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ポーカーフェイス  作者: 堂宮ツキ乃
三章 いじわる少年の初恋

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 修学旅行最終日。アルトたちは朝早くから東大寺に訪れた。クラスごとに参拝したり柱の穴に体を入れようとして挫折したり。


 そして春日大社へ。せっかく食べた朝ごはんはエネルギーとして消化されてしまった。


 その後しばらくは自由時間だ。とはいえ二時間のみで、もうすぐバスで地元に帰る。


「あ~……。あっつい。もう春すっ飛ばして夏だよねぇ……?」


「キンキンのサイダー超うめぇ!」


 アルトたちは解散になった後、春日大社の参道の途中にある露店で小腹を満たした。歩いて火照った体に冷たいサイダーが染みわたる。そのサイダーはご当地モノで若草山が描かれていた。


 アルトはわらび餅を食べていた。よく冷えていておいしい。昨日、おいしいわらび餅を食べたせいかハマってしまった。


 彼らは軽食を食べながら、この後は奈良公園でのんびり過ごすことに決めた。本当は若草山の一重目だけ登ろうか、と事前に話していた。しかし、暑さで体力が削られたので断念することに。


「ごちそうさまでしたー!」


 サイダーの瓶やおにぎりがのっていたお盆を返し、奈良公園へ向かうために出発した。周りには他の学校の生徒や外国人がたくさん歩いている。


 次第に道路が見え、鹿も増えてきた。


 お土産屋がある広い通りには人力車が並んでいる。そばでは笠を被った男たちが、料金が載った地図を手にカップルや外国人に話しかけている。さすがに修学旅行生相手には勧誘してこなかった。


「ママたちは初めて京都に行った時に乗ったんだって!」


 ハルヒは人力車に乗ったカップルを見つけると、顔の横で手を組んだ。その表情は恋に恋する乙女そのものだ。


「俺たちには恋人ができたら乗りなさいとか言ってたな」


 双子たちの言葉を聞き流しながら博物館前まで歩いてきた。この短時間でいつもの倍以上歩いた気がした。特に家から学校が近いアルトは。


「ねぇ、鹿せんべいあげようよ! 楽しそう!」


 相変わらず元気なハルヒは、鹿せんべいの売店を指差した。そこには律子よりも歳の上であろう女性が椅子に座っていた。彼女の目の前の机には大きな銀色の四角い缶。その中に鹿せんべいが入っているらしい。売店の周りには様々な大きさの鹿がたむろしている。


「動物好きのアルトは買うべきなんじゃね?」


 ハルヒの誘いにテツが意味ありげに歯を見せた。タイムは”いいね”とショルダーバッグから財布を取り出す。


 アルトは鹿せんべい屋のおばあさんにどこから来たの、と鹿せんべいを渡された。関西に来てからというもの、お店の人によく話しかけられる気がする。


「その紙は鹿に食べさせて大丈夫なヤツやからね」


「ありがとうございます」


 薄い紙で十字にとめられた鹿せんべい。アルトが片手で財布をバッグに押し込んでいたら、後ろから肘を押された。


 テツだろうか。こういう時にちょっかいをかけるのは彼しか考えられらない。


「わっ」


 振り返ると大きめの鹿がアルトの真後ろに立っていた。その横から別の鹿も近づいてきた。どちらもゆっくりとお辞儀をしている。律儀なものだ。


「わっわっ……。はいはい……」


 アルトは後ずさりながら紙を破り、ずんずんと近づいてくる鹿たちの前にせんべいを出した。鹿たちはせんべいを二口で口に押し込むとのんびり咀嚼する。アルトの手にまだせんべいがあるのに気がつくと、またお辞儀をしながら近づいてくる。


「アルトモテモテじゃん」


 ミカゲだ。彼はアルトにスマホを向けている。動画を撮っているらしい。そのそばではハルヒが楽しそうな悲鳴を上げながらせんべいを振舞っている。


 アルトは最後の一枚をミカゲの手に持たせた。


「ミカゲにもあげる」


「なんでだよ……。いててっ。コイツ噛みやがった!」


 せんべいを上に高く掲げたミカゲが太ももを噛まれている。それに気がついた周りの鹿たちが彼に群がり始めた。


(おもしろ……)


 ミカゲが鹿から逃げているのを見ていたら頬が柔らかくなったのに気がついた。


(私……。笑ってる?)


 アルトは自分の頬にふれた。せんべいの粉がついた手を洗うのも忘れて。


 今、明らかに口元が自然に上がって頬がふっくらとする感覚があった。


「アルト」


 呼ばれて振り返ると、手元の鹿せんべいが終わりそうなタイムがいた。アルトよりも慣れた様子で、鹿から逃げずにあげている。彼の場合、あげるというより配っている。


「え……。もう持ってないのに」 


 何を勘違いしたのか、また鹿がアルトに近寄ってきた。”もう無いよ”と口にしても伝わるわけがなく。後ずさるとタイムに手をとられた。


「こうすればいいんだよ」


 手のひらを伸ばして鹿の顔の前に掲げる。鼻先がつくのではないかと引っ込めそうになったが、鹿は諦めたように違う方向へ歩いていった。


「お~……」


「伊達に何回も来てるわけじゃないからさ」


 タイムはアルトの手を離すと、得意げに答えた。意外な顔はちょっと可愛らしくて微笑ましい。


(……まただ)


