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ポーカーフェイス  作者: 堂宮ツキ乃
五章 童顔刑事と麗音家

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 この日、ミカゲはアルトの誕生日プレゼントを買いに駅前へ出かけていた。


 もちろん家族には内緒で。バレたら三人でからかってくるに決まっている。


 ミカゲはハタにこっそりとお願いし、車を出してもらった。


 目的を果たして帰ってきたのだが雨がすごい。台風シーズンが終わってから雨の日は減ったし、勢いもなくなったのに。


 外の雨とは反対にミカゲの心はウキウキで満たされていた。


(喜んでくれるといいな……)


 プレゼントとして迷いに迷って決めたのは淡い水色のシャーペン。シンプルなデザインだが、長時間書き続けても疲れにくいという優れものだ。五色のノートセットも一緒にラッピングしてもらった。


「ミカゲ様」


「……っはい!」


「あちらは……アルト様では?」


 運転席のハタがミラー越しに視線を合わせた。


 心に浮かべていた相手が土砂降りの中に? ミカゲは窓越しに外を見つめた。


「ハタさん! 停めて!」


 大雨の中とぼとぼと歩いている彼女を見つけた瞬間、ミカゲはシートベルトを外した。


 ”傘を”、というハタの声を背中で聞きながら車から飛び降りる。


「アルト!」


 いつも以上に小さく見える彼女の背中。その肩に手をかけると、手がぐっしょりと濡れた。


「……ミカゲ」


 髪も顔も服も濡れた彼女の顔はしょぼくれていた。伏せた目は暗く、元気がない。


 ミカゲは無言で彼女の腕を引っ張った。シートが濡れるのも構わずアルトを引き入れ、ハタから受け取ったタオルで彼女を包み込んだ。


「こんな雨の中何してんだバカ!」


 彼の怒声にアルトは肩を震え上がらせた。だが、声を発そうとしない。


「アルト様。ご自宅までお送りします。よろしいですか?」


「……ありがとうございます」


 ハタの声にぺこん、と頭を下げると髪から雫が滴る。ミカゲは無言で彼女の髪を拭き続けた。


 パン屋の前に着くと、ミカゲは彼女と一緒に車を下りた。ハタは近くで待っていてくれるらしい。


 店に入ると律子と弦二郎は休憩中らしい。コーヒーが入ったマグカップを手で包んでいる。


 二人は大層驚いたようだった。無理もない、アルトがずぶ濡れなのだから。


「とりあえずタオル……」


「自分でやるから。大丈夫」


 アルトは二階に上がろうとした二人を押しとどめ、階段を上がった。ミカゲは無言でついていった。


 何度か入ったことのあるアルトの部屋。彼女は電気をつけ、タンスの引き出しからタオルを取り出した。その間にミカゲは、テーブルに例のプレゼントをそっと置いた。


「どうしたんだよ。こんな雨の中……」


「神社に行ってたの」


「そこでなんかあったのか」


 やっと口を聞いてくれたのに、彼女はまた口をつぐんでしまった。どうやらビンゴらしい。


「話せないようなことなのか? 巫女さんとケンカしたとか……」


「ううん。蘭花ちゃんはいなかった。……タイムのお父さんがいた」


「タイムのお父さん?」


