未来が視えるようになったので罪人を死刑にします
この辺りでは権力を持つ貴族・チェスターから婚約破棄され、捨てられたわたしは行き場を失っていた。どこへ行けばいいの?
土砂降りの中、わたしは“ある場所”の前で倒れた。
意識を取り戻すと、暖炉の前にいた。
暖かい……ここはどこ?
「……」
「目を覚ましたのかい、オルデラン嬢」
そこには栗色の髪をした青年がいた。わたしと同い年か、年上か……とても整った顔をしていた。
「あの……わたし、捨てられて……」
「うん、知ってる。伯爵のチェスターだろ?」
「そ、そうなんです。彼ってば、不倫を……悔しい」
「そうだろうね、彼の“未来”はそうなっていた。やがて、殺人を犯すんだ」
「え……」
この人は何を言っているの?
未来? 殺人?
「ここはね、罪人を裁く『教会裁判所』とでも言うべきかな。法の番人にして聖マスクウェルが創ったこの帝国のそのものさ」
「教会裁判所……あの罪人を自ら裁くという、執行官ですか」
「そうだね。ある者には処刑人、ある者には死神とも呼ばれ恐れられている。なぜなら、僕らは犯罪者の『未来』が視えるのだから」
「犯罪者の……それって、でも未来の事ですよね」
彼は遠くを見つめるような表情で頷く。
「その通り。未来の事だ。でも犯罪は犯罪。100%それが運命なんだ。だから、そんな犯罪が起きる前に対象者を死刑執行する」
「そんな……」
事件が起きる前に犯人を殺すという事だ。でも、それって本当に罪なのか。まだ目の前で起こってすらいないのに……けれど、彼が言うには100%。なら……仕方ないのかも。
「オルデラン嬢、ちょうど人手不足だったんだ。君も『執行官』にならないかい?」
「わ、わたしがですか?」
「ああ、君には恨むべきチェスターもいるだろう。彼の不倫は重罪だよ」
この国は、不倫は罪に問えた。
でも、チェスターは貴族という立場を利用して、訴えられないように裁判所を買収。好き放題していた。結果、わたしは屋敷を追い出されて……今の有様だった。
「わたし……執行官になります。チェスターだけじゃない、この帝国には犯罪者が多すぎるんです」
治安の悪さは、昔から指摘されていた。主にチェスターのせいだとは噂されていた。真意は分からないけど。
「そうか! では、正式登録に移ろう。……と、その前に僕の名前だね。僕は執行官の『カーン』という。皇帝陛下にも認められた、ちょっと凄い人だよ」
そう爽やかに笑うカーン。
なんだか、頼りになりそう。
それから、正式手続きを始めた。
用紙に自分の個人情報を記入すれば契約完了のようだった。
【オルデラン・ガフ 十八歳】
「これでいいですか?」
「やっぱり、君は“ガフ家”のご令嬢だったか」
「はい。たいした家柄ではありませんが」
「いや、そんな事はないさ。……さて、契約はここに完了した。これで君は『未来』が視えるようになったはず」
その瞬間、わたしは不思議な力に包まれた。全身が青く光っている。なに、これ……。心臓がドキドキしてきた。わたし、どうなってしまうの?
