第7話 やっと言えた
家を出る前に玄関で協議した結果、おれと木崎さんは前回のドラッグストアから一段階ハードルを上げ、駅前のスーパーまで足を延ばすことにした。
平日の天気のいい午後。10日ぶりに見る外の景色は至って普通で、道路では普通に車が走り、犬の散歩をしている人ともすれ違う。
「二司君なんか欲しいものある?」
「そうだなあ」
歩道を歩くおれはいくつかの可能性を考える。
「結局米なのかな、って。ある程度保存効くし。あと調味料」
「そうだよね。あ、乾電池って前は買えなかったっけ?」
「そうそう。なんとなく余ってた小型電池は結構買ったけど、正直あれ使いきる前に寿命が尽きると」
「そこまではなかったと思うな。あと、それ」
木崎さんはおれが握りしめていた封の開いたペットボトルを指す。
「ああ、これね。いつでも鉄を出せるようにだよ」
「うん、わかってるけど。それなら針金と玉持ってたほうがよくない?」
「いやほら。何があるかわからないからさ。意外な方面から相手を攻撃するために」
それからおれと木崎さんは、不審者に襲われた場合どのようにして鉄を出せば対応できるかを検討しながら20分程度歩き、駅前のスーパーに到着した。
店内の品物は生鮮食品店を中心に品薄にはなっているものの、大抵の商品通常どおり陳列されており、おれと木崎さんはそれぞれカートを使い店内を周る。
「やっぱりお米って普通のないね」
「そうだなあ、雑穀米というか玄米というかね。前回も見たけどこればっかり売れ残ってるよな。あと辛いカップ麺と辛い袋入りインスタント麺」
おれは激辛ということだけを伝えているパッケージのカップ麺を手に取った。
「辛いのなんて無駄に水使うだけだし、不安な人は買わないでしょ」
「だよなあ、そうなるよなあ」
「あ、そっちゴミ袋お願いしていい?」
「おー、いいよ」
ゴミ袋も透明だけが売り切れてるんだよな。やはりこうみんなこれを機に物を捨てるからか?
おれは棚に残っていた黒のゴミ袋を大量にカゴに入れ、缶詰の棚を見ている木崎さんを追った。
「何かいいのありそうかい?」
「前と一緒かな。ふりかけは梅系が余ってる」
なんだろうなあ。おれは珍味と言われるジャンルの缶詰を手に取る。
「激辛のカップ麺、梅系のふりかけ、珍味系の缶詰。この辺がずっと余ってるってことは、最悪無くてもいいっていう国民の意思が……」
「そういう言い方は間違ってると思う。大体わたしは梅も激辛も珍味系も好きだし」
「まあじょせ、おっと更に怒られるところだった」
「……まあいいけど。でも普通の欲しければ開店と同時に来ないと無理だよ。入荷しても全部すぐ売れちゃうみたいだし」
「でも人込みが多い所というか、密着して体が触れる可能性がある場所はやめといたほうが」
「うん。今も能力は無効化できるけど、能力を使って物をどうこうされたらどうしようもないから」
その後、店内にある激辛のカップ麺、梅系のふりかけ、珍味系の缶詰、また雑穀米と七味と一味、その他保存が出来そうな食品とアルコール類、そして万が一のことを考え、ここでも余っていた小型電池を買い占めたおれと木崎さんは、重いものを配達に指定して店を後にした。
「ねえ。なんで野球なんてやってんの?」
「そりゃやるんじゃない。野球ぐらい」
スーパーからの帰り道。夕暮れ時間ではあるが、まだ半袖でも暑さを感じる程度の温度であったため、激しくビールが飲みたくなったおれは木崎さんを説得し、橋の真ん中にもたれ眼下で行われる野球の練習を観つつ、よくわからない銘柄のビールを飲んでいた。
「あれ試合なの?」
「いや、練習じゃないか。見た感じ」
「練習って。明日から氷河期になるかもしれないのに?」
「それを言ったらみんな明日交通事故で死ぬかも知れないし」
確率が違う。木崎さんは納得できない様子を隠さず、おれが持っている袋からビールを取り出し、蓋を開ける。
「あ、二司君って今貯金いくらある?」
「うーん、200万ぐらいかな」
「そっか。わたしは今見たら520万ぐらいだった」
「え!そんなあんの!」
おれは200万ぐらいと答えたが、実際の所160万程度だった。
「でもこれからどうしようかな。わたしも結局仕事辞めちゃったし。後悔はしてないけど」
「こういうのは後から答えがわかるもんだからさ。今はただ自分の選んだ道を行くだけだよ。ただ、一つ言えることは前回の買い物時はびびりすぎだったかもしれん」
おれは木崎さんの貯金額に動揺しながらも、2本目のビールを袋から取り出す。
「あれはしょうがないと思う。だって家出て歩いてたらいきなり近くの道路でタンクローリーが浮いてたんだよ?」
「そうなんだけどさあ。あの光景、おれらには終末感があったけど、日頃普通に生活している人は交通事故レベルの扱いなのかなって」
「でもわたしちょっと思ってたことがあって。いい機会だから今言っちゃうけど」
「ほう。聞こう」
わたしね。あ、ごめん。木崎さんも2本目を取り、空き缶をおれが手に持つ袋に入れた。
「初日、能力がって説明があった日にさ。抗生剤とか眼鏡とか色々言ってたけど。今から思うとやりすぎだったかな、って」
あー、やっぱりそれ気にしてたんだな……。まあおれも思ってたけど口に出すことすら正直辛かったし。歯だってあんなに無理して4本一気に抜くことなかったよ、まじで。先生も引いてたもんな。
「でもさ」
考えをまとめたおれは視線を河川敷に移しておもむろに口を開く。
「あの段階では仕方のないことだったんだよ。ここまで社会が普通なのは何かの力が働いている可能性もある。そもそもマイナンバーなんだから、国の偉い人達がやばい能力のやつを発表する前に確保してるとか、能力を使ったやつの能力と場所を把握する能力があって、これまずいだろ、っていうやつは、ごめん、繰り返しになるけど国の偉い人たちが……」
「そうね、うん。そう思うことにする。あ、そうだ。二司君なんか苦手っていうか嫌いな言葉ってある?」
嫌いな言葉?今乗り切ったのにさらに問い掛け?おれは、いくつか思い浮かんだ候補の中から一つ選んだ。
「嫌いというとあれだから、苦手な言葉っていうことなら『批判覚悟で言うけど』かな。それとそれに続く文章」
「どうでもよくない?」
「言っておいてなんだが、おれもそう思うよ」
「でも、ちょっと」
木崎さんは少し笑った後、ビールを一口飲む。
「元気出た、ありがとう。じゃあ、帰ろうか」
「おお、なんかわからんがよかったよ。帰ろう帰ろう」
その日は買い物の記念として、肉を焼いて食べつつ、2人共にいつもより多めにビールを飲み、さらにワインも2本開けた。そして適度に摂取したアルコールと買い物ができたことにより気が大きくなった2人は、夜間の能力発動は休みとし、それぞれ別の部屋でゆっくり寝た。
翌日からおれと木崎さんは本格的に食料、日用品等を買い始め、それらを着々と地下室に備蓄し、買い物以外のほとんどの時間をこれまでと同様に、基本的にはアニメを、時折海外ドラマを観ることに費やしつつ、それぞれ能力を使い続けた。
そして異変が起こったのは発表があってからおよそ2か月半後。
当然、まず木崎さんが気付いた。