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王都全体が浮足立っている。魔王討伐の成功を祝っているのだ。
今回の英雄たちの帰還を祝うパレードがもうじき始まる。
10~20年ごとに魔王が出現し、魔物を生み出し人間を襲う。そのたびに魔王の発生源となった国は聖女を中心とした討伐隊を編成する。国の軍隊が魔物を抑えている間に魔王封印を討伐隊が行うことが慣例だ。前回の魔王出現の際には魔物の被害は隣国にも及び多大な被害をもたらしたと聞く。それに比べると今回の魔物被害は少なく済んだそうだ。
「もうすぐパレードだな。」
横にいた相棒のティスが呟いた。
「ってことはもうすぐ俺たちの出番がくる。
パレード中は窃盗し放題だからな!!」
ティスがだんだん声を大きくしていくものだから周りから注目されないかと心配になる。
「まぁ、そうだな。でも出店の窃盗は見逃すしかないよなぁ。
流石に対処仕切れないし。それにコソ泥を全部捕まえたら、」
「屯所はぎゅうぎゅう詰めになって、なぜか俺たちが怒られる。」
うなずきながら人混みを一瞥する。
「あれには一応声をかけとくか。美人だし。」
目線の先に男に囲まれて困惑気味の女性がいる。黒髪ロング。結構ありだ。
「黒髪ロング....。解りやすいな、お前は。」
ティスと目を合わせ合図してから集団に近づく。
一番手前にいた男の肩に手をかけ、軽快に声をかける。
「お兄さん達!困ってるみたいだけど大丈夫!?」
いかつい怒り顔が振り返った瞬間、アッと焦った顔に変わる。
「いやっ大丈夫だ!ほら!お前ら行くぞ!」
慌てて走り出した男たちの背中を見送った後、黒髪ロングの女性の方に向き直る。
「お姉さん。大丈夫でしたか?あまりお一人での行動はおススメしません。
お友達とはぐれたようでしたら私たちでお探ししますが。」
「ありがとうございます。大丈夫です。ここで待ち合わせしていますので。お手数をおかけしました。」
ティスに話しかけられた女性は遠慮しながら礼を言う。
「リリア!!」
背中から男の声が聞こえた。
「あぁ。友人がきました!本当にありがとうございます!」
初々しいカップルの背中を見送っているとティスが心底うれしそうに話しかけてきた。
「残念だったなぁ!ウェルテル!」
街の巡回を終え、屯所に戻る。ティスがパレードの先頭が巡回区間に来る前に終わらせることを提案してきたため、それに乗っかることにしたのだ。屯所にいたキリアンとマシューに交代の声をかけた。
「暴行4件、窃盗12件、その他迷惑行為8件。この前の春の復活祭の時より少ない気がするけど、パレードの先頭がもうすぐここまで来るから、多分キリアン達の巡回ではもっと増えると思う。」
「了解。行くぞマシュー。」
二人は副隊長に挨拶をしてから巡回に向かった。
ここ第三地区は王都の中でも商業施設が集まっており、屯所も4つある。その中の一つ第三地区北屯所の治安維持団魔法騎士出張部隊にウェルテル達4人は属していた。
事務員に入れてもらったライム水を飲みながら街を眺める。これから巡回の報告書をまとめなければならない。
しばらくすると外が一段と騒がしくなった。凱旋パレードが回って来たのだ。魔王討伐隊に選ばれた英雄達が国民達に手を降っている。先頭の馬車から手を降っている美女がおそらく聖女であろう。その少し後ろに二人の騎士が騎乗し歩を進めている。その中の一人は聖女の守り手として魔王討伐に参加した騎士のクロードであった。
6歳の時から父の親友である騎士団長の元でお世話になっている。その息子のクロードと娘のエルナとは幼馴染だ。ウェルテルも剣術を教えてもらったが、クロードに負けそうになると魔法で足場を崩したりと騎士道から外れた行いを重ねた結果、騎士でも魔術師でもない魔法騎士などという中途半端な職に推薦されてしまった。
(食いっぱぐれなければ何でもいいけど。)
クロードの胸には代々騎士の家系である生家のヴェルレーヌ家を示す群青色の綬で装飾された勲章が誇らしげに輝いていた。
ふと、人混みの中の少女に目が留まった。フードを被っていたし、ズボンを穿いていたが何故か少女だとわかった。見ていると少女は裏道へと入って行こうとしている。こんな日に、祭りの日に裏道はまずい。パレードの通る表通りを歩けない日陰物は裏道に迷い込むか弱い獲物を狙っているのだ。追いかけるべきだ。立ち上がり、走り出す。少女が入った裏道に向かう。裏道にたどり着き、慎重に中を窺う。
行き止まりだった。少女も見当たらない。
呆気に取られていると背後から声をかけられた。
「ウェルテル!どうした!」
「ティス.... 。見間違えだ。なんでもなかった。」
振り返ると困惑気味のティスがいた。
「悪い。戻ろう。」
「あぁ。大丈夫かぁ?お前。」