慌てていると、目に魔力がこもった。
「え……これは」
「そう、それこそ未来を見通す力……『ゴッドアイ』さ」
「神の目……」
「ああ、そのゴッドアイで対象を視認すると未来が視える。犯罪が読み取れるんだ。それから、任意で対象を殺せる。執行後、罪人の財産は差し押さえて、自分のモノにしていいんだ」
「え、えっ!?」
「驚いたかい? でも、それが“法”さ。我々は法を信じ、準じているだけ。帝国のルールだからね。ルールは絶対さ。破ってはならない。破れば相応の罰を受けねばならないのさ」
そうだ、わたしはもう執行官になったんだ。この力なら、チェスターの不正を裁ける。
「ありがとうございます、カーンさん。わたし、さっそくチェスターを裁きに行って来ます」
「今回は僕も同行しよう。君の護衛役さ」
「いいんですか、これは言ってしまえば……復讐みたいなものですよ」
「いや、これは“正義の裁き”さ」
* * *
わたしとカーンは、チェスターの屋敷に上がり込んだ。執行官になれば、調査という前提がつき、土足で他人の家に入っても問題ない。
「な、なんだ貴様たち! な、オルデラン! なんで戻ってきたんだ!!」
「チェスター! よくもわたしを捨てましたね!! 不倫だなんて!!」
「うるさい、お前のような没落貴族、相手にしてやっただけありがたく思え。それに、狙いはお前の財産だった。だが、蓋を開けてみれば……酷い有様だ」
「では、愛はなかったのですね」
「ない! 断じてない! オルデラン、お前なんか捨てて正解だった」
ひどい、ひどすぎる……もう許せない。わたしは、ゴッドアイを発動してチェスターの未来を視た。
「チェスター、お覚悟を!」
「な、何をする気だ? オルデラン、お前の眼……どうなっている!?」
視える。
チェスターの未来が視える。
彼は、近い将来、新たに婚約を交わした女性の首を絞め――殺害する。確定した未来だ。
この瞬間、チェスターは『罪人認定』となった。
「終わりね、チェスター」
「終わりだあ!? ふざけるな!!」
「貴方を“死刑執行”します。財産も差し押さえます!!」
「ふざけるなああああああ!! ……ぐぉ!? ぐぉおお、うおおおおあぁぁ!?」
叫ぶチェスターだったけれど、胸を押さえて急に苦しみだした。
「どうなっているの、カーンさん」
「ゴッドアイの死刑執行を受けた者は、心臓発作を起こして苦しんで死ぬんだ」
見守っていると、チェスターがかなり苦しそうに藻掻く。
「だ、だずげてぐれ……わ、私が、わるがっだ……ああ、ああああ、あああぁぁあ…………」
バタッと倒れるチェスター。
彼は法によって裁かれた。
「本当に死んだのね」
「そうさ、これが“正義”なんだよ。さあ、オルデラン嬢、彼の財産を差し押さえて」
「は、はい」
ゴッドアイを更に光らせると、屋敷全体が『差し押さえ状態』となった。赤いオーラで包まれている。これは……?
「この赤いオーラこそ、差し押さえさ。これでもう、他人は手が出せない。手を出せるのは『執行官』のみとなる」
す、すごい……なんて能力なの。
――こうして、わたしは執行官になった。
それから、罪人を探しては死刑執行を続けていった。国から罪人が減り、どんどん綺麗になっていった。
三日後。
教会裁判所で休憩していると、カーンがわたしを手を握った。
「……あ、あの」
「オルデラン、君はよく頑張っている。素晴らしい執行官だ」
「そ、そうでしょうか」
「もう罪人を十人は裁いた。今や貴族も君を恐れている」
わたしが活躍するようになってから、帝国は随分と静かになった。犯罪率も減り、治安は回復しつつあった。平和になりつつあったんだ。
チェスターを死刑にして三日、わたしは差し押さえた彼の財産で食いつないでいた。と、言ってもしばらくは遊んで暮らせる額だった。
おかげで『ガフ家』も復活を果たせそう。
「カーン、わたしは……このまま執行官を続けていていいのでしょうか」
「問題ないさ。君は完璧だ。法を順守し、市民の模範となっている。立派だよ」
わたし自身、昔からルールに厳しい家系に生まれ、親にそう言いつけられていた。思えば、両親のおかげね。
「その、カーン……ありがとう」
「良い笑顔だ。オルデラン、君は笑っている方が可愛いよ」
「そ、それは……嬉しいです」
思わず顔が熱くなる。
彼の笑顔も素敵すぎるからだ。
もー、いつも卑怯なんだから。
「オルデラン、これからも君を支え続けたい」
「わたしを、ですか?」
「ああ、君に僕の背中を守って欲しい。僕も君の背中を守るから」
その言葉が嬉しすぎた。
カーンには感謝している。
今の居場所と能力をくれた。
だから、わたしも彼の力になりたい。ずっと傍にいたいとさえ思っている。……ああ、そうかこの気持ちって――もしかして。
わたしはやっと気づいた。
彼が好きなんだって。