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第5話 それは眠れないと思う


 その後、地上波で放送している特別番組を流しつつ、それぞれの端末で世の中の動向をチェックしているといつの間にか午前1時を回っており、そろそろ寝るか。という空気が漂った時、木崎さんはおもむろに2階に上がり、自分用の布団と枕を持って降りてきた。


「え? どうすんの、それ」

「寝ている間も能力が発動するのか確かめたい」

「あー、そっか。そういうことね」

「しばらく一緒にそこの和室で寝ない?」

 両手が塞がっている木崎さんは、リビング横の和室を顎で示す。


 おれは一瞬でいくつかの可能性を処理した後、わかった。とだけ答えた。



 そして木崎さん同様、おれも2階から自分用の布団を持ってくると、木崎さんはどこからか持ってきたホースをキッチンの蛇口につなぎ、和室まで引っ張っていた。


「それさ。わかるよ、やろうとしていること。でも、どこだっけ。旧ソ連とかの拷問だよそれ。寝させないっていう」

「指先に触れていればいいんだから大丈夫でしょ」

「大丈夫っていうか。その流れ出した水はどこに?」


 木崎さんは、ここ。と窓を開けた。


 おれの家の和室は掃き出し窓があり、開けると1メートル程度おれの家の敷地。そしてすぐ目の前に隣家の柵があった。

 促されるままおれが窓際に立つと下にやや大きめのバケツが置いてあり、さすがにこれだけでは、と木崎さんを横目で見ると、完全に無表情でバケツを見下ろしていた。


 無表情でやられるとなあ。何も言えないなあ。おれは一旦この件に関しては諦めることにし、いいよ、とりあえずやると了承した。


「でもさ、これ失敗したら明日から別の案を」

「わたしの予想だけど」

 木崎さんはおれの言葉を無視して、腕一本だけ出せるスペースを残して窓を閉めた。


「きちんと決められている能力とそうじゃない能力があるじゃない? そこに幅があるんじゃないかって。つまりこれは可能性の検証だから」


 可能性の検証? おれがその言葉の意味を考えているといつの間にかキッチンに移動していた木崎さんから、水調整するからそっちの具合を教えて、と指示が入る。


「わかったよ。ほんとちょっとでいいから。やりすぎるとなにかしらの苦情に繋がるから」

「うん、わかってる」

 

 うん、わかってるか。わかってる?本当にわかってるか?木崎さんの声はおれの体感的にはかなり遠くから聞こえた。



 翌朝、7時過ぎ。ソファーの背に頭を乗せているおれと目が合った木崎さんは、眠れなかった? と訊いてきた。


「まあ、ね。木崎さんもだろうけど足首を互いに固定した状態で寝たこともないし、さらに指先で水に触れつつ窓から手を出して寝たこともなかったから」

「わたしは割と平気だったけどな」

 木崎さんはキッチン横にある2人掛けのテーブルに座り、シリアルに牛乳をかける。


「あと最強ランキング見てたら時間が高速で過ぎる」

「でも鉄出てたんでしょ? よかったじゃない、成功したよ」

「出てたよ。バケツになんて全然収まらない。その辺鉄だらけだもん」

「後でなんとかなるよ。あ、ランキング見ててなんかわかった?」

 追いシリアルをした木崎さんは再びスプーンを手に取る。


「これFまでじゃない。で、昨日見てたの主にEなんだけど、セミの思考がどうのっていうのがあってさ」

「あるんじゃない? そういうのも」

「当然その列はセミ祭りなのよ。セミの成長速度を早めるみたいな」

「ふーん」

 シリアルを食べ終えた木崎さんは皿をシンクに置いてコップに水を入れる。


「どうせならA以上の能力を調べればいいのに」

「最初はそっち見てたよ。でもなんだろう、馴染みがあるっちゃあるんだけどさ。重力がどうのとかは。でもおれにとってはおれが主人公なのよ、強くあって欲しいのよ。だからまあ、E付近にいけば相対的にさ、こうおれが勝つ機会が増えるかなって」