もう一度巡回を交代した後、書類をまとめていると退勤時間となった。-もう暗くなっている時間のはずなのに祭りのせいで昼間かと思うほど明るく騒がしい。表通りから一本内に入った道を歩く。他の3人は飲みに行くらしい。何故かどっと疲れてしまったので誘いを断り帰路に着く。まだ祭りは2日続く。すぐにでもベッドに入りたい。重い足取りで宿舎へと戻った。
今日は彼女に会いに行くのは難しそうだ。寝支度もそこそこに布団に入り眠りについた。
朝、出勤前の身支度を整える、三日三晩続いた祭りは終わり、本日からやっと通常業務となる。髪をまとめるのに少し手間取る。
その時、部屋を誰かが激しく叩いた。
(エルナだ。何だろ。)
魔法でドアの前の人物を感知すると幼馴染のエルナだった。正直、男用宿舎に女性のエルナがいるのはまずい。急いで扉を開ける。
「5分で行くから玄関前で集合!」
強めに言って、急いで扉を閉める。驚いたエルナの顔が目に入ったが、部屋に入れたと勘違いされるのはさらにまずい。ちょっと可哀そうであるが仕方がない。
急いで玄関先に行くとキョロキョロと周りを窺うエルナがいた。女性がいることが珍しいこともあり、みな一瞥しながら出社していく。
「お前の幼馴染じゃん。」
いつの間にか横にティスがいた。
「俺に用事らしい。悪いけど先に行っといてくれ。あと朝飯二人分確保よろしく。」
「いいけどさぁ。後でなんか奢れよ。」
ティスと別れつつ、エルナに近づく。印象的なヴェルレーヌ家の青い髪を一つにまとめ、背筋のスッと通った立ち姿は一目で彼女が騎士団長と縁の者だとわかるだろう。エルナは女騎士団見習いとしていずれ王女の護衛に着くことを目標に日々鍛錬を重ねている。
「用事がある時は通信石で連絡してくれたら行くから、宿舎に来ることはやめなさい。」
エルナがこちらを振り向き少しうつむく。
「ごめん。」
「食堂に行きながら話そう。」
食堂に向かうには宿舎を出て外周を10分ほど歩く。話を聞くため人通りの少ない道を選んで遠回りしながら向かうことにした。ウェルテル達の宿舎は第三地区と宮廷の間にある。
横の小道にいるのは昨日の祭りのゴミを片づけている清掃人ぐらいだ。
「あのね。兄さん来てない?ウェルテルの所に。」
「いや、魔王討伐に選出された日以降は個人であってないよ。」
「帰ってこないの。家に、一度も。」
「討伐から帰ってから二週間しか経ってないから、まだ宮廷に滞在中だと思うけど。」
「連絡も一度もないの。」
「.......。」
エルナから不安とか困惑とかそんな雰囲気が伝わってくる。
「パレードが終わったら一度帰ってくるって父様が言ったのに、帰ってこないの。連絡も無いの。ウェルテルは兄さんがそんな薄情者じゃ無いって知ってるでしょ!」
「エルナ。落ち着いてくれ。クロードが俺を信じて落とし穴に毎回落ちるぐらい良いやつなことはわかっている。」
エルナを落ち着かせるように両肩に手を置く。
「今日、騎士団と宮廷に行ってクロードの事を聞いてくるから。大丈夫。あいつは魔王を討伐してきた奴だぞ。色々とやることが多くて帰れないだけだ。それでいいな。」
「わかった。」
まだ不安そうだが、エルナは納得してくれたようだ。
「じゃあ、朝食を食べに行こうか。朝はちゃんと食べないと。」
「うん。」
食堂に向けて足を進める。早く行かねばティスがぼっち飯で三人分食べることになってしまう。ここからだと10分も掛からず食堂に着く。
目線を前に戻すと足が見えた。誰かが道の端で寝ている。物陰に隠れて顔は見えない。
「酔っ払いだ。」
「声をかけたが方いいかな?」
「放っておくのは良くない。起きなかったら担いで保健所に運ぶか。」
酔っ払いに近づきながら声をかける。
「大丈夫ですか?起きられますか?」
服装からして神官のように見える。祭り明けとは言え、神官が酔っぱらって道端で寝ているのはいただけない。服装からするとなかなかの階級の様である。
顔を覗き込もうと身を乗り出し、雑多に置かれた箱を退ける。
顔が無かった。
顔だった場所はぐずぐずに熟れ潰されたイチゴの様に切り刻みすり潰した様になっていた。上半身もずたずたで服だったであろう布が肉にこびりつき、内臓(おそらく腸)がひきずり出されだらんと垂れている。胃液が逆流する不快感を感じ、咄嗟に後ずさる。エルナが不思議そうな顔をして近づいてくる。
「エルナ!こっちに来るな!衛兵を呼んできてくれ!」
エルナはサッと顔色を顔を変えた。
「わかった。」
エルナが衛兵を呼びに走り出した事を確認し、魔法で結界を張る。現場を保存しなければならない。周りをざっと確認するが特別死体以外変わった所は見当たらない。
治安維持団に見習いも含め属して7年、死体を見たことは何度かあったがここまで破壊されたものは見たことがない。あまりにむごい姿に死体から目線を外そうとした。その時、死体の手に目が留まった。死体が何かを握っている。いつもならこんな事はしない。現場保存の重要性は知っている。だが、直観で今すぐにそれを確認しなければならないと感じた。死体の手をそっと開く。血が付着し汚れていたがそんなことはどうでもよかった。
『群青色』の綬で装飾された勲章が握られていた。