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ポーカーフェイス  作者: 堂宮ツキ乃
四章 恋と伝説と神社

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 夏休みとは言え、一日も登校しないというわけではない。


 受験生ということで学校では補習が行われている。家だと勉強に集中できないとか、もっと頑張りたい生徒のためでもある。


 三年生の教科担任たちは各教室を回ってプチ授業を行った。その後には必ず質問コーナーが設けられた。


 独身の教師には”いい相手は見つかりそうですか~”、”あの先生とお似合いなんじゃないですか!?”と、おちょくる生徒もいたが。


 補習は強制ではないが、アルトはなるべく行くようにしていた。もちろん双子と一緒に。


 学校に行けば同級生たちの顔を見ることができる。


 教室内は人数が少なくてもにぎやかだ。一つの席に何人も集まったり、椅子の上に二人で座っていたり。


 彼らの話題は先日行われた市内大会のことばかり。あの部活は何回戦で敗退したとか、テニス部や卓球部の個人戦で市内大会の上に進んだ者がいるとか、二年生の誰々がキャプテンになったとか。


 アルトはスクールバッグから教科書や筆記用具を取り出し、机の横にバッグを引っかけた。顔を上げると、タイムの席に目が行った。


 正直言うと長い夏休み中にタイムの顔を見られないのは寂しい。だからこうして登校し、拝むのは心の保養になる。彼の成績は学年トップクラスだが、補習で彼を見かけない日はない。






 市内大会の次の日。アルトは夏休みの宿題に取り掛かっていた。昨日やらなかった分、今日カバーしないと……と、勉強机に向かっている。


 エアコンが時折うなる音すら耳に入らず、一心不乱に問題を解いていたらノックの音が響いた。


 律子だろうか。勉強中は部屋にこもりがちなアルトに、定期的に麦茶の差し入れをしてくれる。


「ばあちゃん?」


「アルト、お客さんよ」


 二階にわざわざ来てそう言うのは珍しい。いつもだったら階段の下から呼ぶのに。


 振り向いたアルトは祖母の隣にいる人物が誰だか分かると、心臓が胸をぶち破るかと思った。


「タイム……!?」


「お邪魔してるよ」


「下から呼んだけど聞こえなかった? タイム君、アルトにお礼が言いたいって来てくれたのよ」


 律子はいたずらっぽい表情でタイムの背中を押した。


「積もる話もあるでしょうしどうぞ! お茶持ってくるわ」


 律子に会釈したタイムは後頭部をかいた。


「急にごめん。忙しかった?」


「ううううん」


「どっち?」


 動揺したせいで首をいろんな方向に動かしてしまい、彼に笑われた。


 アルトは心と体を落ち着けると、キャスター付きの椅子から立ち上がった。そして部屋の中央にある小さなテーブルに移動した。ここは双子が遊びに来た時に彼らが勉強したり、三人でお茶をするのに使っている。