「でもセミの人にバットで殴られたら死ぬでしょ?」

「そう言われればそうなんだけどさ」

「わたし見てて気になったのは、ウイルス系なんだよね」

「あー、そっかー。きついなー、それ」

「なんか見てるとかなり凶悪だから何やっても一緒なんだけど。でもやらないよりはやったほうがよくない?」

「まあ大体のものはやったほうがね」

「マスクとかならやっぱり最低N95は必要かなって」

「それその辺で売ってんの?」

「ドラッグストアにはないと思う」

「だよなあ、おれ見たことないもん」


 うーん。これはまずい方向に行ってるなあ。おれは会話の終着点を予想する。


 絶対これおれが取りに行くやつだよ。でもね、ある程度ゾンビでごちゃごちゃになった世界ならいいよ。店に行ってさ、適当に取ったあとカウンターにギャグ的に札を置いていけばいいだけだもん。でも今は営業できちゃってるのよ、人いるのよ。それは犯罪だよ。今後パニック状態になるから、今日やっても2週間後やっても一緒っちゃ一緒って理由はさすがにやばい。さすがにそれは……。よし、話題を。おれはテレビのモニターを点ける。


「地上波はどうなってるかなあっと」

「そうだね。一応観ておかないと」

 

 おれはいくつかチャンネルを切り替えたが、昨日同様能力の特番を放送しており、通常業務が行える状態であることがわかった。


「まだ放送はやってんだな」

「思ったより普通だね」

 木崎さんはソファーに座り楽な姿勢になった。


「最強ランキングにあったけど、国民の99.995%はCランク以下だからなあ。まあCでもやばいのはあるんだけど、単体じゃ状況が整ってないと使いづらいよ」

「でもいろんなとこでマウント取りは続いてるね」

「あれは見るだけ時間の無駄だよ。自称Bランクがスクショ出せってみんなから言われてるだけっていう」

「普通に自分で出してる人も多いよね」

「時代は変わったなあ。おれは小さい頃から色んな漫画で『絶対に自分の能力は明かすな!』って教えられてきたから、正直晒すのはかなり抵抗がある」

「でも相手にわからせることで効果が。っていうのもあるじゃない?」

「うん。確かにそういう使い方も」


 いいぞ、いいぞ。ウイルスのことは一旦忘れるんだ。おれは端末を熱心に操作している木崎さんを横目で見て安堵する。


「今日、会社行くべきだったかな。情報収集もできるし」

「いやー、どうかな。というかおれ退職の代行頼んだよ」

「え、二司君辞めたの! じゃあ荷物とかは」

「なんかその辺も含めてやってくれるらしいよ、3万で」

「わたしやっぱりAだから深刻に考えちゃうのかな。爪が伸びるとかだったら行ってたとは思うんだけど」

「ちょっと待って。Cで辞めたやつがここにいるんだぞ……。それに爪を馬鹿にしてはいけない。ジョジョ読んでる人だったら色んな応用が」


 爪の話を一通りした後、今日だけは休むことを決めた木崎さんが会社に連絡しているのを見ていたおれは、退職は早まったかもしれないと後悔しつつ最強ランキングのページを開く。


 そりゃあそうだよな。上のえぐい能力の人は辞めるけど、爪がちょっと伸びるぐらいだったらそりゃ会社行くわ。てか大抵の人がそうだもんな、おれも含め。正直たまたま木崎さんが能力系だったから本人以上に舞い上がってたという。


 おれは腰を上げ窓際まで歩く。


 今日は9月18日(月)天気いいな。よし、カーテンを開けよう。うん、カーテンを開けた。窓も開けるか、そうだな。窓も開けよう。


 おっと、ここは住宅街。たまに人も通るぜ。数十センチの敷地の向こうは道路だし。それを挟んでちょっとした木が生い茂り、その先は小さな川。奥は広い公園で野球場やテニスコートもあるんだぜ。平日は人がいないからちょっと後で、い


