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メモリートレード

作者: 亜月小豆

きっとくる……かもしれない世界です。

 二千五十年、文明の飛躍的進歩により記憶の取引が可能となった。


 記憶が取引できたらどんなことが起こるか。

 嫌な記憶は売り払ってしまえば良いし、世界中の記憶を集めればきっと博識になれるだろう。もしくは未体験の出来事を経験した気になれるかもしれない。



 青年柴田は記憶取引屋、「メモリートレード」の店内で頭を抱え込んでいた。


「『世界各国の珍味の記憶』が良いかな、いやでも『俺が今朝見た悪夢』も面白そうだな」


 ショーケースに並んだカプセル錠剤の数々の前で、柴田はどの記憶を取り込もうか悩んでいた。

 この男は記憶を楽しむことを趣味としている。


「そうやって悩むのもいいが、たまには自分のも売ってくれよなぁ」


 店主が溜息をつきながら言う。


「へへっじゃあ、自分がはげる夢を見た記憶なんかなら売ってやってもいいぞ」

「どんなもの好きが買うんだよ! まあいい早く選べ」


 冗談を言い合っている点、この二人の仲は良いようだ。


「わかった『世界各国の珍味の記憶』を頼む」


 悩んだ末にようやく決めたことに対し店主は安堵の表情を浮かべている。それもそのはず、柴田はこうやって悩み、軽口をたたいては何も買わずに帰ることも多い時間泥棒であるからだ。


「このカプセルを……何度も使ってるから説明は不要か」


 手のひらに乗るほどの小さな箱にそのカプセルが入っていて、説明書も同封されている。そこには「カプセル使用による認知の歪み等の責任は一切負いません」と書かれている。

 記憶が売買できるようになってから何百もの記憶を取り入れている柴田にとっては改めて読む必要のないことであろう。


 柴田は店を出て、徒歩十分の所にある自宅へ向かう。

 車通りは少なく、人々は家へ帰るために歩いているのだろう。柴田もその住宅街を歩き、先の記憶についての空想を膨らませていた。


 だが、震えた声を出しこちらに向かってくる女性によって、柴田の意識はは現実へと戻された。


「あ、あんただね! 私は覚えてるよ」

「えっと、どちら様で?」

「あんたが殺した娘の母親だよ」


 うまく状況を理解できていない柴田にその女性は次々と話す。


「もう何年も経って時効だし、私がどうこう言ったところで娘が帰ってくる訳でもないか」


 話しかけてきた時の怒鳴るような声とは対照に弱々しく思い出を語るような口調になっていた。

 女性からは哀愁の感情を感じ取れる。


「人違いでは……」


 おずおずと柴田は聞くが、女性は考え込んでしまって耳に入ってこないようだ。


「いつか、必ず償います!」


 気まずい状況から一刻も早く逃げ出すため、自分の誠意を見せてその場を後にした。

 柴田が足早に去った後にその女性は脇道に入っていき、誰かと話し始めた。その表情には不敵な笑みが浮かんでいたことを彼は知ることはない。



「うーん」


 家の前に着き、柴田は見知らぬ女性に言われたことについて考えていた。だが、彼の性格上あまり深く考え込むことはなく、すぐに意識は記憶カプセルについてへと変わっていた。