 意外な相手だ。だが、彼女の意中の相手の親。ミカゲとしてはあまりいい気はしない。


「タイムに関わらないでほしいって……」


「なんでだよ?」


「……私が…………」


 アルトはそう言ってうつむいた。嗚咽がもれそうなのを我慢しているように。


 そんな姿を見せられたらミカゲも無理強いできない。彼は下唇を噛んだ。


「ミカゲ……!?」


 首の下からが冷たくなった。水分が自分の服に移るのが分かる。


 アルトの声がくぐもって聞こえる。気づいたら彼女を抱きしめていた。


「俺とだったら……そんな思いしなくて済むぞ」


「ん……?」


「好きだ」


 アルトが”え?”とつぶやくのが聞こえた。まるで意外だ、と他人事のように。


 絶対気づいてないとは思っていた。ハルヒはもちろん、テツにも見抜かれていたのに。アルトは華のことを言えない鈍感だ。


「ずっと好きなんだよ……。離れている間、お前のことを忘れた日なんて一日もない。ずっとアルトに会いたかった。ずっと……こうしたかった」


 ミカゲは腕に力をこめると、彼女の頭にアゴをのせた。


 アルトは身じろぎもせず固まっていたが、ぬれた髪をなでると顔を上げた。


「私も……ミカゲが好きだよ」


 相変わらず頬をピクリともさせないが、ミカゲにはほほえんでいるように見える。声が柔らかい。


 彼女の言葉はミカゲの胸に甘く響いた。だが、彼は切ない表情で眉を落とした。


「タイムに対するのとは違うんだろ……」


「……うん」


「いいんだ。いつもタイムのことを見てたの、知ってるから」


「ごめん……」


「なんで謝るんだよ。保育園の時から一緒なんだろ、勝てないって分かってた」


 ミカゲは彼女の頬を包み込んだ。すっかり冷たくなっている。


 ちょっと短いまつ毛、小さい鼻、真っ赤な唇。何より目を惹かれるのは切れ長で赤茶色の瞳。この瞳に何度とらわれたことか。


 彼女は目をぱちくりとさせ、上目遣いでミカゲを見上げた。


 このままキスしてしまいたかった。両親が恥ずかしげもなくじゃれるように。唇を合わせ、腕の中に閉じ込めて。


 だが、アルトのファーストキスは奪えない。


 彼女が初めてを捧げたいのは、テツやミカゲでは敵わない男子のはず。


「俺にしとけばいいのに……。バカヤロー……」


 ミカゲは目をとじると、彼女と額を突き合わせた。







 ミカゲが帰り、アルトはぬれた服を取り換えた。


 地べたに座り、早めの誕生日プレゼントを見つめた。


(シャーペンとノート……。ミカゲらしいな)


 シンプルな文房具で機能性重視なところが。ありがたく使わせてもらうことにする。


(ミカゲ、ごめんね……。でもありがとう)


 アルトは文房具のセットを裏返し、透明な袋をなでた。


 まさか彼に好かれているなんて夢にも思わなかった。他の女子よりよく話す自覚はあったが、そんな風に想われていたなんて。


 あのまま彼に全てを委ねたら、きっとなんの障害もなく幸せになれる。ミカゲは時々口は悪くなるが、周りをよく見ていて優しい。


 彼の姉も両親も、二人の仲を反対することはないだろう。


 もちろん彼のことは好きだ。だが、恋愛の好きとは違う。彼に抱いているのは親愛だ。


(私はタイムのことが……)


