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私が恋したロボット

作者: ありま氷炎

 初めて、彼を見た時、その剥き出しの銀色のボディに惹かれた。

 旧型で、のっぺりした顔。

 だけど、誰よりも人らしい、その仕草に見惚れた。


 彼は、最初の頃の人型ロボットで、今のように人工皮膚を使っていない。

 だから銀色のボディそのもので、外に出る時彼は長袖の服にズボン、手袋に帽子を深く被る。

 サングラスもしていることもあって、一見危ない人に見える。

 だから彼があまり外に出ることはない。

 叔母の癌が進行し、寝たきりになってからはほとんど家を出たことはないだろう。寝る必要がない彼はつきっきりで看病をしている。


 叔母を見る彼の表情はとても豊かだ。


「あかね叔母さん。ノザキを借りてもいい?」

「いいわよ」


 ある日、どうしても彼と一緒に出かけたくて強請ねだると、病床の叔母は儚く微笑んでそう言った。


「あかね様。私はあなたのそばを離れるわけにはいかないのです」

「ノザキ。これは命令よ」


 彼は苦しい表情をしていたのに、叔母さんは私に彼を貸してくれた。

 私は彼にスーツを身につけさせ、買い物に連れていく。

 夢にみた彼とのデート。

 人々は好奇の目で彼を見るけど、私は構わなかった。


「カヨ様。申し訳ありません。邸に戻ります」


 デートの途中、彼が急にそう言って、私を抱き抱える。

 そうして、走り出す。

 安定間のある彼の腕、まるで映画のワンシーンのようにドキドキした。

 はしゃいでいたかもしれない。

 その後の悲劇なんて、能天気な私は考えていなかった。


「あかね様!」


 扉をぶち破る勢いで、玄関を抜け、彼は私を降ろすと、叔母さんの部屋に飛び込んだ。

 置いていかれた私はすぐに彼を追う。


 彼は叔母さんの体を覆うようにしてその体を抱きしめていた。


「許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください」


 何度も許しを請う彼の声。

 涙なんて機能があるわけないのに、彼の目からは液体がこぼれ落ちていた。


「ノザキ。離れなさい。これはお嬢様の意志なのです。最後の苦しみをあなたに見せたくないと」


 お手伝いの加藤さんが彼を諭す。


「許してください。許してください。許してください。許してください。許してください。許してください」


 けれども彼は加藤さんの言葉が聞こえていないように、謝罪の言葉を繰り返す。


「ノザキ!」


 許してください。

 その声は私の脳裏にこびりつく。

 それは私の言葉だ。

 許してくださいと私が請うべき相手は、叔母さんとノザキ。

 叔母さんの命が長くないことを私は知っていた。

 だけど、自分のために、彼を無理やり借りた。

 叔母さんの最期に立ち会えなかった彼。

 それはどれほどの痛みか、喪失感か。

 彼はロボットだ。感情なんてあるはずがない。

 だけど私は知ってる。彼は誰よりも叔母さんを愛していた。

 叔母さんもノザキのことを異性として愛していたはずだ。

 だから、ノザキにトイレの世話や着替えなどをさせなかった。彼を異性として意識していたから。


「ご、ごめんなさい」


 初めて、私は自分のしてしまったことを理解して、その場に崩れ落ちた。


「カヨ様。謝る必要はありません。むしろお嬢様は感謝しておりました。お嬢様は苦しむところをノザキに見せたくないとおっしゃっておりましたから」


 加藤さんは背中をさすってくれて、慰めてくれたけど、私は「許してください」と繰り返すノザキの背中を見ていた。


 叔母さんの葬儀が終わり、ノザキを私が引き取った。

 銀色のボディの旧型ロボット。

 彼は私の命じることを問題なくこなす。けれどもそこに「感情」が宿ることはなかった。淡々と日々、彼は過ごす。

 ある日、私は彼を伴って買い物に出かけた。

 信号が青になったのを確認して横断歩道を渡ったのに、車は猛スピードでこちらに向かっていた。すぐ後ろを歩いていたノザキが私を突き飛ばした。背後でものすごい音がした。

 横断歩道の先で体を起こした私はすぐにノザキを探した。彼は数メートル吹き飛ばされていて、歩道の樹木の側で、倒れていた。腕や脚はねじれ、体からコードが飛び出している。


「あかね様。あなたにこれでやっと会える」


 感情の乗った声。

 それは叔母さんが亡くなってから初めて聞いた、彼の感情的な声だった。

 ロボットに魂は宿らない。

 だけど、私は願ってしまった。

 どうか、ノザキが天国で叔母さんに会えますようにと。

 



 


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― 新着の感想 ―
[一言]  天国で逢えるといいですね、と思うよりも、  叔母さんが亡くなってからの。 「ふたり」が、どんな想いでいっしょにいたのかを考えると。  そこまで、思い巡らすことができません。
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