 柴田は家に入りベッドに横なりカプセルを口に放り込んだ。この一連の動作に慣れの印象を受ける。


「さてと、どんなもんかな?」


 一人つぶやき記憶に浸り始める。


「んん~あぁぁ……おぉ」


 ベッドで何かに悶えるように記憶を楽しんでいた。

 正直言ってこんな姿は人に見せられるものじゃないが、人には人それぞれの楽しみがあるってものだ。


 一通り記憶に浸った後、柴田はいつもと違うあまり機嫌の良くなさそうな表情を浮かべていた。


「おいしかった、でもさっきの記憶がなぁ」


 さっきの記憶とは帰り道の出来事のことだろう。


「売りに行くか!」


 柴田は記憶を売ると決意した。

 嫌な記憶は売ってしまえば良い、これがこの発明の最大の強みである。


 そうと決まれば話は早い。柴田はイヤホンをつけ、ジョギングを兼ねてメモリートレードへ向かった。


 横目で見る景色が前から後ろに向かっていく、現代の時代の流れのようでこれもジョギングの楽しみの一つだ。

 柴田の速さなら歩いて十分の道のりも五分かからず着く。


 メモリートレードについて早々柴田は記憶を売る旨を伝える。


「そういうことで頼む」

「お前が記憶を売るとは珍しい……よほど嫌な記憶なんだろうな」


 何度も通っているが今まで一度も記憶を売ろうとはしない柴田が弱音を吐いていることに店主は驚いているようだ。


「じゃあそこの機械を頭にはめてみてくれ」

「わかった」


 そこにはいろいろな導線が伸びた機械が机の上に置いてある。

 柴田は言われるがままにそれをはめる。


「売りたい記憶を思い浮かべてみてくれ」

「んんっー!」

「ふっ、そんな力まなくても良いだろ」

「初めてだから仕方ないだろ!」


 初めての記憶の抽出に柴田は奇妙な感覚に襲われていた。


「あれ? なんの記憶売ったんだっけ」

「お手本のような反応だな」


 記憶の抽出の一般的な反応を見せたところで、気になる記憶の値段は三百円ほどらしい。主にその記憶に対する思い出が値段に関係しているらしい。


「そうだ、記憶好きなお前を見込んでこのカプセルをやろう。隣町の店から流れてきたものなんだが、どうやら売れ残ったらしいから金は取らねぇ」


 そう言って店主はいたって普通のカプセルを柴田に渡す。


「『公園の花畑の記憶』らしい。なんだか不気味だからみんな買おうとはしないみたいだ」


 かわいい少女の記憶のような題名に肩透かしを食らった柴田は受け取り、店を出ることにした。


「ありがとう! また」


 題名的に公園で記憶に浸ろうと考えた柴田は店を出てすぐの少し大きな公園へ向かった。


 ランニングをする人や遊具で遊ぶ子供たちがいる中で、柴田はベンチに座り箱から出したカプセルを口に放り込んだ。


「…………」


 反応がない。いつもならすぐに手やら足やらが動いているのだが、公共の場所だからだろうか。いや違う、柴田の見た記憶に関係がある。


「うわぁ」


 前かがみに座り、珍しく溜息をついた柴田は落ち込んでいる様子だ。

 それもそのはず、柴田の見た記憶は花畑にいる少女の記憶なんかではなかった。少女を手に持つナイフで刺してしまう記憶だった。血が、泣き声が目や耳に感覚として入ってくる。そして記憶の最後にある女性が出てきた。柴田は覚えていないだろうがさっき帰り道で出会った女性だ。


「どうしよう……」


 柴田は家に帰る気持ちになれず、かといってどこか行く当てもなくただベンチに座って下を向いていた。

 確証はないが自分がやったのではないかという邪推を柴田はしてしまった。

 記憶ごと自分の頭の中から消してしまえばバレないのではないかと。


 遠くの物陰から見ている人物がいるとも知らずに。


「よし、計画通りだ」


 フードを被った男と「そうですね」とうなずく女性。

 昼間、柴田と会った女性とその後に笑いながら話していた男だ。


 実際のところ殺人を犯したのはこのフードの男性で、この女性は死んだ少女の母親でもなんでもない。

 この記憶の殺人事件はつい先日ニュースでやってたりもするが、母親は別人だし警察が犯人を捜索している。


 この後柴田がどうしたのかはわからない。

 それに、誰が悪いのかということも断言できない。

 ただ一つ、記憶に浸ってしまった時点で責任はその人以外誰もとることができない。

ありがとうございました!

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