 おれは膝から崩れ落ちた。


 辞めちまったよ……、仕事。Cランクなのに……。



「ねえ、二司君! すごい更新あったよ!」


 興奮しながら駆け寄ってきた木崎さんは、早く、早く見て。と急かし、おれは無職には面白そうな話題だな、とそのまま窓際に座り込んで端末を操作した。


「ん、該当の番号の、能力、が? え、増える?」

「そう。そしてそれが最強ランキングにも反映されてるみたい」


 おれは急いで最初にマイナンバーを確認したページを開く。


「って、また番号だらけじゃねえか! 見つけるのどんだけ時間かかんだよ!」

「二司君公式見てる?」

「公式? ああ、政府っぽいの見てるけど」

「ランキングの方がわかりやすいよ」

「すげえなあ、ほぼ同時更新だもんなあ。これはやはり何らかの能力が」


 そして数分掛けて画面を確認していると、おれは自分の番号を見つけ、ああ、あああ! と声を上げる。


「あった! おれのあった! 何か知らんけどめちゃくちゃうれしい!」


 おれは人生で初めて拳を握りしめて、よし、よし! と歩き回る。


「おれもダブルだ……。いや、ダブル(2つ持ち)だ!」

「いいなー、二司君。最強ランキングのとこには、能力が余っていてそれが登録順で配られたっていう説が書いてあるけど」

「余ってるって、それ。あー、でも、そうか。あるっちゃあるかそういう状況も。でも登録順っていうのは思い当たる節はある。おれ手続き初日にやったもん。でも、これ何も能力について記載が」

「持ってるのと逆も使えるらしい」

「ん、逆?」

「そうそう。例えば」


 ここに例が。木崎さんは画面をおれの目の前に持ってきた。


「これか、ふむふむ『無から有を生み出す番号は記載されていない』なるほど、逆がないってことね。んで、これか『ある状態を変化させる番号はその逆の効果が得られる』って? ああ、例ね。手から炎を出す奴はだめ、はいはい。んで、触れた人間を、ええと、ややこしい書き方やめろよ。要は触れた人間を殺せる能力は、触れた人間を生き返らせるっておい! おい、ばかやろう! やりすぎだよ、このやろう! 逆の生き返らせるやつも同じ能力使えるじゃねえか!」

「なんかすごく中途半端な書き方だよね。都合が悪くなったとしか思えないというか」

「え、じゃあおれは水を鉄に出来るという能力だから」


 おれはわかっている答えを何度も確認する。


「鉄を水にでき、る……?」


 ちょ、ごめ。はは。あはは。木崎さんはこらえきれず笑い出し、おれは屈辱のあまりプルプルと震え出した。


「ちょっとした永久機関じゃない。それに結構使い道はあると思うし。って、ああ! わたしもあった!」

「まじか、すげえ! これで2つ持ちが2人に!」


 ん、待て。ちょっと待て……。ちょっと待て! おれは木崎さんの能力を思い出す。


「ねえ。二司君ちょっと水に触れて、鉄を出してもらえる?」

「あ、ああ」

 おれはソファーの前に移動して、ローテーブルの上に置いてある水の入ったボウルに指を入れる。


「鉄出てるね、うん。じゃあ」


 木崎さんが恐る恐る足先をおれの足首に付けると、数秒経ってもおれの指から鉄の玉が出なかった。


 おいおい、これは……。おれは自分の指先を見つめた。


「わたしのは強制的に発動させる能力だから、強制的に発動させなくするっていうこと?」

「うわー、能力を使えなくする能力だ……。見なくてもわかるよ、どう考えてもそれSランク……」

 

 なんか一気にやる気がなくなったな。ウイルスもこれでどうにかなりそうだし。おれは自分が急速に冷めていくのを感じた。


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