルトの制服ってどんなん? だってさ。今時ネットで出てくるだろうし、そもそも彼女に直接聞けよ」


「アルトには何かきてるの?」


「タイムは今日が入学式なんだって」


「しょうがないな、学校についたらアルトの写真を撮って送ってあげるかー」


 その後、アルトとハルヒは学校に着くなり部活の勧誘をされた。昇降口までの道の両脇は二、三年生の生徒で固められ、ビラを持った手が伸ばされる。


 運動部はユニフォームを着てラケットやボールを持って声を張り上げている。その横の演劇部も負けていない。ドレスや軍服を身にまとい、金髪のウィッグを被っているのでよく目立つ。しかも声がどの部活より響いている。


 二人は先輩たちに圧倒されながら進み、いつの間にか手には大量のビラが積み重ねられていた。


「アルトは部活どうするの?」


「手芸部に入る」


「もう決めてるんだ! 手芸部か……。ちょっと意外だったかも」


「あ、あの子! 新しい部員だよ!」


 ようやく勧誘の列から抜けると、交わしたことがある声が聞こえた。


「お久しぶりです」


「えーアルトもう知り合いいるの!?」


 オープンキャンパスの時に声をかけてくれた先輩だった。後輩らしき生徒を引き連れ、アルトたちの元に駆け寄った。


「合格おめでとう! え~……とぉ……」


「アルトです。麗音アルト」


「アルトちゃん! 今日からよろしくね」


 先輩は三年生なので共に過ごしたのは一年だけだった。しかし、彼女と卒業後も関わるようになるとはこの時は夢にも思わなかった。


 先輩は何年か仕事をした後、会社を立ち上げた。ハンドメイドのフェルト絵本を製作して販売したり、不要になった絵本を回収して譲渡するのだ。


 アルトは高校を卒業後、短大に通いながら先輩の会社でバイトとして働いた。











 アルトが高校在学中、川添と響子が結婚した。


 川添は結婚の挨拶をした時、”アルトの本当のおじさんになったな”とはにかんだ。二人は現在、パン屋の近所に建てた家に住んでいる。


 長年の片思いを実らせた川添は響子にデレデレ。アルトが呆れるのも構わず、”響子響子”とついて回っている。


 彼は響子と結婚したことを生徒に報告した時、”パン屋の美人を射止めた”と伝説扱いされた。ご近所さんには”パン屋のお婿さん”と呼ばれている。


 そんな川添は異動することなく、ずっと母校で教鞭を取っている。


 響子はと言えば、川添と付き合うようになってから地元に帰ってきた。在宅ワークに切り替え、合間に実家のパン屋で修行をしている。


 彼女はいずれは店を継ぐつもりだとアルトに語った。


『父さんも母さんも生涯現役、とは言ってるけどいずれは……ね。後継者がいなくちゃ。姉さんの夢でもあったし』


 それは初耳だった。そういえば歌子はアルトのためにパンを作ってくれることもあった。


『お母さんの?』


『そう。私もだけど姉さんにとってもここは思い出の場所だから。ただの実家じゃないの。だからずっとここを残したい』


 アルトはアルトでタイムと連絡を取り合ったり、会っていた。


 周りが身近に彼氏彼女がいるのを見ると、正直うらやましかった。


 しかし、タイムは会う度寂しさを埋めてくれる。


『元気だった?』


『うん……。タイム、また背が伸びたね』


 二人で撮った写真を新しい友だちに見せたら心底うらやましがられた。ものすごくイケメンだし優しそう、だと。


 そんなアルトは中学の同級生に会う度、”愛想が良くなったし表情が豊かになったよね”と言われる。


 だが、昔からの知り合い相手だと感情の起伏は控えめだ。


 タイムは”それが嬉しい”、と二人きりの時に言ってくれた。


『俺はアルトの中で特別、っていうか心を許してくれてるって優越感に浸れるから』











 アルトの同級生たちの噂は常に入ってくる。メッセージアプリのグループを組んでいるからだ。


 その中で特に盛り上がったのは、肇と華。二人は違う高校に通ったが、大学で再会した。その時に肇が勢いで告白したらしい。中学を卒業してから華に会えなくなり、もう二度と会えないのではと後悔の念を抱いていたからだ。


 もう離れたくない、忘れられたくない。その一心で告白したところOKをもらい、大学を卒業してからも恋人関係が続いた。


 テツは大学を卒業後、しばらくして地元の後輩に告白された。しかもそのまま結婚。同級生で一番早くに結婚し、子どもを授かるのも早かった。今では子どもにウザがられるくらい可愛がっている。


