五話
ある日、お母さまが倒れられた、と知らせが入った。ブランは顔が青ざめ、その場に立ちすくんだ。なんですって?お、お母さまが・・・・・・せっかくみんな笑顔で暮らせていたというのに。神様はお怒りになったのだろうか。
「ど、どうして」
思わずそう呟いてしまった、ブランに対してウィリンは告げる。ブランはもう10歳なのだ。
「姫様、実はファシキュラム様はお体が弱いのです。姫様に心配をかけないよう、言わないよう申し付けられたのです。」
ウィリンはいつもの明るい雰囲気ではなく、真面目な雰囲気でそう告げたのだ。ブランになら、もう大丈夫だと。もうこれが山だったとしても、ノエルを守ってくれるだろうと、そう信じて。
きっとわたくしのことを信じて言ってくれたのだわ。ブランは、側近の意味を理解し、声が震えないよう、歯を食いしばって言った。
「そうでしたの。悲しいけれど、最後まで見ていてあげなくてはね。もしはるか高みに上られてしまっても、ノエルのことを守り続けることができるよう、笑顔でいられるようにしなくてはならないわ。ありがとう。」
「いえ、姫様、成長なされたのね。」
ウィリンは感動していた。そばで見ていたトリアも、目をうるませていた。そして、いつも「頑張る」という言葉を発する姫に向かって心から、言った。
「姫様、わたくしたちの前では砕けた話し方でもよいのですよ。わたくしたちは、側近であり、実は護衛でもあるのです。ですので、無理をなさらないでくださいね。」
ああ、側近もブランのことを思ってくれているのだ、少しだけ安心した・・・・・
ブランは、ずっとずっとお母様のところにいた。
「お母さま、お母さま。心配はなさらないでください。わたくしが後を取ります。姫として。」ブランは心を込めていった。
ファシキュラムは娘の心遣いに感謝しながら、
「ありがとう。安心して・・・・・・まか・・せられるわね・・・・・・ごめんなさい。先に待っているわ・・・・・」
最後の力を振り絞り、言葉を発した。ノエルはずっと泣いていた。ブランがなだめた後、すうすうと眠ってしまったのだ。
お母さまを見送ったあと、ブランは側近を連れて自室に入った途端、泣き崩れた。涙が枯れると思うくらい、泣いて、泣きまくった。側近は、無言で抱きしめていてくれた。
―次の日、フォービア王国は国民の前でファシキュラムがなくなったことを知らせた。
そんな時、暗闇が動き出す。
「ああ、順調だ。」
「これで計画に移れるな。」やっとだ、と安堵を向けるその表情はとても陰湿だった。計画に移る、その瞬間まで暗闇はじっと、待ち続けていたのだ。
「ずっと待っていた甲斐がありそうだ」
そんな声が、ポツリ、ポツリと聞こえる。これまで築いていたフォービア王国の均衡は崩れつつあった。誰にも気づかれないその影は、城へと、姫へと、ゆっくり、ゆっくり、動き始めていた。