 アルトは自分の表情筋が動いたのを感じた。微笑ましい、なんて思って本当に微笑んだことは記憶にない。何年も働かせていないせいで違和感でしかない。


「アルト?」


 タイムの視線を感じて下を向いた。絶対今、変な顔をしてる。彼にだけは見せられない。鏡で確認してからでないと上げられない。











「鹿せんっておいしいんだよ」


「分かるわ」


「食べたの!?」


「せんべいやったのにう〇こしていきやがった!」


 出発前のバス車内。そこら中で奈良滞在の感想が飛び交っている。


 短い間だったが、アルトも頭の中で奈良の思い出を振り返っていた。


「川添先生が添乗員のお姉さんを口説いてました!」


「してねーよ!」


 誰かの偽リークに川添の声が響き渡る。添乗員に借りたらしいマイクを通して。


 車内は爆笑に包まれた後、川添に注目して口を閉じた。


「えー。これで学校へ出発します。お前たち、やり残したことはないか? しっかり楽しめたか? ”うん”って言えないヤツは、今度は大人になったら行きなさい。次、関西来る時は彼氏彼女と!」


「可愛い彼女と来たいー!」


「肇、今度は頑張れ! 告は……」


「黙っとけよお前!」


 川添は自分が独身彼女ナシなのを置いておいて、そういう話をすることが多い。各々で思っていることを叫ぶ中、アルトはタイムの顔を盗み見た。彼はいじられた肇を見て笑っている。


『一緒に行きたいとこだけど、もう見学時間終わるもんな。また来ようか』


『いつか若草山も登れたらいいよね』


 博物館で、奈良公園からバスまでの移動中、彼は確かにそう口にした。二人で並んで歩いている時に。


 彼の真意は分からない。聞く勇気は相変わらずない。


 彼の言葉を心の中で復唱すると、顔に熱が集まる感覚に手で覆った。顔が赤くなる、とはこういう時のことを言うのだろうか。


 それなら、昨夜のテツの顔は一体。


 アルトは横の眠たそうなハルヒに”おやすみ”と声をかけた。あれだけはしゃいでいたから無理もない。


(告白、だった……?)


 少し離れた座席では、何人かが肇に”ドンマイ”と声をかけている。当の本人は首まで真っ赤だ。


 テツもその輪に加わっている。その顔は肇をからかうことを楽しんでいるというより、彼の想いに気がつかない華がおもしろいと語っている。


 アルトは彼らから視線を外すと、ハルヒのように座席に深く沈んだ。


(まさかねぇ……)


 あのひねくれ少年がそんなことを言うわけないだろう。彼は可愛い女子たちにモテているのだから。わざわざ無表情な自分を選ぶはずがない。


 彼女は寝息をたて始めたハルヒにならって目を閉じた。











 午後十六時くらいになると、鹿せんべい屋などの屋台が閉まり始める。おばあさんが観光客に”今日の分はなくなっちゃったのよう”と申し訳なさそうに話しているのが聞こえた。


 タイムの父、匡時(まさとき)は一週間ほど奈良に滞在している。息子の修学旅行と重なったのはたまたまだ。


 彼は奈良公園にある博物館のカフェから出てきた。調べたいことがあってカフェでお茶をしながらパソコンをいじっていたのだ。


『刀の伝説?』


『えぇ。刀にまつわるお話ならなんでもいいんです。何かご存じないですか?』


 匡時は田舎の方へレンタカーを走らせ、ある村へたどり着いた。


 そこはかつて栄えていた村。歴史的な建造物は残っていないが、江戸時代末期までは人の往来が多かったらしい。


 彼は村で比較的年季の入った家屋を見つけると、家主を訪ねた。


 腰の曲がった老人に怪訝な顔をされたが”それなら……”と、ある方角を指差した。


『川べりに行ってみ。確か刀がどうとか書かれた看板があんねん』


 老人に教えられた方へ歩くと、確かに川が流れていた。道路から一段下りた場所にあり、川の両側には花と緑で埋め尽くされていた。


 時々大きな石に足を取られながら歩いていると、ボロボロの看板が現れた。


 看板の正面に立つと、経年劣化で傷んでいたがかろうじて文字は読めた。匡時はそれをスマホで撮影し、看板を改めて見つめた。


(これは……)


 看板に記されていたのは、夫を殺された女が殺し屋になった伝説。女は後に斬首、その時の刀は行方不明とのことだった。


 匡時はその足で奈良博物館へ向かい、知り合いの学芸員に挨拶がてらその伝説について話した。


『その刀は玲嵐(れいらん)といって、乱菊が鞘に彫られているらしいですね。一説によると殺し屋の女の死後、様々な人の手に渡ったそうです。その度に惨殺事件を起こしては捨てられ、今では行方不明です。妖刀なんじゃないかって言うてる人もいてますよ』


 彼のおかげで新たな収穫ができた。家に帰る目途もついた。匡時はスマホをポケットから取り出し、耳に押し当てた。その様子にせんべいがもらえると勘違いした鹿に手のひらを見せながら。


「もしもし、杢野(もくの)さん? お世話になります、紺野です。警察署から預かっている刀を……そうそう。今度見せていただけませんか?」


 実は警察から調べてほしいと依頼されていた刀がある。それはとある理由によって、十年前から地元の神社が預かっている。


 匡時はつとめて明るい声で電話を切ると、目を細めた。家族にこんな鋭い視線を見せることはない。同僚や学生たちにも”穏やかで優しくて決して怒らない”と言われている。


「殺し屋乱菊……」


 彼は口の中だけでつぶやくと、荷物をまとめるためにホテルへ向かった。

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