 彼の妹、なのかは現在中学生。


 ”お兄ちゃんの方がアルトちゃんにこの家に来てほしいって思ってたよね~”とニヤニヤする様子は彼そっくりだ。


 ハルヒとミカゲとはずっと仲がよく、今でもよく会う。


 二人は未だ独身で、ハルヒは相変わらず推し活にお熱だ。


 彼女はオタク仲間がめちゃくちゃ多く、その界隈で人気者。イベントに参加するとたくさんの仲間とあいさつを交わす。


 ミカゲは大学を卒業後、マコトの元で働き始めた。真面目で誠実な態度に将来有望と言われ、誰からも一目置かれている。


 二十代も後半に入ると、女の影がないことを見かねたマコトに出会いの場をセッティングされるようになった。今度は父の友人の娘と会う予定だ。何を、とは言わないが”こじらせてない”が口癖。


 鷹野は警察をやめ、駅前で探偵事務所を開いた。彼は響子と川添が付き合ってからもちょっかいをかけていたが、結婚してからはぱったりやめた。


 相変わらず一人で、驚くことに彼の元でショウが助手兼事務として働いている。


 蘭花と剣介は大学を卒業し、神職資格を取得した。二人は剣介の卒業後まもなく結婚し、子どもを授かった。二人は菖蒲の後を継ぐべく日々奮闘している。











 アルトとタイムが結婚したのは26歳の時。今はパン屋の近くのマンションでタイムと暮らしてる。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 18時になるとタイムが帰ってくる。アルトはソファの上で編み物をしていた。テーブルの上には毛糸の小さな靴下が三足。手芸部で編み物を教えてもらったことがあるのでまぁまぁ得意だ。


 アルトが立ち上がろうとすると、タイムに”座ってて”と額のキスで戻されてしまった。


 彼は身支度を整えるとお茶を淹れ、アルトの隣に腰を下ろした。


「もうすぐ隣町との練習試合なんだ。子どもたちも張り切ってる」


 タイムは地元のサッカー教室のコーチになり、子どもたちにサッカーを教えている。


 彼は学校の先生になるのが夢だったが、高校に通ってる間に気が変わったらしい。やはりサッカーを専門的に教えたい。自身もサッカーにふれる時間を増やしたい、と。


「麗音コーチの指導が一番わかりやすい、って言われたよ」


「さすがだね」


 タイムは麗音家に婿入りした。


『前世で俺の苗字を名乗ってもらったから。麗音タイムも悪くないだろ?』


 表向きは麗音家の苗字を絶やしたくないから、が理由らしい。本当の理由は二人だけの秘密だ。


 実は川添────イサギも苗字が麗音になった。


 いつか響子がパン屋を引き継いだ時にややこしくないように、とのこと。川添も土日はパン屋の手伝いをしたりパン作りの極意を教わっている。


 麗音の苗字は絶えるどころか増えた。律子も弦二郎も”仕方ないし、こだわるようなことではない”と言っていたが実は寂しく思っていたようだ。イサギとタイムの申し出に誰よりも喜んだのは二人だ。


「アルトは今日も?」


「うん。いっぱいできた」


「あったかそうだね。それにいい色。やっぱりセンスいいよ」


 タイムはテーブルの靴下をそっと手に取り、やさしくなでた。


 アルトは短大で図書館司書の資格を取得し、図書館で働く傍ら絵本作家としても活動していた。


 高校生の時に手芸部で作った作品を認められ、先輩の会社から注文を受けている。人気過ぎて時々受注停止するほど。


 いつか絵本製作をメインに一緒に仕事しないか、と先輩に誘われた。


 もちろんOKしたいが、アルトはしばらく待ってほしいと頼んだ。


「トウカは何色が好きかな」


 タイムはアルトの腹部にふれ、柔らかくほほえんだ。このほほえみは初めて会った時から変わらない。アルトの頬も自然に柔らかくなる。


 子どもができたことが分かり、タイムにも家で楽に過ごしてほしいと言われたからだ。つわりのせいで動けない日もある。


 この前の検診で子どもは男の子だと判明した。


 アルトの父、トウジと母の歌子を合わせた名前にしようと言い出したのはタイムだった。


 そんな提案をしてくれた彼が今も変わらず好きだ。


「トウカと一緒にサッカーやりたい?」


「できたらめちゃくちゃ嬉しいね。けど、好きなことをのびのびとやってほしい」


 タイムはアルトの頬をなで、肩を抱き寄せた。


「アルトは女の子が生まれたら一緒に編み物をやりたいとかある? お菓子作りとか、実家でパン作りとか……」


「ん……? この子は男の子だって先週……。あ、生まれたら違った、っていう可能性もあるって先生言ってたね」


「そうじゃなくて」


 彼は意味ありげに口角を上げると、アルトの頬に唇を押し当てた。そのまま唇を移動させ、耳元でかすかにささやく。


 声と吐息がくすぐったくて首を縮めた。


「い、いずれはね!」


 アルト真っ赤な顔でタイムのことを押しやる。眉を落とした彼が捨てられた子犬のように鼻をならす。あざとい表情はお手の物だ。


 仕方なく手を握ると、満足そうに”ふふん”と笑った。


「も~タイムは……」


 手を握り合うと額をコツンとくっつけた。


fin.

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