ドアの向こうへ
それはただ単純に好奇心だった。異世界に憧れていたわけじゃないが、淡々と過ぎていく現実に退屈していたのかもしれない。昔からゲームは好きだった。煩わしい人間関係から一刻も早く逃げたくて、俺はその世界に閉じこもった。不登校ってわけじゃない、引きこもりってわけじゃない。ニートにはならない。社会にはきっと出る。でも、出来ることなら、それ以外の人生を歩みたかった。
目の前にドアがあった。それは徹夜明けの土曜午前五時。辺りがほんのりと薄明るくなる中、コンビニに行こうと玄関のドアを開けたところにあった。
「な、なんでこんなところにドアが?」
邪魔である。なぜドアの前にドアがなければいけないのか、誰の仕業なのだろうか。それとも三徹の影響だろうか。おそらく後者だ。先ほどからめまいがひどい。
『ドアを、くぐりなさい』
「声?」
女性の声だ。美人だとなおよい。声から連想するならば美人だ。美人に決まっている。けれど世の中には例外もある。ブスで美声というこの世で最も―――規制―――という人間もいる。して、その真相とは開けねばわからない。
「迷っていても仕方がない!」
こうして俺は世界一不純な好奇心によってその扉を開けた。
「よくぞ来てくれました」
ドアを開けて開口一番、賛辞が送られる。悪くない。だがただ一つ、俺には解明しなければならない問題がある。それはこの声の主が美人かどうかだ。俺は今目を閉じている。なぜだろうか、恐怖なのだろうか。ドアを開けた先にいる人物が美人か、ブスか。今引き下がればその二つが同時に存在したままの世界を過ごせる。しかし一度目を開け、目の前の人物がブスであれば俺は一生立ち直れないだろう。しかしこうしてずっと目を開けたままにしているわけにもいかない。やがて俺はゆっくりと自分の瞼を持ち上げた。
「なんだよ美人じゃねえか」
よかった。これで俺は明日も生きていられる。
「貴方は変わった方なのですね」
普通だが?
「いえ普通です」
「しかし大体の者はこのドアをくぐった後、困惑しますよ」
「へえ」
冷静に考えればそうである。
「というかこのドアって、俺以外にもいろんな人が通ったことあるんですか?」
「はい。その通りです。貴方の疑問に答える前に、まずは私の自己紹介をしましょう」
目の前の美人は仰々しい動きをしながらこちらに近づいてくる。その折、俺は改めて美人の顔以外の部位を目に入れる。美人のまとっている衣装は純白のドレスだ。それはそれは豪勢な服であり、コンビニに行くだけだからとジャージ姿のまま外を出た俺がみじめに感じてくる。
「私の名前はエリス。貴方たちの世界の言葉で説明するならば女神と呼ばれるものです」
「俺は有留、地名有留だ。よろしく!女神様!」
「貴方の名前はもちろん存じていますよ。ウル様」
突然だが俺の苗字は死ぬほど珍しい。なので自己紹介の時はここを取っ掛かりにして責める。しかし女神相手に通じない。先に明言しておくが俺のコミュ力はあまり高くない。その証拠にもう手札を失った。帰りたい。
「えっと、で、あのドアは一体なんなんですか?あと、この部屋」
かろうじて言葉をひねり出す。そういえばと、部屋を見回し見ると、ここは不思議だ。天井も壁も見当たらない。ここには空間だけが存在している。
「この部屋は女神の間です。ドアはここと貴方のいる世界を繋ぐもの」
「それで、俺をここに呼び出した理由は何だ?」
「あなたにはこれから異世界に行ってもらいます」
「は?」
「もちろんタダとは言いません。貴方には転生特典を差し上げます。その身に余る力をあなたは手にするのです」
「なにが目的だよ」
先ほどからこの女神の言っていることはおかしい。急に俺を呼び出したか思えば、やれ転生特典だの虫が良すぎる。俺は脳裏でおじいちゃんの言葉を思い出していた。
『タダより怖いもんはないぞ』
ちなみにおじいちゃんはまだ生きてる。
「目的をあなたに語ったところで私に利点はありません」
「信頼を築ける」
「不必要です。それにあなたに拒否権はありません。貴方が異世界に行くことは決定事項なのですから」
「どういうことだよ!」
「言葉通りの意味です。さあ、このドアを通って異世界へ旅立つのです」
女神が指し示す先にもう一つのドアが現れる。
「行かなかったら?」
「死んでもらいます」
そういった女神の目は冷ややかに光っていた。どうやら本当に拒否権は無いらしい。それに、
「わかったよ。行く、行けばいいんだろ」
「ええ」
満面の笑みがひどく怖い。
「さあ、ドアを開けて」
女神の言われるままドアを開け、その一歩を踏み出す。
「よき不幸が、もたらされんことを」
ドアを閉める直前、女神はそういった。これはのちに知ることだが、彼女は争いと不破の神エリス。俺の最も忌むべき神だ。
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