第6話 だからと言って特にない
政府から能力についての発表があってから2週間が経過した。
木崎さんはおれが辞めた翌日に退職を決意し、おれと同じ所を利用して手続きを済ませた。(業務多忙とのことで3万から5万に値上がりしていた)
そして2人共に無職になったことにより、おれと木崎さんは基本的には家に籠っていたが、これまでに2人で買い物に1回、おれ個人で歯医者に2回出掛け、その際は厳戒態勢により道中で人が多くなるとおれは木崎さんの手の甲を触って能力を発動して貰うというイベントが数回発生した。
おれとしては、さすがにこれで関係が発展するのはあほらしい、という考えにより出来る限りの労力を使いその時間をやり過ごして、イベントと取り扱わず帰宅。また、それ以外も互いの気遣いの成果もあり、おれと木崎さんの関係性はほぼ変わらず、ただただ家でアニメを観ながらおれが玉を出し続けた、というよりは木崎さんがおれに玉を出させ続けた。
「うーん、次何話だっけ」
木崎さんは目をマッサージしながら首を回す。
「22話かな、これなかなかいいね。時折戦闘シーンで作り手が本気出してくる」
「次もうちょっとどうでもいいやつにしない?観なくてもわかるやつに」
「何ていうことを言うんだ。この映像を作るのにどれだけの人間が。というか前から思ってたけど木崎さんあんまりモニター観てないよね?」
「うん、いろんなところで連絡取ってる。いいねだけでもやり合ってれば、その返りの数や時間で何か異変があったときわかるかなって。そっちのほうが流れてくる情報よりは信憑性があると思う」
「なかなかえぐいことをやってるね……」
「それはお互いさ」
ん、それ。木崎さんが目を細めてボウルの中を見た。
「ねえ、二司君。増えてない?」
「増える?それはどう。ああ、玉ね」
「うん。見た感じ明らかに多いと」
「確かにどう見ても多いな。そっか、今の話は計測回か」
どれどれ。おれはボウルを持って体重計の上に乗せる。
アニメを本格的に観始める時に2人で話し合った結果、おれの鉄が増えているか2クールに1話、計測回を作ることになっており、最初の計測でおれが玉の数を数えている横で、普通に重さでいいんじゃない?という木崎さんの道に落ちている枝を見るような目で言われた後、おれは苦笑いをしつつリビングに体重計を持ち込み、以降おれが測定、木崎さんがそれを端末にメモするという流れになっていた。
「おおお!いきなり今までの倍ぐらい作れてる!」
「……やっぱり。この能力って成長するんだ」
「成長かあ。レベルでわかればもっといいんだけどなあ」
「ねえ、一旦お昼ご飯にしない?」
木崎さんは数字を端末に入力しながら言った。
「水に対して作れる量が増えたわけじゃないと思う」
木崎さんは冷凍のうどんを解凍し、ざるうどん状態にして食べることを選び、おれは冷凍のうどんを解凍し温かいうどんとして食べていた。
「最初に色々やった時のやつね。100㏄の水では100グラムの鉄しか作れないし、おれは沢山の量は変換できないから、ちょっとずつ玉にしていくっていう」
「そうそう。単純に速く作れるようになったんじゃないかな」
「あー、なるほどねえ。ん、じゃあ」
おれは箸を置いてソファーに戻り、スムーズに鉄を作るために購入した流しそうめん台を流れる水に、『あるイメージ』を持って触れると、周りの水が震えると同時に一本の細長い金属が枠に沿ってカーブしながら伸びていった。
「お、おおお……。玉じゃなくて針金になった!しかも曲がった!」
「え?形変えられたの!」
ガタガタと椅子を揺らし、木崎さんは慌てておれに駆け寄る。
「うん。鉄と水を繋げていく感覚でやったらできた」
「すごい……。これって」
木崎さんは口に手を当ててブツブツと呟く。
「今、おれの中ではBランクに昇格したよ。水を鉄に変えるだけじゃない。その際に形状もおれのイメージで変えることができる能力だ!」
「そうだね」
おもむろに手を出した木崎さんの指先が針金に触れると、一瞬で水になって流れていった。
「あ、ああ……。おれの針金が。あの、木崎さん今使った?」
「うん、無効化した。なんかそっちだけ成長しててむかついたから」
「やめてくれよお。SランクがBごときに本気になるなんて」
今日の午後は。木崎さんは席に座ってうどんを食べ始める。
「個人練習にしない?ちょっと1人で試したいこともあるし」
「おお、いいよ」
おれは自分が出来ることが増えたのがうれしく、一瞬でうどんを食べ風呂場に向かった。
まあ結局形をどうのっていってもね。おれは浴槽に水を溜めながら針金ぐるぐると指に巻き付ける。
最初だけなんだよなあ。水から鉄に変えるときだけっていう。それに未だにバケツ一杯の水を変換するのにすげえ時間掛かる。その辺がCなんだろうなあ。しかしまあそうか、一瞬で全部変換できたら海なくなっちゃうもんなあ。でも別の世界を作れるなんていまいちよくわからんのもあるし、特殊とか空間系ってSSじゃなくてもS、なんならAでもコンボ入れたら一瞬で世界終わりそうなんだけど。