 まさかタイムが、好きな人が部屋に入る日が来るとは。アルトは敷いてあるカーペットをさりげなくチェックした。今朝、掃除機をかけたばかりなのでごみは落ちていない。


 アルトがテーブルのそばに腰を下ろすと、タイムはあぐらをかいた。


 休日の彼は当然私服なのだが、シンプルな白のTシャツとカーキズボン。むき出しの腕は血管が浮き出ており、ほどよい太さに目がそそられる。


「昨日はありがとう。パン、おいしかったよ。何個か余ってたから内緒でいっぱい食べちゃった」


 煩悩まみれでタイムの腕を注視していたら、彼がはずかしそうにはにかんだ。


 意外と食い意地張っている。知らなかった彼を知れたのがちょっと嬉しい。


 アルトがうなずくと、タイムは目を細めた。


「それから……応援も。嬉しかったよ」


「聞こえた……?」


「うん、バッチリ。おかげで準優勝したよ」


 あの時、彼が放ったジェスチャーはアルトに向けたものらしい。確信が持てたのも、彼に改めてお礼を言われるのも嬉しかった。


「そっか……。おめでとう。じゃあ、これで引退?」


「そう。テツは部活終わって勉強一筋なのだりーって言ってたよ」


「うわぁ、言ってそう」


 その後、律子がお茶を持って戻ってきた。タイムはお茶を飲み終わるまで、アルトの勉強を見てくれた。






 夏休みは図書室の開放日が決まっている。


 ホームルームが終わるとアルトは図書室へ行き、本を返して新たに三冊借りた。


 本を片手に教室へ戻ると、双子に駅前へ遊びに行こうと誘われた。


「お昼ご飯食べに行こ! あたしハンバーガー食べたいんだ」


「ハンバーガー?」


「そ! ポテトと炭酸合わせて~……。カロリー摂取したい」


 断る理由はないので、アルトは双子に付き合うことにした。


 双子に連れられて校門へ行ったら、黒光りする長い車が停まっていた。補習や部活帰りの生徒たちが何事かと見ている。


「さ、行こ~」


 ハルヒに続いてミカゲが何も言わずに乗るのを見て、アルトだけは躊躇した。


「二人のお父さんの車じゃなくない……?」


「昔アルトも会ったことあるぜ? ウチの専属ドライバーのハタさん」


 見たことない車から降りてきたのは、アルトの祖父母と同年代の男性。ワイシャツにスラックス、という校長先生や教頭先生と同じような服装をしている。


 彼は穏やかな笑みをたたえ、アルトに向かって丁寧にお辞儀をした。


「お久しぶりです、アルト様。幼稚園のお迎えに上がった時、少しだけお話をしましたが……。覚えておいでですか?」


 彼に合わせ、アルトもぺこっと頭を下げた。”お邪魔します”と小さな声しか出なかったが、彼は”ご立派になられましたね”とますます優しい顔になった。


 駅前へはすぐ着き、双子の案内でハンバーガーショップへ向かった。


 ”お腹空いた~”と歩いて行くハルヒの後ろで、アルトは周りを見渡していた。


 幼い頃に何度か来たことがある駅前。よく、トウジと手をつないで歩いた。時には歌子も。当時の自宅はすぐそばに駅があったので、ここまで電車で来ていた。


『おとーさん、またハンバーガー二つなのー?』


『おとーさんは体が大きいから。その分いっぱい食べるんだよ』


 幼いアルトがいつも頼んでいたのはラッキーセット。子ども向けの小さいハンバーガーのセットでおもちゃ付きだ。


(そういえば久しぶりに来た……)


 つい、店内の親子連れに目がいく。特に父親と小さい女の子の組み合わせだと。


 アルトの父、トウジはアルトの母、歌子にも休んでほしいと毎週日曜日は親子二人で出かけていた。


 市内の緑地公園へ行ったり、大型のショッピングセンターへ行ったり。動物園や海岸へ連れていってもらったこともある。


 市外の海岸では毎年トウジの会社が、従業員やその家族向けにイベントを開いていた。かき氷やフランクフルトなどが振る舞われた。その当時は無邪気だったアルトは、”かき氷ください! いちご味!”と父親の手を引っ張りながらテント目掛けて走った。


 正直、その頃の記憶は薄れてきている。


 最近は双子と遠出したり祖父母が両親のことを話してくれるおかげで、記憶が少しずつよみがえってくるようだ。


「おいしい? アルト」


「うん。たまにはバーガーもいいね」


「パン屋のサンドイッチもうまいけどハンバーガーもいいよな」


 久しぶりに食べたハンバーガーは本当においしくて、包んである紙にさえ懐かしさを覚える。


 二人に誘ってもらえてよかった。しみじみと味わいながら、セットのポテトをつまんだ。


「アルト、ハルヒの読書感想文読んだか?」


「ううん。そういえば……回収した時に川添さんがなんか言ってたね」


 早々に食べ終えたミカゲは、ハンバーガーの包み紙を丸めてポテトの紙箱に押し込んだ。






『やべぇやべぇ読書感想文書いてねぇ!』


『やっとけよ……』


『川添に怒られるしかないか……!』


 登校日に提出しなければいけない宿題の一つ、読書感想文。窓側の席でなにやら騒いでいる男子生徒がいた。


『いいこと教えてあげる!』


 そこで救いの手を差し出したのはハルヒだった。”ふっふーん”と得意げに笑い、一冊の本を机に置く。


 表紙にはおしゃれなキッチン、粉砂糖をかけたガトーショコラが二つ並んでいる。


『これを題材にするといいよ』


『えぇ……?』


 戸惑う男子にハルヒは構わず、本を押し出して語り始めた。


『婚約者に嫌気が差した主人公が、前の会社のおじさんの家に転がりこむ話なの! おじさんは最初こそ煙たがっていたけど徐々に二人は打ち解けていって最終的にいい感じになるの。結局、主人公は婚約者を選んでおじさんも引き留めることはしなかったけど数年後に主人公はある形でおじさんが自分のことを想ってくれていたことを知る……っていう超エモエモ小説! サイト版ではこの二人の未来もえがかれていて尊過ぎて死ぬ内容……。とにかく読んで!』


 ほぼ息継ぎなしで熱く語る彼女に男子生徒は引いていたが、周りで聞いていた生徒は”あれ、なんか聞いたことある……?”、”タイトル違うけど昔ドラマでやってたよね”、”え、アニメじゃなかった?”、”二次元界隈からの人気がすごすぎてアニメ化もしたんだよ”と顔を見合わせ合った。特に女子たちが。その反応にハルヒはますます笑みを濃くする。


『本当はしっかり読んで推しポイントを書きまくってほしいところだけど、あらすじとあとがきを書くとそれっぽくなるよ』


『さては自分もその手を……』


『早く早く! この先生、自分で推しポイントとか裏話をたっぷり書いてるからすぐに原稿用紙埋まるよ!』






「それでお前がそんなん書けるわけねー! って秒でバレたのクソおもしろかったな。お前はラノベをネタにしてたの苦笑いされてたし」


「とりあえず受け取ってもらえたからよかったけどねー」


 ハルヒもハンバーガーを食べ終え、ジュースが入ったカップを持ち上げた。


「アルトは読書感想文得意そうだね!」


「全然。むしろ嫌い」


「まぁ好んで読書感想文書きたいヤツなんかいないよな……」

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