 そこで言葉につまる。実際に声に出しているわけではないのに。アルトは胸の辺りの服を掴み、うつむいた。


 ミカゲのおかげで少しだけでも匡時の言葉を忘れることができたのに。不意に現実に引き戻されて胸が痛くなった。











「じいちゃん、ばあちゃん。玲嵐って知ってる?」


 お風呂上り。アルトは乾かしてつやつやになった髪でリビングに現れた。


 新聞を読んだりテレビを見ていた弦二郎と律子がハッとして顔を上げた。


「……知ってるんだ」


 二人を顔を見合わせ、弦二郎がソファから立った。律子はアルトをソファの横に呼び寄せた。


「玲嵐はあなたの両親の……」


「知ってる。タイムのお父さんに聞いた」


「……そう」


 律子は暗い声でうなずき、弦二郎が戻ってくるまで言葉を発そうとしなかった。


 テレビから聞こえる笑い声だけが響く。能天気な笑顔がうらやましかった。


「アルト、これを見なさい」


 自室から戻ってきた弦二郎は二冊の本をアルトに差し出した。どちらも背表紙は糸で綴じられている。それぞれ赤と緑の表紙で覆われているがボロボロで、若干毛羽だっている。


「古い本?」


「麗音家が刀鍛冶だった頃の記録だよ」


「こういうのは残ってないって……」


 二人が時々教えてくれる刀鍛冶時代の話は口伝だと思っていた。


 アルトも特別興味があったわけではないので、詳しく聞こうとしたことはない。


「麗音家では二十歳になった時にこれを読めるように決めてる。これの存在は外部には内緒、特に学者には」


 学者と言われて匡時の顔が思い浮かぶ。アルトは弦二郎のことを見上げた。


「いいの? 私が読んで」


「いいんだ。本当はもっと早くに見せるべきだったな……」


 アルトは弦二郎からそれを受け取り、そっとめくった。強い力を加えたら簡単に破れてしまいそうだ。


 だが、残念ながらアルトには読めなかった。達筆過ぎる上に見たことない漢字が多い。無言で弦二郎に返すと、察したのか二人は吹き出した。


「玲嵐は麗音家で作られた刀よ。幕末頃に麗音家の娘が嫁入りした時のお守りとして」


「お守り?」


「そう。ある時ここにやってきた関西の商人と恋に落ち、交際0日婚で奈良へお嫁に行った娘のために」


 ”その人のことが特に詳しく書いてある”、と律子は緑の本を指さした。


琵琶(びわ)という女性で、刀鍛冶たちの身の回りの世話をしていた。掃除に洗濯に食事の用意。気立てのよい娘だったそうだ」


 彼女の名前は楽器が由来らしい。そんな昔から麗音家では、音楽や楽器に関する名前をつけられていたようだ。


 弦二郎は赤い本をアルトに持たせた。


「これは琵琶が奈良へ嫁いでからの日記だ。琵琶の夫、フジの弟がはるばる届けに来てくれたと言い伝えられている」


「日記……」


 アルトが表紙をめくると二人は顔を見合わせた。じっと見つめると、意を決したように律子が口を開いた。


「……新しい土地での新しい出会い、幸せな生活。ご近所さんとの交流が書かれているわ。でもある時……フジさんが亡くなってしまった。幕末……動乱の世のせいで巻き込まれてしまった。夫の無念を晴らすために琵琶さんは玲嵐で戦うことを決めた。殺し屋になってしまったのよ……。後々、乱菊と呼ばれるようになったそうよ。鞘の柄からとって」


「テレビで玲嵐を見た時は本当にびっくりしたよ……。この記録で読んだ通りの刀で、しかも……。琵琶は斬首刑にあい、玲嵐は行方知れずとなっていたから」


「かわいそうな人よ……琵琶さんは。タイム君のお父さんが刀鍛冶のことで取材させてほしい、と来たことがあるけどだまっていたの。殺し屋乱菊としての人生があまりにも不憫で」


 アルトは二冊の本を渡された。読めなくても目を通したくなったらすぐに手に取れるように、と。


 彼女はそれをベッドに持ち込み、パラパラとめくった。


 黄ばんだ紙は独特なにおいがする。ベッドサイドのライトで照らすと、やはり見たことのない文字の羅列にしか見えない。


(琵琶とフジ……)


 緑の本を眺めていたら、玲嵐の持ち主とその夫の名前だけは分かるようになってきた。二人の名前が特に多く出てくるからだ。


 赤い本はなぜか、自分で開く勇気がなかった。


 殺し屋になってしまった琵琶、もとい乱菊の日記。彼女が斬首刑になってからのエピソードは、フジの弟が書き足したものらしい。


 アルトは二冊の本を勉強机に置き、ベッドに潜り込んだ。






 その夜、アルトの夢にタイムに似た着物の男が出てきた。もはやおなじみの彼だ。


 今日の彼は怒りに似た険しい表情でアルトのことを抱きしめた。


 口元を動かしているが、何を言っているのか分からない。こんなに近くにいるのに。


 夢の中のアルトは彼の背中を優しく叩いた。意志とは反対に何かを話しかけたが、その内容は自分でも分からない。


 すると、彼はアルトを解放していつもの穏やかな笑みを浮かべた。


 やはり彼はタイムによく似ている。タイムと抱き合っているのではと錯覚し、心臓がドクドクと波打ち始めた。


 ミカゲの時には感じなかった激しい鼓動。やはり自分はタイムのことが好きなのだと実感する。


 せめて今だけは。


 アルトはタイムによく似た男のことを、今度は自分から抱きしめた。

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