湯船に手を入れると、湯船の中心の色が変わり厚さ数ミリの10cm四方程度の鉄が現れ、そして沈んでいく。
これでどうにかなる気がしねえ……。でもまあやるだけや、いやー、きつい。さすがに意味ない。確か隕石落とすとかもあったぞ。この鉄の板じゃどうにもならんだろ。
おれが激しく落ち込んでいると、ねえ、二司君。ちょっと来て。と部屋にいる木崎さんから声が掛かった。
「ああ、今行くよー」
おれは鉄の板を水に戻して浴室を出た。
「ほら、ちょっと鉄に変えながらわたしから離れてみて」
「なかなか難しい注文だな」
リビングに戻ったおれは、水を入れたコップに指を入れ鉄の玉を作りながら木崎さんから少しずつ離れる。
そして木崎さんから1メートル程度離れた所でおれは狼狽し、恐る恐る木崎さんに視線を移す。
「え、おれの鉄が。木崎さんが触ってないのにおれの鉄が、出ない……」
「もうちょっと。離れてみて」
満面の笑みを浮かべながら、ほらほらと木崎さんは手を払うようにして促す。
「これぐらい、か」
「そうそう、覚えておいてね。この距離」
おれは日頃ほとんど使うことのないメジャーを持ち出し、距離を測定。木崎さんを中心に1.2m程度であれば能力が無効化されることがわかった。
「ごめん、ちょっとまだ動揺が。対象に触れないといけない、っていうのが木崎さんの能力の弱点でもあり面白さだったんだけど、範囲にされるとちょっと、いや大分使い方が変わってくるっていうか」
「これなら並んで歩いている分には範囲内ね」
「うん。そうなんだけどさ」
おれが鉄の出ない指を見ながらうなだれていると、やっぱり思ってた通り、この能力って。という木崎さんの独り言が思いっきり耳に入り、この雰囲気の言い方は自分では主張しないけど成果は認めて欲しい。という類のものだとおれは判断した。
「そっか、木崎さんすごいね。最初からこの可能性のために寝るときも含め、がんがん能力を使ってたんだ」
「そうだよ」
木崎さんは先程の満面の笑みから比べるとやや劣る笑みを浮かべて続ける。
わたしが思うに元々上限が設定されている能力とそうじゃない能力があるじゃない?あー、言わんとすることはわかるよ。わたしの想像なんだけど、例えばさっきの針金とかって二司君の能力の性質が変わったわけじゃなくて、単にできるようになっただけじゃないかな、って。なるほどなあ、練習して上手くなったってことか。そういうこと。わたしもだけど、二司君も成長の話って見聞きしたことないよね。うん、おれも割と見てる方だけど、それについての話はなかったなあ。多分気付いている人は多いと思うよ、ただ言わないだけで。そうかなあ、実際少なそうだけど。おれとか木崎さんみたいに使いまくっても負担がない能力って。え?結構あると思うけど。うーん、まあちょっと今出てこないからまあいいや。どれぐらい使い続ければ慣れるのかっていうのが、使い方なのか個人の資質なのか能力自体にあるのかはわからないけど、わたしたちが幸運だったのは2人の組み合わせがちょうどよかったからだと思う。え、でも木崎さんは自分に強制発動の能力を強制発動させればいいから別におれがいなくても。違うよ、確かめるのに必要だし、そもそも相手がいないと試そうという気にもならなかったかも。まあ、そういうもんかねえ。しかし、しかしだよ……。どうしたの?わたしが成長したら二司君だって。いや、そうなんだけどちょっとレベルが違いすぎて。おれ学校の部活でもレギュラーじゃないのに、そっちはU-18の日本代表っていうか。そういう嫉妬って得るもの無いと思うけど。
違う、違うんだ。おれは少し木崎さんから離れてコップの中に針金を作る。
嫉妬じゃない。ただ、おれは、おれはね。あー、ごめん、違わないわ。嫉妬だ。一時の感情で嘘を言わなくてよかった。おれは自分の感情を理解して針金を水に戻した時、ふと思った。
なんかこれ木崎さんの能力と似ているな。
その後2人で話し合った結果、ある程度の安全が確保されたことから久しぶりの買い物に出かけることし、木崎さんは外出用の部屋着になるため2階に上がる。
誰か他に追加の人いるかなあ。おれはソファーに横になり、世の中の空気を知るため追加能力該当者のアカウントを探そうとした瞬間、先程木崎さんが言っていた個人練習の意味に気付いた。
個人練習っていうのは多分おれの作った玉を使って能力を試すことだ。等間隔に置いて能力を発動すると水になるもの鉄のままのがあったはず。だからおそらく木崎さんは元々範囲もある程度わかってた。くそー、自分の成長を見せつけるためにわざわざおれを呼び出してコップに指を入れさせるとは……。いい性格してんな。
木崎さんの新たな面を発見したおれは、だからと言って特にない、と気持ちを切り替え検索に戻った。