受講生
翌日、朱莉は朝早くから教室に向かい、同じ立場である。受講生から情報収集をすることにした。教室には昨日声を掛けてきたカラスマ三浪が座っていた。
「まだ、時間があるから暇だね。ここは携帯の電波がないし。」
カラスマが親しげに話しかけてくる。もう一人はまだ教室には来ていないようであった。
「そ、そうだね。どんな授業か楽しみ。」
朱莉は心にもないことを口にする。カラスマは爽やかなそうな見た目をしているが今までの経験からそういう雰囲気の人にろくな人がいないので距離感を保ちつつ探りを入れる。
「と、ところでカラスマ君はどうしてここに来たの?」
人と話すことに慣れていないため声が上ずってしまうが懸命に話しかけた。
「きみも知っているとは思うけど調律師になると一生安泰なんだ。僕は今日が最終日だからやっと勝ち組になれるんだ。」
カラスマは嬉しそうに語った。
「そうなんだ。将来のことをよく考えているんだね。」
朱莉はとりあえず頷いた。
朱莉は一生安泰というものはないということを幼いながら知っていた。どんな幸福の絶頂にいてもそれは一瞬で脅かされる。今思うと朱莉も数か月前はごく普通の中学生であった。
二人が雑談をしているうちに教室の前にあるプロジェクターから映像が流れる。
授業の開始と同時にもう一人の少年も教室に入ってきて授業がスタートした。
授業はプロジェクターに移された塾長が調律社について語るというとても興味がそそられない内容となっていた。要約すると世の中の安定に導くために調律師がいて調律社はその活動を支えているとのことであった。
朱莉は興味が沸かず、ずっと窓の外を眺め、時間をつぶしていた。
拷問のような長時間授業が終わりが近づき、塾長がまとめに説明に入ろうとする。
「調律師は政治や経済、芸能など多方面で活躍し実績があります。今日の授業は終わりますので最終日のカラスマさんには卒業試験を受けてもらいます。これに合格すれば晴れて調律師の一員です。横の試験場に入ってください。」
カラスマは教室の横にある扉を開け、中に入っていった。
朱莉にはその扉の向こうから嫌な予感がしたが中の様子を知るすべは無かった。
一時間が経ったがカラスマが教室に戻ってくることはなかった。